第17話ひとときの休憩
難波の家を出た後は、私と佳代乃は別荘に移り住みんで機を窺っていた。
本当なら今すぐにでも伊藤を殺してやりたい。映像を見て以来、刃物を見かける度にこいつで刺したいと思うようになってしまったが「そんな危険な真似はできない!」と、心配性な私がその衝動を抑えるという日々を過ごしていた。
難波からの定期連絡によると黒岩はまだ黙秘を続けており、私の話は一切出てきてないとのことだ。
黒岩はなぜ黙り続けているのだろう? 黙秘にメリットを感じない私は、早く喋ってしまえばいいのにと思ってしまう。
でも話さないのはこちらにとって好都合だ。警察に追われないから、こうしてのんびりとバカンスを楽しんでいられる。心に余裕ができるのは良いことだ。
「難波さんから電話きましたわよー」
ハンモックに揺られて黒岩のことを考えていると、私のスマートフォンを持った佳代乃がやってきた。
「はいどうぞ」
「ん、ありがとね。もしもし私よ」
『1ヶ月ぶりですね日下部さん。お元気そうで何よりです。次の神風の予測がつきましたよ。今からちょうど2週間後で、夕方から吹くと予想されています』
「2週間後ね、場所はどこかしら」
『最初の神風吹いた場所……つまり、日下部さんの家族が巻き込まれた地点です』
両親が亡くなった場所か。あそこは周りに民家や障害物がなく、道路や草原しかない見晴らしがいい場所だ。
「そっか……それは、好都合かもね。あそこは滅多に人が来ないし」
『そうですね。でも、呼び出すには厳しい場所でもありますよ。わざわざ神風が吹く場所に連れて行くのは容易ではありません。街中ならこっそり突き飛ばすことも可能でしょうが……』
「この情報、まだ気象庁の人しか知らないのよね?」
『ええ。今日の夕方に全国放送されます』
「うーん……伊藤だけに知らせないことってできるかしら?」
『えっ、伊藤だけにですか? それはちょっと難しいと思います』
「わたくしはできると思いますわ」
難波の言葉を遮って、佳代乃は力強く肯定した。
「えっ、本当にできるの?」
「伊藤さんにだけ間違った情報を伝えれば良いのですよね? 警察署で話していた時、1ヶ月後に電波の届かない村に行くとおっしゃっておりましたわ。その村にも神風の情報は回りますが、村を直撃しない限り情報の更新はないと思われます」
確かに小さな村は「神風が吹くので、どこそこの地域には行かないでください」というアナウンスが流れる。神風が通らないのなら、それ以上の情報はいらないだろう。
「実は警察署で話している時に連絡先を交換したのです。だから、心配している風を装って誘導を試みようと思うのですが……」
「いつ村を立つかは聞いてる?」
「そこまでは聞いておりませんが、家の者に連絡して探ってもらおうと思っています。今度はバレないように腕利きの者を派遣しますわ」
九重家の住民は優秀だと常々思う。やはりお金持ちの警護は大変なんだろうな。
「じゃあ佳代乃に任せるわね。もしもし、佳代乃が伊藤を誘導してみるから、あなたにはまたボディーガードを頼みたいの」
『わかりました大丈夫ですよ。当日は有給を取ります』
「お願いね」
通話を切ってスマートフォンをテーブルに置く。
「難波がボディーガードしてくれるから、何かあったら彼を頼ってね」
「わたくしとしては風子さんに守られたかったです」
「私はこれでも女だからね、力じゃたぶん負けると思うわ。……佳代乃、悪いんだけど私ちょっと眠いから一休みするわね」
「あら、わかりましたわ。ゆっくりお休みください」
ふわぁとあくびをしてハンモックに身を委ねる。佳代乃が室内に入り、再び私一人になる。
「あと2週間か……」
実感はないが、ボーッとしてたらあっという間だ。一寝入りしたら伊藤を神風に巻き込む方法を考えよう。
再び意識が覚醒する。少し肌寒いし、日が傾いてきているから夕方なのだろう。
ハンモックから降りて、佳代乃がいるであろうリビングへと足を運ぶ。重い足を叱咤しながら歩いていると、リビングの方から楽しげな話し声が聞こえてきた。
誰かきているのだろうか? ドアの隙間から覗くと、難波が佳代乃とお茶を飲みながら笑いあっていた。
「おお……楽しそうだなぁ……」
寝起きのせいか、ガラガラな声になってしまった。
「おはようございます風子さん。あっ、これは別に浮気ではありませんよ!」
わかってる。
「佳代乃の愛はよーくわかってるわよぉ。私もなんか飲みたい……頭がシャッキリするやつ」
「寝ぼけてますね。ここに座っていてください。コーラを持ってきますわ」
「んー……」
佳代乃の足音が遠のく。リビングが暖かいから油断しているとまた眠ってしまいそうだ。
「日下部さーん? 寝ないでくださいよー。もうすぐ九重さんがコーラ持ってきますからね」
難波が私の肩をゆらゆらと上下に揺らす。ああ、その動きは揺り籠……。
「あ、ほらきましたよ! ささっ、飲んで飲んで」
手にコーラが入ったコップを持たされる。こぼれると思ったのか、佳代乃が下から支えた。
「……っぷはぁっ!」
二人の介護によってようやくコーラを飲むと、炭酸の刺激で徐々に頭が冴えてきた。もちろんここまでの醜態は覚えている。中途半端な時間に寝るもんじゃないな。昼寝なんかしないでちゃんと夜になったら寝ようと心に決める。
「あーうん、ごめんね二人とも。もう大丈夫よ」
「子供みたいで可愛かったですわ」
「できれば忘れてほしい……ところで、難波はいつからここに?」
「30分前からです。神風の予測が出た瞬間に行こうと決めてたんです。日下部さんのことですから、すぐに行動するかと思って」
よくわかってらっしゃる。
「そうね、ちょうどいいタイミングだわ。さ、当日どうするか決めましょうか」
今から舞台を整えておけば憂いはなくなる。
伊藤の動向の連絡がきたのは当日の行動を決めている最中だった。村には神風が吹く当日まで滞在し、風が収まったら帰るとのことだ。
私は佳代乃に「気象庁が発表した神風が吹く日、それが1日遅れるという異常が起きた」と、伊藤に伝えてほしいと頼んだ。
佳代乃は伊藤の目には『世間知らずのお嬢様』に映っていることだろう。人を騙すなんて姑息な真似はしないと踏んでいるはずだ。
さらに、不自由な村での暮らしに辟易していると、派遣された者からの情報もある。
伊藤はどうにも詰めが甘いところがある。他人を舐めているのか、それとも自分に自信があるのか……何にせよ、不満が溜まってイライラしているならチャンスだ。苛ついている時ほど大事なことに気付かない。
こちらは休暇を楽しんだおかげでかなり冷静になっている。油断は禁物だが、入念に準備をしている分こちらが有利だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。