第2話
空き家に右足から侵入した。扉は不自然に開けられているから、手を使わずに身を入れるだけだ。彼女は振り向かないで歩いていく。影が中身を探らせない。どちらにしろ、鳥越を置いて帰り、噂されたくなかった。
「どうにかなってしまえ」
俺は体重を家に預けた。
天井は豆電球が吊るされている。手の届かない距離にあり、周りの壁を認識した。赤青黄色のブロックが両端にまっすぐ積み上げられている。そして、自分の立っている場所は動いていた。
ベルトコンベアに俺は乗っていた。黒い床の周りには等身大のぬいぐるみが置かれている。種類は犬と猫の二種類で、膝を抱えて体操座りする。
「意外と落ち着いてるんだね」
鳥越は片眉をあげて白い歯を見せてくる。俺の反応を堪能している顔だ。
「頭が真っ白なんだけど」
ここはどこだ?
俺は彼女を先頭に空き家へ侵入した。金目のものを隠していると勘繰っていたが、金よりも大きなものが構えてある。外観と違った広がりがあった。
「大丈夫。私たちは空き家を侵入したよ」
俺の困惑を理解した素振り。彼女の通ってきた道を俺がついていくようなものかもしれない。
しかし何から何まで、非現実的すぎる。頭の中で言葉を当てはめていき、理解しようと振る舞った。そうすることで、駆け出したい欲求を押しとどめている。それでも空き家にしては清潔で、そして人が住める環境じゃない。
「いや、ドッキリ?」
頬に手を当てられた。彼女の手は冷たかった。心の底まで氷漬けされてるような。
「ここは空き家ダンジョンって言うんだ」
「は?」
今、ダンジョンと言ったか。
鼻で笑った。彼女はつられて笑わないで顔だけを俺に当てている。冗談じゃないらしく、いたたまれない。
「いや、帰りたいんだけど」
俺は引き返せないものに巻き込まれている。ただ事じゃないと自覚していた。答えはわかっていても、声を低く帰りたいと言う。
「一度入ったら出られないよ」
「先に言えよ!」
そういえば鳥越はそういう人間だった。説明不足で信じられない行動をとる。高校で変わったのは外見だけかもしれない。昔、彼女は俺を隣町まで振り回した挙句、知らない街に放置させたことがある。今回はその比じゃない。
「フフッ。やっぱり良は面白いね」
「こっちは何も理解してないんだけど」
横のぬいぐるみが倒れた。俺よりも大きいから180cm以上の威圧感で、見張られている気分にさせる。そのぬいぐるみは背中から綿を流していた。ベルトコンベアが進むたびに綿が身体から抜けていく。綿の先はベルトコンベア外のブロックに引っ掛かったようだ。みるみる干からびる猫。
それは他のぬいぐるみも同じだった。前から倒れて、背中から綿を出し切っている。まるでこれから向かう先の何かに謝ってるようだ。
「始まるよ」
ふと、視線を戻した。気づいたら彼女の手に鉄色の殺意が握られている。
「刀!?」
日本刀のように柄があり、展示物のような貫禄がある。刃の長さは男性の肩幅と同じ長さだ。
「カバン閉めて」
「お前、いつからそんなもの」
「閉めて」
ジッパーを上にあげた。背中のバックから中指から肘まである刀を収納していたらしい。刀のサイズがカバンに収まるわけがなかった。二つのサイズ感が狂っている。
夢と言われたら納得できた。しかし頬はつねっても痛み、手のひらはベルトコンベアの質感を逃さない。
このダンジョンは本物の世界だ。彼女は幻想の中で振り返る。俺を見つけていた。
「このダンジョンをクリアしよう。そうしたら、お金が手に入るよ」
猫のぬいぐるみは綿が空っぽになり皮だけ残した。すると、クレーンが上から降りてきて、ぬいぐるみの後ろ首を引っ掛ける。揺さぶり持ち上げて、ぬいぐるみは天井の触れぬ闇へ姿を消した。ぬいぐるみが姿を見えなくなったら、大人の笑い声が再生される。テレビのバラエティで流れそうな声だ。
「私についてきて」
他のぬいぐるみも綿が抜けていき、空っぽの皮になる。クレーンは干からびたぬいぐるみから順に持ち上げられた。クレーンは上へ取り払い、同じ動きで大人たちの鳴き声を再生させている。
「行くよ」
空間を切り裂く。白い刀身が上から下へ構え直す。
膝から崩れ落ち、体が震える。地震かと勘違いしそうなほど、凶器の緊張に怯えていた。
刀は彼女の右側に引っ付いて、衝突する。茶色の大きなタンスが図ったように出現し、豆電球の明かりを隠した。
「ひっ……」
俺は影に入った。大きなタンスは俺を押し潰さんとする。
彼女の反応は早かった。刀を下げる速度で、タンスは非常識に跳ねる。ベルトコンベアの横にある壁に衝突し、固まった。それだけで終わりじゃない。我先にとカラーボックスやテレビのリモコンが家のような大きさで落下する。
鳥越はまるで軽快な蝶だった。降りかかる障害は握られた獲物が片付ける。動きは軽やかに、踊ってるという表現が似合う。
自らベルトコンベアから立ち去り、破壊音を連続で鳴らした。俺は笑うしかなかった。笑いは威嚇の原型と聞いたけど、本当だろうか。関係ないことを思い出した。
汗が目にしみて閉じた。耳から知らない彼女の攻撃性が出ている。俺は暴力の薄膜に囲まれていた。
────ついていけない。
早く終わるように頭を塞ぐ。ベルトコンベアは恐がった俺を運んだ。
「起きて!」
俺の頭上で鳥越がいた。胴体と足に新品のチェーンを巻き付け、手を差し伸べている。俺が飛べば届きそうな距離。俺の無意識に怖いと口にした。
「この手に捕まって!」
クレーンは俺の高さに降りてくる。瞬時、ベルトコンベアがガッガッと削れるような悲鳴を出した。終着地点かと轟音の先を探す。
何かを煮るような熱気が肌を触る。静止した障害物や、したから湯気のようなものがこみ上げている。ベルトコンベアの回転は早くなって、俺と彼女の距離は離れそうになった。このままだと溶かされる。それだけは自覚しているし、強い生を意識した。
膝が痛いけど、手を伸ばした。体はダンジョンの空気になり、空いた手は空をかく。鳥越は情けない俺を抱えた。手が当たり、クレーンと同じで引き上げていく。
彼女の手は膨らみがあり、女の子の正確性を統一させる。生きている。
「あっ……、いや。なんでもない」
鳥越は可愛い顔をしている。
手の温もりで、汗をかいた。
今まで鳥越は俺の後ろについてきた。それが、高校は俺よりも周りに溶け込めた。後ろにさえついていけていないどころか、今は俺の手を引っ張っている。
「楽しかったね!」
まるでスポーツ後の爽やかさだ。俺は衰弱して身体が重い。
叶わないなと、直感で理解する。
「降りるよ」
「え?」
「それ!」
臓器が上に持ち上がる。遊園地のアトラクションよりも鮮明な落下。俺は生命を遊んでいる。
地面に転がり落ちた。顔を振り回して、探す。
「ほら、これみて」
光る壁を指さしていた。
ベルトコンベアやクレーンは姿を見せないで、代わりに果てしない縦長の岩肌がある。中央は鉱石の煌めきがある。豆電球の光量を勝っており、金色のだ。
「ここの鉱脈を砕いたら終わりだよ」
鞄から小さなピッケルと麻袋を出した。俺を鞄係に押し付け、岩肌に触れる。ピッケルを振り上げ、周囲の黒の岩に突き立てた。乱雑に黒岩を砂にして、金色を形取る。周りの岩は汚れとともに砕けた。金色の鉱脈が丸っこく残る。
彼女の手は鉱脈を引き抜いた。周りの壁は崩れてくる様子もない。
「この石は高く売れるよー」
ピッケルと鉱石を鞄に戻した。鉱石はタッパのような透明な袋に通し、麻袋を被せている。
「高く売れるとか、そんな場合じゃない」
俺の混乱を読み取った。彼女は作業しながら教える。
「だから、空き家ダンジョンって名前なの。見える人は特殊で、侵入者は鉱脈を手に入れるまで外に出られない」
「わ、分からん」
周りの色が白くなり、ブロックを結合する。そしてすべては混ざり合い、茶色の建物に様変わりした。空き家に帰ってきたようだ。
「良。私は何をした?」
「え、何? 怖い」
「質問に答えて」
頭の中が混乱している。カラのぬいぐるみ、ベルトコンベアとタンス。楽しげな鳥越。とてもいい笑顔。
「ダンジョン? に行った」
「うん。見えてるね」
「見える?」
この洞窟は人によって見えないようだ。彼女は俺の目に移らないなら、鉱石を譲らないつもりだったらしい。
「でも、良は覚えている」
「あ、ああっ……」
久しぶりの再開は過酷だった。
二時間ほど立ち上がれなくて、帰宅したのは空が暗くなってからだった。
自分のベットで今日を思い返す。この経験は忘れられない衝撃だった。
右の掌を俺の頭に乗せる。
「何、意識してんだよ」
彼女に触れてしまった。女性に触るのは初めてだ。いや、相手は鳥越だ。俺は寂しい男だと惨めな気持ちになる。
頬が熱い。布団で身体を包んだ。
俺は彼女と対等になりたい。
「あいつは俺のことをどう思っているんだろう」
ぼそりと呟いて、目を瞑った。
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