第11話黒岩という男
「ねぇ佳代乃。私、死体置き去り事件を調べようと思うの」
目をまんまるにした彼女は言葉の意味がわからなかったのか、「今、なんと?」ともう一度聞き返してきた。
「最近、遺体が家の前に置かれる事件があったよね。私はこれを調査したいの」
さっきより丁寧に説明する。
「調べて……どうなさいますの?」
「犯人がわかったら自首を勧めたい。危ないやつだったらこっそり警察に通報しようと思ってる」
佳代乃はきっと「そんな危険なこと!」って言い出すから、先手を打ってもしもの時は警察に通報すると言っておく。
「……風子さんが決めたことなら仕方ありません。決して、決して無理はしないでいくださいね」
おや、意外と素直。
「約束するわ。そうだ、指切りもしましょう」
「指切り?」
「あれ、指切り知らない? こうして小指同士をクロスさせて……指切りげんまーん嘘ついたら針千本のーます、指切った! これで何があっても約束は守るから」
「針を千本も飲ますですか……ずいぶんと物騒ですわね」
「破ったら飲ませていいから」
「では、念のため用意しておきますね」
本当に用意しそうだ。指切りを知らなかったみたいだし、無理はしないように気を付けよう。飲まされたら今度こそ死んでしまう。
「さてと、まずは難波くんに会おうかな」
初めて会った時に交換した連絡先に電話をかけたら、2回のコールで出てくれた。
『はい、難波です。日下部さんですか?』
「ええ、久しぶりね。突然電話して驚いたでしょう? 実は神風による事件のことが聞きたくてね。私より気象予報士の方が詳しいと思って」
『ああ……酷い話ですよね。僕ちょうど明日休みなので大丈夫ですよ』
「ありがとう。場所は……」
「この部屋使ってもいいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて。私たちが住んでいる部屋で話しましょう。住所教えるね」
ゆっくりと住所を言う。
『ふんふん。なるほどわかりました。では、僕はまだ少し仕事があるので』
「忙しいところごめんね」
『いえ、良い気分転換になりました。それではまた明日』
ピッと音が鳴って通話が切れる。明日が休みだったなんてラッキーだ。
「部屋、ありがとね」
「どこから話が漏れるかわかりませんからね。風子さんに針千本飲ませたくないので、わたくしが見える範囲に置いておこうと思ったまでです」
私が無茶をしないための監視か。まあ、佳代乃の言う通り外だと誰に聞かれるかわからないし、これがベストかな。
翌日、難波くんは10時ピッタリにやってきた。
「いらっしゃい、時間どおりね」
「時間通りに到着するのが特技なんです。ではお邪魔します」
靴を揃えて端の方に寄せる。丁寧な動作が好印象だ。こういう細かい気遣いが評価されて気象予報士に採用されたんだろうな。
「神風による事件の話でしたよね」
「ええ、最近多いから気になってね。私たち一般人より気象予報士の方が神風のことに関しては敏感そうだと思ったんだけど」
「そうですね。気象庁でも死体置き去り事件とバス事故は話題になっています。特にバス事故は被害者が多いから話す人も多いです。……こういう事件が続くとクレームが殺到するので、警察には一刻も早く解決してもらいたいです」
気象庁にクレームを入れても解決するわけではないだろうに。わざわざ電話をかける人の気が知れない。
「それは、大変ね。難波くんは大丈夫? さっきから気になってたんだけど、ちょっと顔色が悪い気がする」
「気象庁には神風による事故の情報がいち早く来るから、凄惨な現場を見る機会が多いんです。慣れたつもりでしたけど、バス事故は酷かったですね……」
うぷっと、手を口元に持っていって吐き気を抑える仕草をする。相当悲惨だったようだ。思い出させるのは気が引けるが、情報のためには仕方がない。心を鬼にして聞いていこう。
「警察の捜査状況って気象庁には伝えられるの?」
「ええ、今後同じ事故が起きないように対策を講じる必要があるので、こまめに捜査の進展具合が報告されてきます。みんな話題にするから同じ情報が何度も耳に入ってきますよ」
「で、どう? 犯人の目処はついているの?」
「警察はまだ絞れてないようですが……気象庁ではある人物が裏で手を引いているんじゃないかと噂になっています」
「ある人物?」
気象庁で噂になっているということは、過去に働いていた人なのだろうか。それが本当なら、そいつは調べる価値がありそうだ。
「これは内緒ですよ? そいつは『黒岩』ってやつで、僕は会ったことありませんが、いろいろとヤバいことに手を染めてたみたいです。子供の頃は窃盗を働いていたとか、人を殺したとか」
「黒岩……」
なんだろう。聞いたことある名前だ。もしかして、いまだに思い出せないビジネスの記憶が関わっている? あり得るのは、難波くんと同じように誘ったとかだろうか。
「その黒岩って方、わたくしがお調べしましょうか?」
キッチンで洗い物をしていた佳代乃が会話に入ってきた。
「え、本当に良いの? 危険な目に合うかもしれないわよ」
「わたくしは風子さんの役に立ちたいのです。それに、何かあったら父が黙っていませんから」
そのお父さんが手も足も出ない状況になったらどうするんだ。でも、佳代乃の申し出を断るのも忍びない。
「風子さん。もう一度、指切りしましょう。わたくしも無理はしませんわ。自分の身が大事ですから」
「あー……うん、しとこうか」
お馴染みのフレーズを言って小指を離す。後で針千本買ってこようかな。
「えーと……話の続き、良いですか?」
私たちのやり取りを見ていた難波くんは、気まずそうな顔をして視線を彷徨わせていた。置いてけぼりにしてしまって申し訳ない。心の中で謝る。
その後は、気象庁の現状や今後の方針を話してくれた。特に気になる情報はなく、なんだか大変そうだなぁという感想くらいしか浮かばなかった。
難波くんの話を聞いてから3日後。
佳代乃の情報収集能力は段違いだった。名前しか情報がなかったのに、経営している会社の連絡先や第三者から見た性格、現在の住まいまで調べ上げてしまった。家の者を総動員して調査した結果だそうだ。
しかし、トラブルもなしに終わったわけではない。黒岩の1日の行動を調べていた使用人が何者かに襲撃されたのだ。幸いにも定期連絡の時刻だったので、異常に気付いた人たちが救助に向かったので事なきを得た。後頭部を強打されたらしく、一歩遅ければ出血多量で死んでいたかもしれない。意識不明の重体だが命に別状はなく、直に目覚めるとのことだ。
これでわかったのは、黒岩は油断ならない人物だということ。会って話を聞きたいが、何かあった時のためにボディーガードを手配したい。
難波くんに事情を話すと、自分がボディーガードになると言ってくれたが、どうも彼だけではまだ心もとない。
でも、人数が増えると相手が危害を加えられるのでは? と警戒されてしまうかもしれない。相手の心を開かせるためには少数精鋭が望ましい。
「佳代乃、今から黒岩が経営している会社に電話してアポを取るけど、あなたはどうする?」
女2人と男1人なら警戒はしないと思う。ただ、佳代乃を危険に巻き込むのは、彼女のお父さんに申し訳ないなと思う。
「わたくしも行きますわ。風子さんだけ危ない目に合うのは嫌です。他のボディーガードは外で待機させておきます」
うん、佳代乃はそう言うと思った。私は彼女の意思を尊重したいから、同行を許可する。
念のために護身術を習ったが、付け焼き刃だから上手くいかない可能性の方が高い。
悲惨な事件を引き起こしたとされる人だ。そう簡単に事が運ぶはずがない。私は緊張した面持ちで電話番号を入力した。
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