第14話情報提供者の元へ
「……これでビジネスの話は終わりです。風子さん、ずっと黙っていましたけど訂正するべき点はありましたか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
記憶が急速に蘇ったおかげで、まったく話を聞いていなかったなんて言えない。途中で話を振られなくて良かった。
「それで、風子さんがいなくなってからは……」
黒岩の話はまだ続くようだ。聞いてもいないのに自社の事業を紹介し始めた。
さて、記憶を取り戻したことで一つの疑問が解消された。
なぜ神風の中にいたのか、それは伊藤作治と名乗った弁護士を完全に殺すためだ。もちろんこれは仇討ちサービスにも役に立つだろう。伊藤は実験台だ。
風速を計っていた時、私は偶然にも風が弱いところを見つけた。岩陰に向かったのは一番風力が弱かったからだ。神風が収まるまで隠れていれば巻き込まれることはない。
しかし、判断が1秒遅かった。岩陰に向かっている最中、私は巻き込まれてしまったわけだ。全身打撲で済んだのは、他のところより若干威力が弱かったからだろう。完全に岩陰に隠れていればなぁ……今さら後悔しても仕方ないが。
ともかく、だいぶ遅くなってしまったが記憶は取り戻したわけだし、結果オーライと思っておこう。
「いや~本当は協力したかったんですけどね。ほら、僕はもういろんなことに手を出しちゃったからねぇ。これからはライバルになるかもねっ!」
「ライバル?」
ヤバい。また聞いてなかった。ライバルとはどういうことだ。
「ええ、ええ! 話しを聞いた瞬間、今までにはないサービスだったからこれは成功するぞって思ったわけですよ」
私が行方不明になったのを好機とみたのだろう。まさか先を越されるとは……ああでも、この男は初めから信用出来ないと思っていた。仮に一緒にサービスを始めても、いつかは裏切って私のさらに上を行く事業を立ち上げたに違いない。
「さらに言うとね、最近発生している事件は全部僕の仕業でして、スタッフたちがせっせと死体を回収して家の前においてるんですよ。死んだ社長さんたち、みーんな恨みを買っていましたね~。あのバス事故にもとある社長さんが乗っていたんです。他の乗客には悪いことをしたなって思いますけど、ちゃんと殺せて良かったですよ」
黒岩はベラベラと自分のやったことを話す。同業者と思われているからこんなにも話すのだろうが、彼は警戒心を持った方が良いと思う。
「あの事件、あなたの仕業だったのね。運転手はここのスタッフの一人?」
「ええ、かけ持ちしてもらっていたんです。いやー殺害方法は任せると言いましたが、まさかあんな大胆な行動に出るなんて。あの自分の命を顧みない行動力、ぜひとも生きていてほしかった」
「だいぶ大きな事件になってるから、警察には気を付けなさいよ? 私が起業する前に逮捕されたらライバルになれないからね」
まあ、もう遅いけど。
「十分気を付けますよ」
黒岩はまだ気付いていない。このビルの周辺は私服警察が包囲している。私たちが今の内容を話せば黒岩は捕まるだろう。
しかし、黒岩が捕まった後に「風子さんも同じことをしようとしてましたよ!」などと言ったら問題だ。黒岩と共倒れになるのは遠慮したい。
ここまでの会話は佳代乃がしっかり録音しているが、警察には怪しい発言をしていました程度に留めておこうか。
私の目的は死体置き去り事件とバス事故の真相を知って、自首を勧めるか警察にこっそり伝えることだったが、黒岩が私のことを知っているとなれば話は別だ。ここは黒岩を泳がせておいて、後で犯行現場を抑えるのが最善手だろうか。
とりあえず、一旦ここは引き下がろう。いつまでも話をしていると警察が突入してくるかもしれない。
「黒岩さん、今日はありがとう。2人に話す手間が省けて助かっちゃった。これからは良いライバルとして、お互い頑張りましょうね」
「いえいえ。久しぶりに会えて嬉しかったですよ」
黒岩と握手をしてエレベーターに乗る。1階に降りて受付カウンターを見ると、社長室へ案内をしてくれた女性はいなかった。正午を告げる音が聞こえたからお昼休憩に行っているのだろう。
さあ、黒岩のことは適当に誤魔化として、これからの計画を立てねば。
「あっ! 無事です! 無事ですよ!」
ビルの外に出た瞬間、私たちは突如5人の警察官に囲まれた。
私服警察官ではない。私たちが黒岩と話している間に何があった?
「あの、これはどういう事態なんです? 無事も何も僕たちは黒岩社長の話を聞いていただけなんですが……」
難波が厳つそうな顔をした警察官に事情を求める。私服警察官の中にこんな顔をした人はいなかった。
「ビルの周辺を見張っていた者から話は聞いています。黒岩が死体置き去り事件とバス事故に関わっているかもしれないとのことでしたが、先ほど確固たる証拠が提出されました」
「証拠? 一体誰が……」
「今、警察署内でさらに詳しい話を聞いています。興味がありましたら話を聞いてみてください。九重家のお嬢様のご友人たちであれば大歓迎ですよ」
こんなところにも九重家の威光が。佳代乃の父親はあまり頼りになりそうにないイメージをだったが、他者と身内では見え方が違うのだろうか。
「それでは、無事を確認できましたので、これより突入を開始します」
厳つい顔に似合わないスマイルをし、周りにいた警察官に指示を飛ばす。これ以上ここにいたら邪魔になりそうだ。
「せっかくだから、その情報提供者の顔を見ましょうか」
「そうですね」
難波は複雑そうな表情で同意をする。
「しかし情報提供者か、私としては余計なことをしてくれたなって思いしかないわ」
一体誰なんだろう。黒岩の悪事を知っている人間だと思うが、まったく想像がつかない。スタッフの裏切りだろうか。
「黒岩さんが風子さんのことを話さなければ良いのですが……」
佳代乃が黒岩が逮捕された後の心配をしているが、彼女には痛くも痒くもないだろう。
ああでも、好きな人……憧れの間違いだと思うけど、そんな人が逮捕されたら悲しむか。これまでお世話になってきたし、余計な心配はさせたくない。
「私のことを話さない理由がないから、逮捕されたら間違いなく言うでしょうね。今のうちに荷物をまとめてどこかに逃げようかしら」
「あっ、その前にお父様にかけあってみます! お金で解決したらそれに越したことはありません。いくらでも出せます!」
サラッとお金持ち自慢をされた気がするが、本当にそれで解決できるならこちらとしてはありがたいことだ。
「ま、とりあえずは例の情報提供者に会いましょう。それからマンションに戻って、今後の身の振り方を考えるわよ」
黒岩のビルに背を向け、早足で警察署へ向かう。その間は一言も喋らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。