第4話失われる技術
昼食を終えて一息ついた後にカフェを出る。
マニアックな部品が売られているというお店は、設計ミスを疑うほど細い入り口だから、大柄な人は入れないだろう。ちょっと怪しい雰囲気の店だが、佳代乃はためらいなくドアを開けて中に入っていく。続けて私も警戒しながら入店する。
店内は辺り一面ガラスのケースに覆われていた。
ケースにはカエルの形をした鍵や鉛筆風ネジなど用途不明の物が入っている。名札があるから商品名は分かるが、どこに使う部品なのかわからないから説明がほしい。
佳代乃はそんな商品たちには目もくれず奥へと進んでいく。
「ここの店主はわたくしの叔父なのです。ああ、いましたわ。叔父さまー!」
「ん? おや、佳代乃さんかい。そちらは風子さんかい?」
「私をご存知なんですか?」
「昨日、佳代乃さんから「風子さんという素敵な方を連れてお店に行きますわ」って連絡をもらってね。嬉しそうな声だったから、よっぽど好いている人なんだなぁと思ったんだよ」
壊れ物収集サービスにも予約をしていたから、今日行くところには全部連絡しているのだろう。佳代乃は私が知らない間に色んな手回しをしているなぁと感心する。
「叔父さま! わたくし、ちょっと恥ずかしいのでこれ以上は……」
「ははは! わかったわかった。佳代乃さんは相変わらず恥ずかしがり屋だな」
微笑ましい光景だ。私にもこんな時期があった。
今は二度と叶わないけど。
「ところで佳代乃、ここに連れてきた理由って? 部品販売店を紹介するだけなら他にもたくさんあるよね」
「ええ、ただお店を説明するだけならどこでも良いのですが、部品販売の将来についてはみなさんあまり考えていません。叔父さまはそれを憂いているのです。ね?」
「ああ、今はまだ大丈夫だが、この先ロストテクノロジーが生まれるかもしれないんだよ。特に利用者の少ない部品は作れる人がいなくなる。ここの商品たちは特に危ないな」
確かに利用方法がわからないから使いようがない部品ばかりだ。
叔父さんが経営している間は大丈夫だけど、後継ぎがいなかったら誰にも再現できないものになってしまう。
「これは私個人の考えですが、ある程度は仕方ないのではと思います。神風がある限り、人は頼ってしまう」
「だけどね、このまま神風に頼りっぱなしだと、部品も神風に直してもらえばいいという考えになりかねない。それが、問題なのだよ」
「神風は15年前に突然吹き始めました。叔父さまは技術がロストした状態で神風がなくなることを心配しているのです」
そうか、神風は人工物じゃなくて自然現象だ。みんな当たり前のように神風を利用しているが、いつ使えなくなっても不思議じゃない。それは明日かもしれないし何百年後かもしれない。
「だから技術が失われないように職人を育成したり、政府に技術をなくさないための政策を訴えたりしてるんだが、これがなかなか上手くいかない。一応、政府は検討すると言っていたが、いつ実現することやら……」
誰も神風がなくなるという実感がないのだろう。私もこの話を聞いただけではいまいちイメージができない。
今すぐ神風がなくなったら問題ではあるが、まだ15年しか経ってないから立て直しは可能だろう。少なくとも私が生きている間に吹かなくなっても、あまり問題ではない。
だけど、何十年後かに神風がなくなったら、文明はかなり衰退するだろう。
今なくなっても問題はない、何十年も先は知ったこっちゃない。だから政府も失われる技術にあまり関心がないのだろう、と考える。
技術は未来人に託している。政府の人と話したわけではないが、なんとなくそんな気がしている。
「思想に賛同してくれている人が選挙に立候補しているけど、民衆も技術への危機感がなくて、思うようにいかないのが現状さね」
「それは大変ですね。次の選挙は1票入れさせていただきます」
私も関心がない民衆の一人だが、こういう話を聞くと応援したくなる。
「お世辞でも嬉しいよ、ありがとう。せっかくだ、何か買っていくかい? 安くするよ」
「じゃあカエルの鍵をください」
実は一目惚れだったんだ。
「それではこれで失礼します」
「また来てね!」
気のいい店主に見送られ、最後の目的地『遺族サービス』を行っているところへと向かう。
神風サービスの中で最も興味を惹かれたのがこれだ。話してくれた内容もよく覚えている。
神風は危ない。でも、危険を冒してまで神風が通るコースに持ち込む人がいる。
その人が神風によって亡くなった場合、遺族の心のケアのために出来たのが遺族サービスだ。設立当初は「神風に巻き込まれるとか自業自得だ。遺族が止めなかったのが悪い」という声があった。もちろん今もその風潮は変わらないが、時間が経てばどうでもよくなるのか、みんな当たり前のように遺族サービスを受け入れていた。
これが昨夜聞いた内容だ。その時の記憶はまだ取り戻せていないが、私の家族や親戚は神風によって亡くなっているから詳しい話を聞きたい。
今さらサービスを受ける気はないが、内容はなぜだかとても気になる。
「風子さん、このサービスの話になったら真剣に聞いてましたよね。ご家族のことを相談するのですか?」
「いや、さすがに15年前のことだから遠慮するわ。どんなサービスをしているのか気になっただけ」
話を聞いている時は、できるだけ普通を装ったつもりだったがバレていたか。
「そうですか……15年前でもサービスは受けられると思いますが、風子さんが選んだのなら仕方ありません。ああ、見えてきましたよ」
ここは都会の中心部だから神風サービスが集中している。移動に時間を取られないのはありがたいが、こうも集中していると人も集まるから、どこを見ても行列が発生している。
本当に、神風は人々の生活に浸透している。もし吹かなくなったら、この辺にある企業は倒産、人も路頭に迷うだろう。
『遺族の方はこちらへ』と書かれた大きな看板が見える。
店内は清潔感のある白で統一されており、厳かな雰囲気を醸し出している。佳代乃の叔父さんの販売店と大違いだ。
「サービス説明の予約をしております九重です」
受付の人に名前を伝えると「あちらのエレベーターから7階へどうぞ」と案内される。案内に従って7階に到着すると、30代後半と思われる女性が柔らかな笑みで私たちを出迎えてくれた。
「まずは資料をどうぞ」
渡されたのはA4サイズの小冊子で、遺族サービスの簡単な内容が記されていた。パラパラとページを捲り、大まかな内容を把握する。
案内された部屋ではより詳しいサービス内容を聞くことができた。
「遺族サービスは神風に巻き込まれた人の家族のために、今の社長が事業を立ち上げたのが始まりです。設立当初は風当たりが強かったのですが、最近は神風を利用して自殺する人も増えたので受け入れられるようになりました」
「今も自業自得の風潮はあると聞いたんですけど、遺族に対する批判も多いんですか?」
「ええ、特に自分で壊れ物を直そうと巻き込まれた人に対する中傷は酷くて、「お金を払わず神風を利用するせこい奴の家族」というレッテルを貼られます。特にネット上では酷い誹謗中傷にさらされます。ネットをよく利用する人が精神的に耐えられなくなって、自殺に走る事例も過去にありました」
ふむ、酷い話だ。家族は関係ないだろうに。
「メイン事業は遺族の心のケア。必要であればご自宅にカウンセラーも派遣します。最近では新たに遺品を回収するサービスも始めました」
「遺品の回収は警察の仕事だと思っていたんですが、こちらでも行っているんですか?」
「これには訳がありまして、すべての遺品を回収するのはとても困難なんです。神風によって巻き上げられた物は基本的に置いてあった地点に戻りますが、人の体は別のところに転がされてしまいます。亡くなられた方が着ていた服の中に物が残っている場合があるので、遺体を探し出してポケットの中を探るのが仕事です。その後は警察に通報します」
目の前の女性が遺体のポケットをひっくり返している様子を想像する。なんだか泥棒みたいだ。
「生死にかかわらず人の体は物ではないんですね」
「ただ、バラバラ死体は別です」
急に物騒な話しになった。
「バラバラにされた死体はなぜか修復されて置かれた場所に戻るんです。まあ、修復されたからといって生き返るわけではありませんが」
不思議な話だ。神風的に五体満足の体は物ではないが、バラバラになった人体は壊れ物ということなのか。
「ところで、日下部さんはご家族を神風で亡くされたと聞きました。遺族サービスを利用してみませんか? 15年前の事故なので安くしますよ」
私は丁重に断った。
店から外に出て大きく伸びをする。
「疲れましたか?」
「今日はずっと話を聞いていたからね。佳代乃はあまり話さなかったけど、退屈じゃなかった?」
「風子さんの様子を見るだけで楽しかったですわ。それに、改めてサービス内容を聞くと忘れていることも多くて、大変勉強になりました」
「そう。じゃあ、今日はもう布団買って帰ろうか。すっごい疲れた」
だらんと両腕を前に垂らして腰を曲げる。疲れているポーズだ。
「ふふふ、そうですね」
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