第7話夢の謎と佳代乃の婚約
夢を見た。
風速計を持って佇む私。
周囲は黄緑色の光が勢いよくグルグルと回っている。
ここは神風の中だ。
飛ばされないようしっかり足を踏みしめ、じっと風速計を見つめている。
屈んだほうがいいのでは?
声に出してみたが夢の私は答えない。どんどん風が強くなる。
突然何かを見つけたように、くるりと後ろを振り向き岩陰に向かう。しかし、ふわっと体が浮き、私は流れに沿ってグルグルと回り始めてしまった。
次から次へと私にぶつかってくる壊れ物。衝撃で粉々になった物もあった。すぐに直ったけど。
あっ、前方にソファ発見。このままだとぶつかるなぁ。私の人生もここまでか。
ソファまで2m……1m……あーぶつかる。
ドシン!
体の痛みで目が醒める。
痛いが、茶色の冷たいフローリングの気持ちよさの方が勝る。ゴロゴロと寝転んでいると、ある疑問が浮かぶ。
はて、なぜ私は落ちたのか?
私は布団を使っているはずだが……ああ、そうだ。昨夜、佳代乃が「布団で寝てみたいです」と、なぜか頬を赤らめながら言ったんだっけ。
それで私は佳代乃が普段使っているベッドで寝たんだ。慣れないベッドから落ちたんだな。
落ちた時の痛みを思い出して、ズキズキと痛む部位を労るように撫でる。私には布団がお似合いだ、落ちる心配がない。
そういえば夢を見た。ぐっすりと朝まで熟睡する私にしては珍しい。
私が神風に巻き込まれて回っている夢。最後はソファにぶつかったんだっけ?
あれが記憶を失う前の私か。風速計を持って何をしてたんだろう。神風の風速を調べてたっぽいけど……わざわざ調べなくても巻き込まれたら死ぬぐらい強い風なのはわかるだろうに。そんなに大事なことだったのだろうか。
夢の内容、佳代乃に話してみようかな。布団を見るに、佳代乃はとっくに起きている。
私が遅すぎるのか?
難波くんとの出会いから1ヶ月。今日は進展がありそうだ。
そんな予感がした。
「おはよう」
「おはようございます風子さん」
佳代乃は今日もテレビを見ていた。
神風情報はいつ入るか分からないから、画面は常にニュース番組になっている。国民の大半はバラエティやドラマより気象情報が気になる。そんな調査結果が出たとニュースになったのは1週間前。
いや、そんなの調べるまでもなく神風の方が気になるだろう。なにせ自分の生活に関わるんだから――と、突っ込んだものだ。
「そうそう。あのね、少しだけ思い出したかもしれない。夢だから確証はないけど」
朝食をほうばりながら報告する。
佳代乃と一緒にご飯を作るのにも慣れてきた。最初はぶつかりそうになったり、準備が終わってないものが出てきたりでてんやわんやだったけど、今では阿吽の呼吸で無駄なく料理ができるようになった。
「昔の夢を見たのですか?」
「うん、で内容なんだけど… …」
佳代乃に夢の内容をかいつまんで話す。ふんふんと相槌を打つ姿が小動物みたいで可愛らしい。
「なるほど……確かにそれは記憶を失う前の風子さんかもしれませんね」
「やっぱりそう思う?」
「はい。気になるのは風速計ですね。神風の風速予測は発表されますのに」
「だよねぇ……。自分のことなのに自分がわからない。でも、風の強さが大事だったことはわかったよ。ずっと風速計を見ていたからね」
夢の中の私は神風を見ていなかった。風速がビジネスとやらに関係しているのだろうか?
今はまだヒントが少なすぎる。難波くんによると、他にもビジネスの話を持ちかけた人がいるらしいし、その人に会えたらなにかわかるかもしれない。
しかしどうして急にこんな夢を見たのやら。思い出すとしたら難波くんと会った日の夜だろうに。
「ああ、そうですわ風子さん。今日、わたくしは実家に用事があるので、帰ってくるのは夜になると思います。夕飯までに戻れるよう努力いたしますが、間に合わなかったら先に食べていてください」
「えっ、そうなの?」
それは初耳だ。一体何の用事なんだろう。
「今朝連絡が来ました」
「そっか、じゃあ私は街をぶらぶらしようかな」
これはラッキーだ。1ヶ月間ずっと佳代乃と過ごしていたから、彼女の素性を調べる暇がなかった。私はもう大丈夫って言ったのに、「何が起きるかわかりませんから!」って側を離れなかったからなぁ。夜に帰ってくるなら時間はたっぷりある。
佳代乃が出かけたらさっそくネットカフェに行こう。部屋にあるパソコンは佳代乃専用だから、私が勝手に使うわけにはいかない。彼女にも見られたくないものがあるだろうし。
「それでは行ってきますわ。無理はしないようにしてくださいね」
「もう子供じゃないから大丈夫よ。いってらっしゃい」
ふにゃふにゃと手を振る。佳代乃は嬉しそうに「行ってきます!」と返事をして、千切れそうな勢いで手を振り返した。
姿が見えなくなったのを確認して、お出かけ用の服に着替える。今日は動きやすいカジュアルな服だ。
「さて、行きますか!」
街の景色を楽しみつつネットカフェを目指す。とりあえず、インターネットでは簡単なプロフィールだけ得られればいい。
昔ならともかく、今のインターネットはいらない情報ばかり散乱している。玉石混交という言葉があるが、ネットの海はもう石しかない。玉は全部取られてしまった。それぐらい酷い。詳しい情報を知りたければ、自分の足を使って探すしかないだろう。
佳代乃の情報はどれだけのっているか。私はどこかのお嬢様だと思っているが、一般家庭の可能性だってある。
できればお嬢様であってほしい。有名であるほど情報が集めやすいからね。
平日のネットカフェは閑散としていた。
あくびをしている店員に話しかけると、お客さんは5人ぐらいしかいないので使っていない部屋ならどこでもいいとのこと。大都会に比べれば全然大きくない街だし、平日はこんなもんか。
私は端っこにある個室を選び、部屋の近くにあった漫画を5冊ほど持っていく。
そしてオレンジジュースをギリギリまで注いで、小さい部屋に籠もることにした。漫画は濡らさないよう安全なところに置いておく。
よし、準備は完了。
さっそくパソコンを立ち上げて、まずは『九重』と入力する。一番上に表示されたのは街の名前、2番めはホテルの名前、そして3番めは漢字の意味。どれも関係なさそうだ。
フルネームで入力したほうがいいのだろうか。『九重佳代乃』と入力し、現れた検索候補を見る。
「お?」
検索候補に『九重佳代乃 婚約』と出てきた。
「婚約?」
クリックしてみると、どこかのパーティーに出席したという人が書いた日記が出てきた。
日記の内容はこうだ。
『某月某日、九重家が主催するパーティーに参加した。こういうお金持ちのパーティーに参加したのは初めてだ。まあ俺は友達の付き添いだけどな。あいついつ招待状を貰ったんだか。いや、そんなことより読者諸君よ聞いてくれ。腹ただしいことがあったんだよ。このパーティーには九重家のお嬢様、九重佳代乃が参加してたんだけど、目が合って微笑まれたんだよ。天使だった。あれは絶対俺に気がある! そう思ってさり気なくナンパしてみたんだよ。そしたらさ、「ごめんなさい」ってちょっと迷惑そうな顔してどっか行っちゃったんだよ! 酷くね? じゃあなんで俺に微笑んだんだ。勘違いさせんなあのクソ女!』
何を言っているんだこいつは。
微笑まれたのは気のせいか、社交辞令だろう。さり気ないナンパと書いてあるが、実際は露骨だったのかもしれない。
日記の内容はさておき、佳代乃がお嬢様説は当たっているかもしれない。帰ってきたら聞いてみよう。教えてくれないと思っていたが、ネットにのっているのならアッサリ教えてくれるかもしれない。
しかし、佳代乃がお嬢様だとすると、私との出会いが余計想像つかない。
ついでに自分の名前も検索にかけてみたが、これといった情報がなかったから私は一般の出なのだろう。
そうだ、実は私のビジネスに関わっていた可能性もある。難波くんと話した時にあまり口を挟まなかったのも、ビジネスの内容を知っているから、まだ協力関係にない彼に話すわけにはいかなかったとか。
そうなると私に話さない理由は何だろう。実はやばいビジネスを立ち上げようとしていたから?
考えすぎかな。思考の渦に取り込まれた私は、日が落ちるまで悶々と考え続けていた。
夜、佳代乃は夕食を食べ始める前に帰ってきた。
「おかえり。ご飯できたばかりだから一緒に食べよう」
「はい……ありがとうございます」
なんか元気がない。深い溜め息をついているし、表情も暗くてなんだか幽霊を見ているみたいだ。食べるスピードも明らかに遅い。
「実家で何かあったの?」
「ええ……いえ、これはわたくしの問題ですので、風子さんの手を煩わせるわけにはいけません」
遠慮しているなぁ。ちょっとカマをかけてみよう。
「もしかして、お見合いさせられたとか? もしくは親に勝手に婚約者を決められた?」
冗談っぽく言ってみたが、婚約者という単語を聞いた瞬間、ぴくっと肩が僅かに動いた。この反応は当たりかな?
「誰にも言わないでほしいのですが……」
どうやら話す気になったようだ。私が力になれるかわからないが、お世話してもらったしできるだけ協力してあげよう。佳代乃は微笑んでいるのが似合うからね。
「うん。わかった約束する。絶対に誰にも言わない」
「ありがとうございます。実はわたくし、九重家の跡取り娘でして、将来は莫大な財産を継ぐ予定になっています」
おお、やっぱりお嬢様だった。
「そのせいなのか、社交場に出たら何人もの男の人にプロポーズされるのです。財産が目当てなのは態度でわかります。わたくしが名を明かさずに話している時は興味なさそうな感じなのに、名前を知ったら父に会わせてほしいと言ってくるのです。あからさますぎて呆れます」
「金に目が眩んだ男は遠慮したいわね」
あの日記を書いた男もお金目当てだったのだろうか。莫大な財産があったら豪遊できるもんねぇ。憧れちゃう。
「ええ、だからわたくしは「自分の結婚相手は自分の手で見つけます」と言って断っています。両親にもそう言っているのですが、わたくしが一人暮らしを満喫している間に婚約者を決めてしまわれたのです!」
手をぐーにしてテーブルを叩く。珍しく怒っている。
「佳代乃は恋愛結婚派?」
「はい! やはり一緒に生活をするとなれば、愛し愛される関係が良いです。冷え切った家庭なんてごめんですわ」
「ははっ! 確かにあたたかい家庭が一番よね、それにしても佳代乃の両親はどうして婚約者を決めたんだろう。佳代乃はまだ16歳なのに」
「父に聞いてみたら、勢いよく迫ってくる男性がいて、気付けばトントン拍子に婚約が決まってしまわれたみたいです。父は押しに弱いなと常々思っておりましたが、まさか母まで押し切られてしまうなんて……」
話しきるとまた重い溜息を吐く。相当お疲れみたいだから、早めに話を切り上げるのが良さそうだ。
「んーじゃあさ、こういうのはどうかな? 婚約破棄しちゃうくらい衝撃的な事実をでっち上げて、佳代乃と結婚するのは危険だ! って思わせるの」
「衝撃的な事実ですか……」
「そうそう。でっち上げなくても、佳代乃自身に衝撃を受けるエピソードがあればそれを使うのも手よ。何かあるかしら?」
「う、うーん……あるにはありますが……これは、ちょっと……うーん……」
歯切れが悪い。もしかしてとんでもないエピソードが?
「すみません風子さん。提案は悪くありませんが、少し考える時間をください。心の準備が必要です」
準備が必要なほど衝撃的なことがあるのか。無性に気になってきた。
「話す決心がついたら教えてね。いつも佳代乃にはお世話になってるし、私ができることなら協力するわよ。でっち上げるなら一緒に考えましょう」
「はい、ありがとうございます」
顔が少し明るくなった。うん、やっぱり明るいのが一番だ。
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