第10話転機

 2週間後、予定通り神風は発生した。

 今回は私たちが住んでいるところに直撃するので、前日に食料や生活必需品を買って籠城することになった。

 ただ、ここは高級マンションのせいで揺れはもちろん、風の音すら耳を澄まさないと聞こえない。まったく危機感が持てない。災害時は非日常にドキドキしてテンションが上がるが、部屋の中にいる限りいつもと同じ生活。


「ねぇー……かよのぉ。ひまぁ……」


 私はアウトドア派だから外に出たいのだ!

 ソファでぐったりしてる私を尻目に、佳代乃は黙々とインターネットを楽しんでいる。私はインターネットの楽しさが分からない。軽く情報収集するには便利だけど、信憑性はほとんどないし、大半は出まかせだからあまり利用しない。ソフト開発なら楽しめそうだが、特に作りたいものはない。

 外に出て誰かと話している方がずっと楽しい。


「あ、そろそろ神風に変わるようですよ」

「ホント!?」


 やっとただの強い風から神風に変わる。佳代乃は気象情報を見ていたのかな。それなら私もソファでぐだぐだしていないで一緒に見ればよかった。

 窓から外を覗くと、木々の揺れが一層激しさを増している。5分もしないうちに神風が発生するだろう。


「風子さーん。危ないですから開けないでくださいねー」


 後ろから佳代乃の声が聞こえる。危険なことをするほど興奮していないから大丈夫。


「わかってるー」


 私の気のない返事に「本当に大丈夫でしょうか……」と佳代乃は訝しむ。そんなやり取りをしているうちに、気付けばピッタリと風が止まっていた。

 そろそろ、来る。

 ふわっと黄緑色の粒が窓越しに舞う。徐々に数を増やし、外はあっという間に黄緑色の粒子で溢れてしまった。

 そういえば、夢の中の私も黄緑色の粒子に囲まれていた。あの後すぐに体が宙を舞ったが、このマンションは大丈夫なのだろうか。

 住んでいる場所が神風のコースになっている――改めて考えると不安しかない。夢を見る前、展望台で見た時は神秘的でうっとりと眺めてしまったが、当事者になると笑えない。さっきまで今か今かと神風を待っていたのに、おかしい話だ。

 やがて轟音が響く。強風のときは物音一つしなかった。マンションの防音性を上回る風の音に、神風の威力を思い知る。外では屋根の一部や何かの破片が建物にぶつかりながら巻き上げられている。


「私よく無事だったなぁ……」


 体は傷だらけだったらしいが、目を覚ました頃にはすべて治っていた。死ぬ可能性が高いのに、風速を計っていた自身が理解できない。

 もう少し、もう少しなにか思い出せればその答えがわかるだろうか。



 神風が通った後、私たちは修理に出していたテレビの配線を受け取りに出かけた。

 街は綺麗になっており、以前見かけた壊れかけのプレハブ小屋が新品同様になっていた。持ち主の男性は満足そうに頷いている。

 壊れ物収集センターに到着すると、預けていた物を取りに来た人でごった返していた。見学に行ったときは遠巻きに見ていただけだったが、いざ自分が利用すると人の多さに溜息しか出ない。


「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか」

「はい。大丈夫です」


 配線に付いているタグの番号を確認して受け取る。千切れていた線はすっかり元通りだ。埃や汚れもなくなって、新品同様になっている。預かり品の回収作業は機械で行われているが、こうして人の手から受け取るとどこか安心する。


「ああ、これでまたテレビが見れますわ」


 佳代乃は嬉しそうに配線を撫でている。でもまた千切れたら見れなくなるから、無線のテレビも買っておこうと提案しておく。

 神風の発生に慣れてきたら絶対に暇になる。佳代乃のお金を使わせてもらっているお前が何を言っているんだと、どこからか聞こえてきそうだが、佳代乃本人が良いと言っているので甘えておく。

 自分でお金を稼ぐ手段――そうだ、記憶を失う前は何のビジネスを立ち上げようとしていたんだろう。記憶が回復したらその事業に注力して、安定して儲かるまで頑張ろうか。そして、お世話になったお礼に佳代乃と旅行に行こう。いつ記憶が戻るかわからないが。

 私のことを知っている人はまだ難波くんしか出会っていない。そこそこ外出して、たくさんの人と交流をしているのに手がかりはない。

 ビジネスに関すること以外の記憶は思い出せている。何か決定的な事件が起きないだろうか。できれば人に迷惑をかけない形で。


「風子さん? マンションに着きましたわよ」

「えっ、うわ! ええ? ああ……」


 目の前に佳代乃の顔があった。びっくりしすぎて意味をなさない言葉しか出なかった。


「大丈夫ですか? 配線の接続はわたくしだけでもできるので、少し横になっていてください」

「あっ、いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

「ですが……」


 いつの間にかマンションの部屋に戻ってきていた。どれだけ考え込んでいたんだろう。

 心配する佳代乃から配線を受け取り、テレビの裏側に回る。元気に行動すれば大丈夫だとアピールできるだろう。テキパキと作業をしてテレビの電源を入れる。かつてないほどの手際の良さに呆気を取られた佳代乃は、諦めた様子で私の作業を見守ってくれた。

 その後は二人でソファに座ってニュースを見る。これでいつも通りの光景だ。


『速報です。大手企業の社長が神風に巻き込まれました。遺体は一般市民の自宅の前に放置されており、警察は死体遺棄として捜査を行っています。情報が入り次第、またお伝えいたします』


 テレビを点けて最初のニュースだ。明るいニュースが良かったが、内容的に見過ごせない。


「大手の社長だって。なんで巻き込まれたんだろう? 偉い人ほど自分が死なないように注意するもんなのに」

「あまり想像したくはありませんが、社内で裏切り者が出たとかでしょうか……」

「社員に裏切られたとしたらさぞ無念だったでしょうね。私も起業する時は部下を大切にしよう」


 難波くんの話しによると他にも勧誘した人はいるし、佳代乃が見た私と言い争っていた相手……もしかしたら恨まれているかもしれない。うん、できるだけ争いは避けよう。


「それにしてもまた人の家の前に放置か。これは同一犯とみていいのかな」

「おそらくは……早く捕まってほしいですわ」

「そうだね。とりあえず続報を待とう。もしかしたらアッサリ捕まってるかもよ」


 そうなったらどんなに良かったことか。

 夕方の続報ではまた新たにどこかの企業の社長の遺体が複数見つかった。もちろん一般人の家の前で。

 さらに、これで終わりじゃなかった。

 なんと観光バスが巻き込まれ、乗っていた乗客や運転手が全員死亡してしまったのだ。

 神風が発生してから15年、史上最悪な事件になった。バスの運営会社によると、運転手の暴走が今回の事故の原因らしい。

 大手企業の社長の相次いだ死、たくさんのお客を乗せたバス。この2つの事件は世間を大いに騒がせた。

 最初はバスに乗っていた客の遺族から始まった。涙ながらの会見に多くの人の同情を集め、神風サービスは不謹慎だと騒ぐ者、警察やバス会社への批判などがあちらこちらで現れたのだ。

 確かに悲惨な事故だと思うが、どちらかというと私の関心は大手企業の社長たちの死に向けられていた。当然彼らにも遺族は存在する。

 バスの事件の方が大きいので扱いは小さいが、遺族たちに代わって犯人を懲らしめてやりたいとさえ思ったほどだ。こんなにも関心を寄せる理由は、いずれ起業して社長となるからだろうか。

 そして、なんとなくだが死体置き去り事件が解決すると同時に、バス事故の方も真相がわかるような気がする。

 私は別に探偵ではないし、これはただの直感だけど。

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