第9話平和な街で起きる大事件
「そういえば、次のパーティーっていつなの?」
昨夜、あまりの告白に頭の整理が追いつかずにいたが、朝になったらスッキリしてたので、次のパーティーの日取りを聞いてみた。どうせなら人がたくさん集まっている場所で、大々的に公表するのが良いだろう。
「実は不定期開催でして、次は早くても半年後、長くなると2年も間が空きます。先日開催したばかりだし……今すぐ実行するのは難しいですね」
「ああー……そっかぁ。昨日今日で開催はできないか。準備が必要だからそりゃそうよね。他のパーティーにお呼ばれすることは?」
「父は年明けだと言っていました」
「あと半年もあるのね……とりあえず、作戦だけでも考えておきましょう。もしかしたら急にやるかもしれないし」
「そうですね。備えあれば憂いなしです」
ニュース番組をBGMに作戦を練る。発表は半年後のパーティーで、幸いにも行ったことがある家らしく、スピーカーの位置や部屋の広さなど細かいところまで知ることができた。
さらに、佳代乃に優しくしてくれる家庭らしいので、ちゃんと伝えておけば協力してくれそうだということもわかった。
大まかな流れができたところで休憩をとる。ゆっくりコーヒーを飲んでいると、外がにわかに騒がしくなり始めた。
「この音は何でしょう? 休日の9時頃はいつもならまだ静かですのに……」
「そうね、何か事件でもあったのかしら? 気分転換も兼ねて様子を見に行きましょうか」
「そうですわね」
出かける準備をしてマンションを出ると、向かいにあるレンガの家の前に人だかりができているのが見えた。近くにはパトカーがあり、物々しい雰囲気が漂っている。今日は快晴なのに憂鬱な気分になりそうだ。
近くにいた主婦に話を聞くと、家の前に身元不明の遺体が置かれていたことが分かった。
発見者はこの家に住む男性。散歩をしようとドアを開けたらご対面。悲鳴を上げたら隣の住民も何事かとドアを開け、その人も遺体を見て同じように声を上げたとのこと。
先程の騒がしさはどうやらこの連続した悲鳴が原因の模様。警察は今しがた到着したらしく、人を遠ざけようと懸命に体を張っている。
「今日の一大ニュースになりそうね」
「ええ……まさかここでそんな事件が起きるなんて……」
佳代乃は顔を真っ青にしている。平和な街、しかも部屋の近くで事件が起きるなんて想像していなかったから仕方ないだろう。
「大丈夫? 部屋に戻ろうか?」
「そうですね、ちょっと気分が悪いので帰ります……。一人で戻れますので、風子さんはやりたいことやってください」
口元を抑え、ふらふらとした足取りでマンションへ戻っていった。ちょっと危なっかしかったが、マンションまで辿り着けたから倒れる心配はないだろう。
さて、やりたいことか。
死体を見る趣味はないから聞き込みでもしようか。そうだな……できれば最初に発見した人の話が聞きたいけど、さすがに今は事情聴取中だろう。
死体の状態を知っている人は――
「んん?」
遺体が置かれていた家の左隣、白い家の2階の窓からチラッと人影が見えた。そういえば一人暮らしをしている男性がいるって佳代乃が言っていた。影が見えたってことは外に出ていないのだろう。警察の事情聴取もまだのはずだから、ここにいる人に事件のことを尋ねてみよう。
さっそく家のチャイムを鳴らして住人が出てくるのを待つ。10秒……20秒……30秒……なかなか出てこないな。物音すら聞こえない。警戒しているのか?
「うーん……諦めるしかないか?」
バタバタバタ!
踵を返そうとした時、こちらに走ってくる音が中から聞こえてきた。
「お、お待たせ……して、すいませ、ん……」
出てきたのは丸くて大きい眼鏡が特徴的な男性。この顔は何度か見かけたことがある、この家の住民だったのか。
「こんな時にごめんなさい。近所が騒がしかったから事件が気になっちゃって。よければ何があったか聞きたいんですが、大丈夫でしょうか?」
「は、はぁ……僕より詳しい人はいると思いますが……」
「警察の事情聴取が長引いてるようで、詳しい話が聞けないんですよ。事件があった家の近所に住んでいて、話が聞けそうなのはあなたぐらいかなと思って……ご迷惑ならここで引こうと思います」
「あっ、いえ大丈夫です! 僕もちょっと心細いので誰かと話したかったし……」
よく見れば手に携帯を持っている。誰かに連絡する寸前でチャイムが鳴ったから断念したのだろう。
「あー……ここで立ち話もなんですし、家に上がってください。何もありませんが……」
「話を聞けるだけでも十分です」
この男性はかなり気が弱いようだ。事件を知って引き籠っているのも頷ける。
「では中へどうぞ……」
「お邪魔します」
リビングに通されて椅子に座る。一人暮らしなのに二人分の椅子があるということは、友達か彼女が遊びに来るのだろうか。
部屋は全体的に小ざっぱりとしていて、日当たりが非常に良い。冬はすごく暖かくなりそうだが、夏は地獄のような暑さになるに違いない。
「お茶どうぞ」
「ありがとう」
出てきたのはほうじ茶。キッチンを見ると茶葉の容器が数種類あったのでお茶が好きなのだろう。
「ん。美味い」
「あ、ありがとうございます」
「さっそくで悪いんだけど、見た?」
死体とは言わない。男性の顔が僅かにこわばる。この反応を見るに、しっかり目に焼き付いてしまったのだろう。
「死体を見るのは初めてで、あの、上手く言えないかもしれませんが……」
「見たままを話してくれればそれで大丈夫よ」
「はい。あっ、僕は最初の悲鳴が聞こえたときからずっと2階にいまして、死体の損傷はそこから見たものです。血溜まりはできていなかったので、刺されたとかではなく、打ちどころが悪かったんじゃないかなと思います」
確かに血がどうのこうのって話しは聞いてないな。
「顔の状態は見れた?」
「うーん……少しだけ頬が腫れてたかも? あまり自信はありません」
数回殴って殺したのか?まあ、死因は報道されるだろう。
「犯人が被害者を殴って殺害……でも、どうして他人の家に置いたのやら。人気がないところの方が発見が遅れるのに。そうだ、もうニュースになってるかしら」
「テレビ見てみましょうか」
『……今、警察による捜査が行われています。現場からは以上です』
「あら、ちょっと遅かったようね」
「でもあれからまだ進展はないみたいですね……」
まあ、そんなに時間経ってないしこんなもんか。詳細がわかるのは夕方になりそうだ。
「よし、忙しいところごめんなさいね。死体の状態がわかったから帰るわ。お礼は後日持ってくるわね」
「えっ、そんな! 僕の方こそ話し相手になってくれてありがとうございます! お礼もそんな……悪いですよ」
「私がお礼したいのよ。だいじょーぶ、変なものはよこさないから楽しみにしてて。明日には持ってこれると思う」
飲ませてもらったお茶、もしくは少し高い茶葉が妥当かな。
「じゃ、じゃあ楽しみに待っています」
「それじゃあね」
玄関まで見送ってもらい外に出る。
この事件、大きく発展しなきゃ良いけど。大事件に繋がるんじゃないかという予感がするのはなぜだろう。
眼鏡の男性の家を出て百貨店へと足を向ける。
「まずは商品の種類を見なくちゃね」
機嫌よく茶葉を見ていたが、いまいち違いがわからない。結局、迷いに迷って一番高い茶葉を買うことにした。値段が高いほど良いというわけではないが、いかにも高級品ですと言わんばかりの包装だから感謝の気持ちは伝わるだろう。
あのメガネくんが焦っているところを想像すると顔がニヤついてしまう。きっと彼は最初に「こんな高級品受け取れません……!」と言って断ってしまうだろう。
でもちょっと押せば受け取ってもらえるはず。赤の他人なのにこんなにもちょっかいを出したくなるのは、記憶の中にいる従兄弟のせいだろうか。
4つ年下の従兄弟。彼もまた、最初の神風によって亡くなっている。生きていたらメガネくんと同じ年齢だろうか。
そう言えば年は聞いてなかったな。明日、品を渡すついでに聞いてみよう。
今はもう会えない従兄弟、弟のように可愛がっていたあの子はどんな声をしていただろうか。
「顔は思い出せるのになぁ……」と、誰にも聞こえない大きさで呟く。
「ただいまー」
マンションに戻ってくる頃にはすっかり日が傾いていた。
「あっ、おかえりなさい風子さん」
「体調はどう?」
「少し横になっていたら回復しましたわ。袋のそれは……」
「ああ、これ? 高級茶葉よ。今朝の事件の聞き込みで協力してくれた人がいてね。そのお礼に買ってきたのよ。忘れないように玄関に置きたいんだけど良いかな?」
「もちろん大丈夫ですわ」
佳代乃の許可を貰ったので玄関に袋を置く。
『次のニュースです。今朝未明……』
おっと、もしかして朝の事件か。急ぎ足でリビングに戻り、画面を食い入る様に見つめる。
『……同様の事件は複数の箇所で見られ、警察では今後、不用意に近づかないよう呼びかけています』
「えっ、複数?」
玄関にいる間に最初の方を見逃してしまったが、ニュースによると同じ事件がいくつも発生していたらしい。死因はみんな殴打によるものだった。
「複数の犯行でしょうか……怖いです」
「性別や年齢に一貫性がないし、私たちも注意しないとね。怪しい人がいたら逃げましょう」
「犯人が捕まるまで油断できませんね。なんだか息苦しくなりそうです」
『次のニュースです。気象庁が2週間後に神風が発生する可能性があると発表しました。神風サービスをご利用される方は早めの予約をしましょう』
「あっもう神風が発生するのね。えーと……3ヶ月ぶり? あれ、けっこう前ね」
大人になると体感時間が早くなる。子供の頃はそんなの嘘だと思っていたが、大人になって実感する。
「もう年かなぁ……」
「そんな! 風子さんはまだお若いですよ!」
佳代乃は一生懸命に私を擁護してくるが、彼女はまだ16歳だから私より体感時間は遅いはずだ。その若さが羨ましくなる。吸い取ってやろうか。
そんな物騒な考えをしていると、ブツンッ!と音を立ててテレビが真っ暗になった。
「え、あら? どうしたのでしょう」
佳代乃がトントンと優しくテレビを叩く。私も原因を探ろうとテレビの裏側を覗き込むと、ゆらゆらと揺れている配線が目に入った。
「あー……配線が千切れてる」
完全に断線している。これはちょっと直せそうにない。
「ああ、やはり昔懐かしい配線を使ったテレビは壊れるのが早いですわね。興味本位で買ったのがいけませんでした」
「今は無線が主流だからね。そうだ、せっかくだから神風に直してもらおうか。本当に直るのか見てみたい」
「そうですわね。朝一で預けに参りましょう」
修理した物の現物は見ていないから楽しみだ。
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