第8話衝撃な告白
佳代乃が私に話すと決心してくれたのは、あの相談からさらに2ヶ月経った後だ。衝撃的なエピソードを話すのに、こんなにも時間が必要なのかとも思ったが、そこは人それぞれなので触れずに過ごしていた。
悩んでいる間の佳代乃は、やたらベタベタと私に触れてきたり、一緒にお風呂に入ったりと、小さな子供みたいに甘えていた。迷惑をかけられるほどではなかったが、明らかに接する態度が変わると戸惑ってしまう。
話してくれるのを今か今かと待ちわびて2ヶ月、佳代乃の態度が変わったように、私にも変化が訪れていた。
最近の私は記憶は少しずつ取り戻してきている。
最初の神風が発生したとき、私は学校の行事に参加していて、家族は日帰り旅行に行っていた。
家族が亡くなり身寄りがなくなった私は、実家から離れた孤児院に引き取られて成人するまで育てられる。大人になってすぐ、私は孤児院近くにあったスーパーで働き始めたが、24歳の時に辞めている。
そして25歳になったばかりの時、難波くんと出会った。確かにビジネスの話をした覚えがあるが、肝心の内容はまったく思い出せない。
それから数日後、私は神風の風力が重要だと思って、検証をするために神風コースに入った。理由はまだ思い出せていない。
それでも、少しずつ記憶が回復してきていることに安堵する。この調子なら1年以内に全部思い出せそうだ。
さて、朝食も食べたことだし今日の掃除を始めますか。
「風子さん。夜、夕食を食べた後に話しますね」
掃除をしている途中、佳代乃がかしこまった様子で話しかけてきた。朝早くから話せるような内容じゃないのだろうか。
「OK。わかったわ」と返事をすると、気分を一新するために出かけると言って出ていってしまった。そんな彼女を玄関で見送った私は、雑巾を片手に掃除を再開するのだった。
数時間後に帰ってきた佳代乃は、見違えたように晴れやかな表情になっていたが、出先で一体何があったのだろうか。
「えと……とりあえず、最後まで聞いてくれると助かります。その後の判断は風子さんに任せます。軽蔑してくれても構いません」
「えっ、そんなに酷い話なの?」
夕食を食べ終わった後、佳代乃は見たことないくらい真剣な表情で告げてきた。こんな顔をするなんて……殺人事件の犯人ですって告白されたらどうしよう。そうなったら警察に出すべきか……私も共犯者になるか……まさかこんなところで人生の分岐が!?
「風子さん? 大丈夫ですか?」
「あっ、あーうん、大丈夫大丈夫。わたしはけいべつしないよ」
ちょっと棒読みになった気がする。
「では話しますね。実を言うとわたくし、風子さんをストーカーしていたのです」
何?
「ごめん聞こえなかったからもう1回言ってほしい」
「風子さんをストーカーしていたのです」
ああ、聞き間違いじゃない。衝撃的な事実すぎる。確かにこれは普通の人だったら軽蔑に値するエピソードだ。
「えーと……私のストーカー……」
なんか頭が痛みだしてきた。これはどうやって処理したもんか。
「ごめんなさい。気持ち悪いですよね。この話はこれで終わらせて……」
「あー! いや、大丈夫! これまで身の危険は感じなかったし! 話し! 続けて!」
「わ、わかりましたわ」
佳代乃は立ち去ろうとしたが、私の大声に気勢をそがれたせいか、おとなしくその場に留まってくれた。ここが格安のマンションだったら、隣から「うるせーぞ!」って声が聞こえたかもしれない。
「えっと、私をストーカーしてた理由を聞いてもいいかな? ほら、記憶を取り戻す鍵になるかもしれないし」
「あれは父が主催したパーティーがあった日でした。その日もたくさんの男の方に話しかけられました。もちろん全員九重家の資産目当てでした」
良かった。話の続きが聞けそうだ。
私は刺激しないようにふんふんと相槌を打って、余計な口を挟まないようにする。
「いつもと変わらないパーティーに辟易したわたくしは、気分転換をしようと外に出ました。パーティー会場に戻る気はなかったので、父に連絡を入れて近くのカフェで過ごすことにしました。適当に入ったカフェだったので名前は忘れましたが、そこで風子さんと出会ったのです。いや、会ってはいませんね。目撃しただけです」
「目撃? 私は何をしていたの?」
何か嫌な予感がする。私はとんでもないことをやらかしているのでは?
「風子さんは男性の方と言い争いをしておりまして、お店の外にまで響くぐらいの大声を発していました。男性の方は人を馬鹿にした態度だったのは覚えています。争っていた理由はわかりません。わたくしの席は遠くて内容まで聞こえませんでしたから」
うわー……なんか恥ずかしい。店内で怒り狂うとか、一体何の話をしていたらそうなるんだろう。心なしか顔が熱くなってきた。
「男の方に啖呵を切っている風子さん、とても格好よかったです。わたくしはあんなに強く言えません」
「あー……恥ずかしい……。大声で言ってたのよね? なんて言ってるか聞こえた?」
「ええと確か「あんたねぇ!」と言っていた気がします。一番声が大きかったのでよく聞こえました」
相手の男性が相当な地雷を踏んだのがわかる。私が怒る話し……家族の悪口だろうか。そうだったら今の私だって怒る。
「あっ、男性の方はなんて言ってたか聞こえた?」
「男性の方……「頭が弱い奴ら」だったかしら? うーん……あのときは風子さんに注目していましたので自信がありません」
奴らか――少なくとも私に言われた言葉ではないだろう。
「話し続けますね。10分ぐらいでしょうか、風子さんは怒りながらお金を払って出ていきました。男性の方も風子さんの姿が見えなくなった後に店を出ていきましたわ」
ああ、お金はちゃんと払ったのか。無銭飲食の心配はなさそうだ。
「わたくしはあのときの風子さんがカッコよく見えました。それであの人はどこの誰なんだろうと思って素性を調べました。勝手にお調べしてすみません。実は何度か後ろを歩いたこともあります。お近づきになりたくて機会を伺っていたのです」
ははあ、私が目を覚ました時に言っていた「友達でも、家族でもありません。わたくしが一方的に慕っているだけですわ」とはこういうことか。確かに私のストーカーなら友達でも家族でもない。
「……ん? ということは、私と佳代乃が初めて直接話したのは病院ってこと?」
「はい。風子さんが風速計を持って、神風のコースに入っていったのは知っていましたので。神風が止まってすぐに救急車を手配して、付き添いもさせていただきました。病院側はわたくしの家のことを知っていたし、風子さんには身寄りがいらっしゃらないということで、わたくしからお世話を申し出たのです」
強風の中で私の介抱をしてくれたのか。遅れていたら、今ここに私はいなかっただろう。
「うん、なるほどわかった。とりあえず私は佳代乃のことを軽蔑しないわよ」
「えっ……話していませんが、わたくし風子さんが通った道で残り香を嗅いだり、孤児院での失敗エピソードを聞いたりもしましたよ? 他にも色々……」
「あっ、ストップストップ。ちょっと前に言ったけど、私は身の危険を感じたことないから大丈夫よ。絶対に軽蔑しないから、ね?」
失敗談を披露させられるのはさすがに恥ずかしい。
「風子さんがそこまでおっしゃるのならここまでにしておきますが……」
「今は佳代乃へのプロポーズをどうにかするのが先! たぶん、女性に対して恋愛感情を持っていると知られれば少なくなるんじゃないかな」
確証はないけど、好いた相手がいると言っておくのは悪い手じゃない。
「迷惑ではありませんか?」
「全然! いっそ私と付き合ってるってことにすれば良いんじゃないかな。もちろん本当には付き合わないけど、一緒に暮らしてるから押しかけてきても騙せるでしょう」
佳代乃には恩がある。恋人のフリぐらいお安い御用さ。
体の関係を迫られることは……佳代乃はこれまで手を出してこなかったし、大丈夫だろう。まあ、ベタベタと触られたこともあったけど、それだけなら身の危険なんて感じない。
「さ、詳しい話は明日するとして、今日は休みましょう。精神的に疲れることを話したんだからリフレッシュしなくちゃ! あっそれともバラエティ番組見る?」
テレビの電源を入れる。
『ニュースをお伝えします。ネットの神風情報がハッキングされ、嘘のデータに書き換えられる事件がありました。気象庁は……』
テレビを消す。そうだ、テレビのチャンネルはニュース番組になっているんだった。どうもよくない情報だったし、これはもう寝たほうが良い。
「あー……やっぱ寝ようか。その方が疲れ取れるし」
今日は互いに意識して背中を向ける格好になった。
佳代乃は本当に私のことが好きなんだろうか。好きと憧れの区別がついていないだけなのでは?
もし告白されたらどうしよう。されたも同然だけど、婚約指輪を持ってこられたら断れるだろうか。なんだかんだで受けてしまいかねない。
記憶を失う前の私ならどうするだろう。そう考えながらいつしか深い眠りへと就いた。
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