第15話再会とこれから
警察署に入るのは緊張する。犯罪を犯したわけではないが、これから殺害する予定があるので気分は良くない。
「すみません。ここに黒岩さんの情報を提供した人がいるって聞きまして、ぜひその方にお礼を申し上げたいのです」
佳代乃が身分証を提示して中に入る許可をもらい、「こちらです」と婦警が案内してくれた。佳代乃の名前を出しただけで通してくれるなんて、やはり彼女は味方にしておいたほうが良いかもしれない。
問題は佳代乃が私に惚れていることだが……。まあ、今どき同性だからダメっていうのはありえない。かなり昔は恋愛は異性同士が主流で、同性は異端として見られていたらしいが、現在では一つの選択肢として受け入れられている。
できれば仕事の仲間としての関係を築きたかったが、佳代乃が心変わりをしない限り悩まされることになるだろう。
このままでは絆されてお付き合いを始めてしまうかもしれない。何か、条件をつけて引き延ばそうか。
婦警の後ろをついて歩き、情報提供者がいる部屋の前まできた。促されてドアを開けると、知っている人物が椅子に座っていた。
「あっ……」
私と佳代乃が同時に声を上げる。
そこにいたのは――伊藤作治。ターゲットにしている人物が目の前にいた。思わず顔を俯かせて難波の後ろに隠れる。
「おやこんにちは。あなた方が黒岩のビルに潜入していた人たちですね」
伊藤は昔のように丁寧な言葉づかいをしている。反応を見るに、どうやら私には気付いていないようだ。
今の私はエプロンスカートを履いていて、スカーフを頭に巻いている服装だからだろう。伊藤と出会った日はライダースジャケットを着て、足の線がハッキリと分かるスキニーパンツを履いていたのだから、雰囲気がまるで違う。とはいえ、じっくり顔を見られればバレるので、難波の影になって極力目立たないようにした。
伊藤の視線は――どうやら佳代乃に注がれているようだ。そういえば伊藤のことを調べた時、お嬢様が好きな女性のタイプとあった気がする。
佳代乃は彼の御眼鏡に適ったようだ。伊藤の対応は彼女に任せて、私と難波は伊藤が変な動きをしないか見張ることにした。
「いやーそれにしてもあの連続死体置き去り事件の犯人がこんな近くにいたなんて。九重さんは一人娘ですから、お父上もさぞ心配したでしょうね」
「此度の件につきましてはなんとお礼を申し上げたら……本当にありがとうございます」
「いえいえ! これはわたしの善意ですよ。たまたま黒岩の会社で働いている従業員を見かけてね。会社名が書かれた作業着を着ていたからすぐわかりました。それで、怪しい動きをしていたから尾行したんです。そしたらなんと! 担いでいた袋から人の体が出てきたんですよ! 声を出さなかった自分を褒めてやりたいくらいです」
「それはそれは……災難でしたね」
「ええ、ええ。それはもうびっくりしましたよ。それで、わたしは写真を撮ったんです。どう見ても異常でしたからね。見つからないように警察に電話をかけて、その後はパトカーが到着するまで尾行しました。警察が現場にきたら彼らはアッサリ捕まりましたよ」
本当に驚いたのだろうか。伊藤はその程度のことでビビる男じゃないと思う。実はすべての黒幕で、黒岩は捨て駒だった可能性もある。まあ、仮にそうだとしてもどうでもいい。家族や親戚の仇であることは間違いないのだから。
それにしても伊藤は佳代乃にばかり話しかけている。私と難波は使用人だと思われているのかもしれない。
「あの、日下部さん。ちょっとお話があるんですが良いですか?」
難波は二人に聞こえないくらいの声音で私に話しかけてきた。
「良いけど……外に出ましょうか」
真剣な表情から察するに、大事な話なのだろう。難波は「外に出て空気を吸ってきます」と言って、私と一緒に警察署の外に出た。
「それで、話っていうのは何かしら?」
「日下部さんのビジネスの件なんですけど、ちょっと考えさせてもらって良いですか? 黒岩の話を聞いてからずっと、この話に乗って良いのかわからなくて……」
ああそうだ、難波は黒岩の話を聞いてようやく内容を知ったんだった。
「まあ、悩んでしまうのも無理はないわ」
警察署の前だから不用意な発言は控える。ここで犯罪だの殺人だの言っていたら、職質されて逮捕されてしまう。
それはそうと、勝手ながら難波は協力してくれるものだと思っていた。彼が出した答えによっては口封じを考えなくてはならない。
「すみません。結論は早めに出します」
「できれば協力してほしいけど、難波くんの人生だものね。ゆっくり考えると良いわよ」
「そうします」
「お待たせしましたわー」
しばらく難波と雑談を楽しんだ後、ようやく解放された佳代乃がこちらにやってきた。
「それじゃあ、今日は帰りましょうか。私たちは右の方に行くけど、難波くんはどっち?」
「僕は左です。では、また今度連絡しますね」
難波と別れてマンションへと帰る。部屋に入ると、疲れがどっと押し寄せてきて着替えもそこそこにソファに倒れ込んだ。
「あー……今日は疲れたわ」
「お疲れ様です。1日中気を張っていましたからね。コーヒー飲みます?」
「飲む……佳代乃は元気ねぇ」
疲れた様子を見せない彼女に「若いって良いわねぇ……」と、老人みたいなことを言ってしまう。
「こう見えても疲れていますわ。今すぐベッドに入りたいくらいには」
「あはは……ゆっくり寝たいけどねぇ……」
そう、今はそんなにゆっくりしていられない。黒岩は捕まっただろうか。彼が私の名を出したら警察がここに押し寄せてくるかもしれない。
「ねぇ佳代乃、話があるの。コーヒーを淹れたら聞いてくれる?」
「ええ、風子さんのためなら喜んで」
佳代乃は嬉しいという感情を隠さず、ウキウキとコーヒーの準備をする。感情がすぐに出る彼女は可愛らしい。
「それで話とはなんでしょう?」
二人並んでソファに座り、一口だけコーヒーを飲むと佳代乃から切り出してきた。
「難波には言ってなかったんだけど、実は黒岩の話を聞いてる途中ですべての記憶を取り戻したの」
「えっ! そ、それは本当なのですか!?」
「ええ、こんな時に嘘をつく理由がないわ」
「ああ……良かった。わたくしの人生でこれ以上に嬉しいことなんてあるのでしょうか」
佳代乃の目尻に薄っすらと涙が溜まる。
「大げさねぇ。それで、私は何もかも思い出したわけでだけど、佳代乃はこの先どうする? 私のビジネスに協力してくれるかしら?」
私を取るか、身の安全を取るか。もちろん佳代乃にも自分の人生というものがある。
しかし返答によっては……いや、今の私では手を下せないかもしれない。難波と違って、佳代乃に情が湧いているから。
「……わたくしは、風子さんに協力したいです」
「本当に良いの? あなた、私のことが好きだからって無理してない?」
「大丈夫です。どこまで通用するかわかりませんが、わたくしには財があります。それに、風子さんのためなら代わりに殺人罪を被る覚悟も」
「そんなことしてまで、私のことが好きなの? その恋、もしかしたら憧れを恋と勘違いしてるだけかもしれないわよ」
佳代乃は俯き、じっとコーヒーが入ったおそろいのマグカップを見つめる。
「確かに、憧れと恋を勘違いしているかもしれません。でも、今、ここに生きているわたくしは風子さんに協力したいと叫んでいます。断られたら……わたくし自身、どのような行動に出るかわかりません。」
断ったら監禁したり、私の復讐を邪魔したりする可能性があるのか。最悪、今ここで殺されるかもしれない。
「…………」
佳代乃は口をつぐんで私の返答を待っている。ここで彼女の申し出を断るのは不利益になりそうだ。
「わかった。佳代乃が味方でいてくれるなら助かるわ。それと、私への気持ちなんだけど。佳代乃が20歳になっても気持ちが変わらなかったら家族になってもいいわ」
まだ16歳だし、途中で自分の気持ちがどの種類なのか気付くだろう。もし、私のことをずっと好きでいてくれたのなら、佳代乃を受け入れてもいい。
「はい! わたくし、頑張りますわ!」
佳代乃はとびっきりの笑顔で私に抱きついてきた。
私の所業に嫌気が差して離れていったら、むしろ私の方が落ち込んでしまうかもしれない。もう、それぐらい絆されている。
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