第12話甦る記憶

 黒岩が経営している会社に電話したら、受付と思われる女性が対応した。名前を名乗り、黒岩社長に会いたいと伝えたら「少々お待ちください」と言われ、ゆったりとしたクラシック音楽が流れてきた。


『明日の午前11時に時間を作るので、ぜひ来てください』


 5分後に戻ってきた受付は、無感情に黒岩社長の言葉を伝えたのだった。名乗っただけなのにこうもアッサリ会えると拍子抜けする。

 さて、どんな社長なんだろう。



 5階建てのビルの前。事前に打ち合わせた通り、中には私と佳代乃と難波くんが入る。

 ビルの周辺には一般人に変装した九重家の召使い、そして数人の私服警察官がウロウロしていている。警察がこの場にいるのは、黒岩が本当に事件の犯人かを調べるためだ。

 昨日、気象庁のお偉いさんが「以前勤めていた黒岩が怪しいかもしれない」と警察に連絡したらしい。余談だが、私たちの計画を聞いた警察は、佳代乃の代わりに女性警察官を入れたいと言ってきた。しかし、佳代乃に甘い九重家の当主が一人娘のわがままを聞いて、結局当初の予定通りのメンバーで行くことに――という経緯があった。この時間は無駄だったと言わざるを得ない。

 そして、佳代乃の父から「娘に怪我をさせたら許さんぞ!」というお言葉を貰ったので、言い出しっぺの私を先頭にして、真ん中に保護対象の佳代乃、最後尾にボディーガードの難波くんという配置になった。

 ちなみに、佳代乃には危険を知らせるためのブザーを持たせてある。改良に改良を重ねて、鼓膜が破れそうになるくらいの音量が出るブザーだ。これが鳴ったら相手が怯むだろう。私たちも怯むけど。



 ビルの中に入り、脱出経路を確認しながら受付の女性に案内される。何が起こるかわからないから確認は大事だ。


「社長、お客様です」


 受付の女性は電話の時と同じく無感情な声、さらに何を考えているのかわからない顔をしている。正直ちょっと怖い。重苦しい社長室のドアを開けると同時に、女性は一礼をして自分の業務に戻っていった。

 能面みたいな女性がいなくなってホッとしたのもつかの間、私たちを出迎えたのはでっぷりとしたお腹が印象的な男性だった。体格に似合わず、キビキビとした動作でこちらへ近付いてくる。


「やあやあ風子さん! 半年以上も連絡取れなくなって心配していたんですよ。僕、けっこうあの話乗り気だったのに! おかげで自分が起業しちゃいましたよ! ハッハッハ!」


 口を大きく開けて豪快に笑う黒岩。今の話し的に、やはり私は黒岩にビジネスの話を持ちかけていたようだ。なんとかして内容を聞き出せないだろうか? ビジネスの全容が分かれば記憶を完全に取り戻せるかもしれない。


「あはは……ちょっと怪我で入院していまして。黒岩さんにはどこまで話したんでしたっけ? 手当たり次第声をかけたから、誰に何を話したか覚えていなくて」

「実は僕も話を持ちかけられていたんですが、時間の都合で詳しい話を聞けなかったんです。だから、この機会に知りたくて同行しました」


 難波くんが話を合わせてくれる。彼もビジネスの詳細は知らない。これを機に知りたいのは本音だろう。


「そういえば色々な人に話すと言ってましたな。せっかく再会したんだ、ゆっくりお話をしましょうか」

「ありがとう。ごめんなさいね、急に話したいだなんて。私が入院している間に黒岩さんが起業したと聞いて、私との仕事はどうするのかちゃんと聞きたくて……」

「僕も言っとかなきゃと思いつつも先延ばしにしていたので、ここはお互い様ということで流しましょう。ささっ、こちらのソファにお座りください」


 高級そうなソファに案内される。

 ビジネスの内容を知りたいと言っていた難波くんを黒岩の前に座らせ、怪しい動きをしたらすぐに取り押さえられるようにしておく。黒岩と難波くんなら、標準体型の難波くんの方が素早く動けるだろう。

 佳代乃は黒岩に名前を名乗り、自分も話を持ちかけられたけど詳細は知らないと言い、引っ込み思案な女性を演じている。加えて、一般市民のような服装に着替えさせたから、どこかのお嬢様には見えないだろう。メイクもほとんどさせていないので、本当に平凡な一般女性だ。


「ええと君は……博明くんっていうんだね。佳代乃さんと博明くんは風子さんが神風を利用した仇討ちサービスをするって聞いているかい?」

「いえ、僕は気象予報士が必要だからと言われただけで、内容までは知りませんでした」


 佳代乃も同意をする。

 仇討ちサービス……随分と物々しい上に時代遅れな名前だけど、つまりは復讐だよね?

 あと、自分で考えたものに言うのもなんだけど、神風を利用するとはどういうことだろう。


「もう、風子さん! それすらも話していないなんて、これじゃあ経営者失格ですよ!」


 黒岩に叱られてしまった。記憶喪失だ、仕方がない。……とは言えない。


「あはは……すいません。当時、彼らは協力してくれるかわからなかったんですよ。入院している間に協力すると決心してくれたんですよね」

「ちゃんと話しておかないとトラブルになりますよ。部下との関係が良くないと苦労しますからね。経験済みです。まあ、今日は僕から話しておきますわ。風子さんは間違っていたら訂正してください」

「わかったわ」


 記憶がないから訂正はできないだろう。適当な相槌をして、仇討ちサービスとやらを把握しよう。

 ついでに黒岩の話し方を勉強しておこう。経営を始めたら役に立つはずだから。



「二人共、人を憎いと思ったことはありませんか? 風子さんはどうしても憎い相手がいると言ってました。残念ながらそれが誰かまでは教えてくれませんでしたが。最近、凶悪な犯罪が毎日のように報道されていますよね。仇討ちサービスっていうのは、殺された被害者の家族――つまり、遺族が犯人に復讐するためのサービスです。今ある遺族サービスは自殺者家族の心のケアが中心ですが、風子さんの考えるサービスは殺人に特化したものなんですよ。ここまであっていますか?」

「ええ、大丈夫よ」


 一つも違いはない……はず。


「なるほど。でも、仇討ちってことは犯人を殺すことですよね? それはそれで罪に問われると思うんですが」


 難波くんがもっともな疑問を呈する。


「確かに罪は免れません。しかし、バレなきゃ問題はありません。……まあそれは冗談で、風子さんは万が一のために優秀な弁護士を探していました。どんなことがあっても無罪に出来る弁護士を」


 バレなきゃ問題ないが、絶対にバレない保証はない。罪を犯した者を殺害したんだから、正義感の強い一定の市民からは支持されそうだが、警察と法律が許してくれないだろう。仇討ちサービスを始めるための人材集めで、何よりも優先すべきは弁護士なのだ。




 ああそうだ、そうだった。

 私には憎い相手がいる。家族、親戚を殺したやつだ。

 あれは神風による事故ではなく、神風を利用した立派な殺人事件だった。

 黒岩の話しは続く。ここまで聞いて、私の記憶は蘇りつつあった。

 私は視線だけを黒岩に向けて、神風が発生したその日の記憶を思い出していた。

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