第13話取り戻した記憶と復讐

 15年前の2月9日、私は学校の行事で友達と一緒に教室で寝泊まりをしていた。生徒会主催による一大イベントで、みんなウキウキしながら準備をしていたのをよく覚えている。

 3日間くらい学校に泊まると母に連絡した時、親戚も連れて旅行に行くと言っていた。


『来月は一緒に行こうね』


 最後に聞いた母の言葉だ。

 今回の家族旅行に行けないのは残念だったけど、来月になったら行ける。この時は二度と一緒にいけなくなるとは微塵も思っていなかった。

 訃報を聞いたのは、強風が通り過ぎた翌日。私はクラスメイトと一緒にイベントの飾り付けをしていた。楽しくお喋りをしていたところに担任の先生がやってきて、「日下部さん、家族が昨日の強風に巻き込まれて重体なんだ」と告げられたのだ。

 強風のことはクラスでも話題になっていた。とんでもなく強い風が吹いて、粉々になっていたおもちゃが直ったとか、黄緑色の粒子が舞っていたとか、嘘か真か分からない話で持ちきりだったのを覚えている。

 結局、その話はすべて事実だったわけだが、学校という閉鎖された空間にいたせいでイマイチ実感がわかなかった。

 初めて実感できたのは家族の遺体と対面した時。全身が傷だらけなのはまだ良い方で、酷い人は顔の判別がつかない程の大怪我を負っていた。

 私の両親は幸いにも顔の損傷は軽かったが、親戚の中には誰だかわからない人がいた。弟のように可愛がっていた従兄弟も、判別がつかなかった血縁者の一人だ。

 不運にも強風のコースに入ってしまったゆえの事故。警察はそう言っていたが、私はそう思わなかった。

 強風に関しては数日前から警報が出ていた。人類が経験したことがない風が一部の地域に吹く。散々ニュースキャスターや専門家が話していた。

 父と母も「気を付けようね」と言っていたのに、わざわざその地域に行く理由がない。いくら地図を読むのが苦手だとしても、何もなしに危険とされる場所にはいかないはずだ。

 絶対に何か、きっかけがあった。そう確信した私はすぐに事故現場へ行こうとしたが、孤児院に引き取られたせいで忙しい毎日を送ることになってしまったのだ。

 なかなか現場に行けず悶々としていたが、生活に慣れてきた頃にようやく機会に恵まれた。しかし、調査のため立ち入り禁止という看板があり、1年くらい近づけなかった。調査をしていた警官に何とか入れないかとかけあってみたが、一般人の立ち入りは禁止されていますと言われて帰ったことを思い出す。苦い思い出だ。

 1年後、ようやく入れた頃には証拠になりそうなものは一つもない、ただの草原が広がっていただけだった。

 やはりただの事故だったのか?

 そう思い始めた時、警察から連絡が来た。母が所有していたスマホに、「道案内をしてくれる人がいた。ラッキー」と書かれたメールの下書きがあった。これは私に送る予定だったが、送信ミスで送られていなかったことが判明したのだ。


「殺人事件の疑いが出てきました。捜査は私達にお任せください」


 私は警察の言葉を信じて続報を待った。

 2年、3年、4年と待ち続けたが、有力な情報はなし。今も捜査は続いているはずだが、まったく連絡がないから進展はしていないのだろう。さすがに5年目にもなると、やはり自分の足で調査したほうが良いという結論に達していた。

 もし、家族を殺した犯人がいたらどうしよう。自ら調査を始めてすぐ、そんな考えが頭に浮かんだ。

 犯人がいたとしたら、私はそいつを殺したい衝動を抑えられそうにない。殺害に成功したら逮捕されても文句はないが、仕留め損ねたら後悔が残る。

 刑務所にいる間に犯人が死んだら?

 行方を完全に眩ませていたら?

 私の脳内は、成功より失敗した時のことでいっぱいになっていた。誰にも見つからず、確実に殺せる方法はないか。

 そこで目を付けたのが、強風から神風と名前を変えて親しまれている奇跡の風だった。家族を殺した風ではあるが、自然現象に罪はない。利用できるなら利用するべきだ。

 最近は遺族の心のケアをするサービスが流行っているらしいが、私はケアよりも復讐を望んでいる。メールにあった案内人が犯人とは決まったわけではないが、直感的にそいつが家族を殺したやつだと確信していた。そしてその直感は当たっていた。



 スタッフを探していた時だ。

 新人気象予報士の難波、元気象予報士で現在は経営のいろはを学んでいる黒岩。この2人に声をかけて次は3人目だが、そろそろ裁判沙汰になった時のための弁護士がほしいと思っていた。

 弁護士という職だから味方になってくれる可能性は低いが、これから会う伊藤作治いとうさくじという人はあまり良い噂を聞かない。もしかしたら協力してくれるかもしれない。

 待ち合わせのカフェでのんびりくつろいでいると、キートンスーツに弁護士バッジを付けた男性が入ってきた。庶民のカフェにその格好は浮く。

 客の視線を一身に浴びながら、私が座る席へと向かってくる。あまり目立ちたくない私は反射的に顔を背けてしまった。


「こんばんは。日下部さん……ですよね?」

「え、ええ」

「良かった! 人違いだったらどうしようかと思いましたよ!」


 ハハハと笑う伊藤は私の向かいに座り、店員を呼んでアメリカンコーヒーを頼んだ。


「で、神風を利用したビジネスでしたっけ?」

「ええ。巷では遺族の心をケアするサービスが波紋を呼んでいるけど、私は遺族の仇討ちサービスを始めたいと思っているの」

「仇討ちとは随分と古風なサービス名ですね」

「普通の名前にしたら注目されないからね」


 実を言うとそれほど深く考えたわけではない。サービス名を考えていた時、たまたま時代劇を見ていただけなのだ。


「お待たせしました」


 店員がアメリカンコーヒーを運んできた。伊藤は一口飲んで喉を潤すと、真剣な顔つきになって詳細を求めてきた。


「それにしても仇討ちですか……確かに神風が発生した時は亡くなる人がいます。大半は自殺だと聞きますが、日下部さんは殺人目的で利用する人が多いとお考えなのですか?」

「今はまだ自殺者の方が多いわ。これは勘なんだけど、いずれ大量殺人が起きると思う」

「勘ですか」

「けっこう当たるのよ?」


 お互いに笑いあう。


「しかし仇討ちサービスって要は殺人ですよね? おおっぴらに宣伝できない思うんですが」

「表向きは神風観光ってことにするわ。まだ神風を観光するサービスはできていないでしょう? みんな神風がある日は引きこもるけど、安全が保証されていたら見学したいと思うはずよ。映像で見ても綺麗なんだから、実際に見たら感動するわよ、絶対に」

「ははあ、観光にかこつけてこっそりターゲットを始末すると。それで、弁護士であるわたしにこの話をしたのは、バレた時のための保険ですか?」

「ええ、優秀な弁護士が味方になってくれれば、刑を軽くできるかもしれないからね。バレないように殺人計画は綿密にするけど、ほら、万が一ってこともあるし」


 ここまでは和やかに話が進んでいたと思う。次の会話で言い争いになるなんて――この時は予想だにしていなかった。


「それでもリスクは非常に高いですね。何があなたを駆り立てるのですか?」


 何気ない疑問だった。「危険を冒してまでやることではない」暗に彼はそう言っているのだ。実に普通の反応だと思う。私も当事者じゃなかったら同じ質問をしていただろう。


「私の家族と親戚ね、最初の神風が吹いた日の犠牲者なの」


 声を潜めて告げる。

 別に誰かに聞かれてもいいが、話せば同情されるからあまり大声で話したくないのだ。私は同情されて慰められるより、一緒に真実を探してくれる人が良い。そして、事故ではなく事件だったら私の行為を止めずに、協力してくれる人であればなお良いのだが。

 目の前にいる弁護士の反応はどうだろう。もし同情するだけだったらこの話は打ち切りだ。

 彼は何事かを考える素振りをしている。やがて「ああ!」っと声を上げて、ニヤニヤした顔で私を見てきた。


「そうかそうか、日下部ってどこかで聞いたなと思ったら、わたしが道案内をした家族の名前だ!」

「え……」


 この男は今、道案内をしたと言ったか? もしかしてこいつが私の家族を神風のコースに案内させたやつなのか?

 いや、待て待て。そう考えるのは早計だ。私の両親や親戚は方向音痴が多いから、店内で迷子になっていたところを助けただけの可能性もある。


「私の家族と、どこで会ったのですか?」

「んーどこだったかなぁ。小さい駐車場だったのは覚えているけど……ああ、山小屋みたいな建物が近くにあったかな」


 山小屋――もしかして、今はもう使われていないけど、かつては休憩所として利用されていた小屋だろうか。

 事故現場に行った時に見かけたことがある。あの時は家族の遺体が見つかった場所に行くぞ、と気合を入れていたから周囲も入念に調べていた。まさかこんな時に役に立つなんて。

 それにしてもこの男、急に態度が不遜になったな。言葉遣いも変わって、異様に馴れ馴れしい。これが素なのだろう。


「しっかしあの家族も馬鹿だよなー。強風が吹くって散々言ってたのに出かけるなんて。おまけに見ず知らずの他人に道を聞くという愚行! 悪意を持っているとか考えなかったんだろうなぁ。日下部さんも馬鹿な家族がいなくなって清々してるでしょ?」


 は? 頭が真っ白になり、沸々と怒りの感情が腹の底から湧いてくるのを感じる。そして、意味を完全に理解した時、私は怒りをコントロールできなくなっていた。


「あ、あんたねぇ!」


 怒りに身を任せてテーブルを思いっきりバン! と叩く。テーブル上で静かに佇んでいたカップが振動でわずかに動き、コーヒーが波打つ。

 周囲の視線を感じるが、かまうもんか。


「もう、何をそんなに怒っているんですか。頭が弱い奴らが数人いなくなっただけじゃないですか。家族でも所詮は赤の他人ですよ?」


 思わず胸ぐらを掴む。


「おっと、暴力ですか? 感心しませんよ。この世は手を出した方が負けるようにできているんです」


 チッと舌打ちをして掴んでいた服を離す。


「今回はわたしも失礼なことを言いましたので、今の行為は許してあげましょう。すいませんね、思い出したらおかしくて」

「……っ!」


 レジにお金を置いて逃げるように店を出る。



 店が見えなくなるくらい歩くと、ようやく冷静さを取り戻してきた。

 家族を死に追いやったのはあの弁護士だった。しかし、警察に持ち込もうにも確固たる証拠がない。

 神風に関する法律ができるまでまだ時間がかかる。政府はいつもそうだ。いつまでも待っていられない。

 自分で始末するしかない。

 弁護士に関しては諦めよう。いっそ自分が弁護士になって、手を下すのはスタッフにさせるのはどうだろうか。もしくはお金持ちの人と知りあって、金の力で解決してもらうとか。

 いや、今はそれよりも伊藤作治の家族構成や仕事内容、できれば悪事も知りたい。家族との折り合いが悪ければ、私みたいに犯人を見つけることはしないはず。さらに、普段から悪事にも手を染めていれば、彼が死んで助かったと思う人もいるだろう。

 仇討ちサービスの最初の客――それは私だ。対象のことを知るのは隙を狙うための第一歩。

 そもそも殺害するためには神風のコースに誘い込まなければならない。弱みを見つける必要がある。

 そうだ、神風の威力も検証しておこう。数年前、神風で自殺をしようとして助かった人がいる。その人は肺の病気で、病に殺されるより自分が選んだ場所で死にたかったと、インタビューで語っていた。10日後に病状が悪化して亡くなったらしいが。

 ともかく、神風に巻き込まれて生還した人がいたのは事実だ。次に神風が来たら風速を計ってみよう。

 確実に、殺すために。

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