第3話神風サービス
翌朝、いちごジャムを塗った食パンを軽く食べて出かける準備をする。
昨日コンビニで買ったフリルが多い服に袖を通しつつ最初はどこに行くのかを聞くと、まずは壊れ物を集めるサービスを見に行くという返事が戻ってきた。なんでも、このサービスは一番重要だから昼になると大勢の人たちが押し寄せるらしく、まだ人が少ない午前中に行きたいとのことだ。
「神風は壊れ物を修復しますが、人が巻き込まれると命を落としてしまう可能性があります。個人で持ち寄るほど犠牲者が増えるので、企業が一時お預かりをして、神風が吹く当日にまとめて修復させるのです。これなら犠牲者は少なくなるでしょう?」
「確かにそうね。自分の命を賭けて修復するのは勇気がいるわ」
私の家族は神風に巻き込まれて亡くなったから、人にとっては相当やばい風なのだろう。そんな風が吹いている最中に行くのは怖い。
「おまけに神風の終わりは不規則なのです。終わったと思って回収しようとしたら、また吹いて巻き込まれたという事例があります。それを回避するために生まれたのが、壊れ物収集サービスです」
「私たちがこれから向かうところは大手の企業なのよね?」
「一番信用できますから」
昨日の夜に聞いた話しによると、小さい企業でも大手に負けないぐらい良いサービスをしているところもあるが、優良企業に当たる確率はそんなに高くないのが現状のようだ。それなら普通に大手を選べば良いと思うが、常に混雑してるし値段が高いという問題を抱えているようで、時間に余裕がない人や貧乏人が困っているらしい。
そんな人のために、小さい企業が格安で壊れ物を集めている。割と簡単に開業できるから詐欺師にとっても都合の良いサービス、それが壊れ物収集だ。
大手の企業は工場かと思うほど大きかった。駐車場からはひっきりなしに車が出入りしている。佳代乃が「歩いて行きましょう」と提案したのは正解のようだ。まあたくさんの荷物を預かるのだから、工場並みに大きくないと置く場所がないか。
キョロキョロと周りを見つつ入口の方へ歩くと、事前に佳代乃が予約をしていたのか、パリッとしたスーツを着た爽やかな男性に出迎えられた。
「ようこそおいでくださいました九重様、日下部様。案内を務めさせていただきます山本です。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。では、さっそく中に入りましょう」
山本さんに案内されて店舗に入る。中はまだ8時だというのに大勢の人で賑わっていた。 これでまだ人が少ない方?
体を横にして足元に気を付けないと誰かにぶつかってしまうほど人がいる。午後になったらどうなってしまうんだ。これならあんまり混雑してない小さい企業を頼ってしまうのも仕方がないことだろう。
「うわっ、あそこすごい行列」
奥の方へ行く途中、異様な長さの行列を発見した。天井にぶら下がっている看板を見ると『物品検査』と書かれている。
「ここは持ち込まれた物を検査する場所です。最も人員が割かれている部署で、過去に爆発物を持ち込まれた経験から、過剰なまでに検査を行っているのです」
「あれは酷い事件でしたわ……建物は半壊、死傷者数も100人以上でした……」
「10年経ちましたが、建物は新しくなっても当時の記憶は未だにハッキリ覚えています。当時はちょうど休日だったので難を逃れましたが、この事故で多くの先輩や後輩を失いました」
「そんな事件が……」
10年以上前か、琴線に触れなかったから私には関係がない事件だったのだろう。せいぜいニュースを視聴したぐらいか。
「それでもあの行列は問題ですよね……午後からはどうなるんですか?」
「戦場ですね」
奥の方へ進むと一般市民の数が減って、従業員の人とすれ違うことが多くなった。
「ここからはお預かりした物を保管するエリアです。とても広いので、疲れたら言ってください」
分厚い扉が開くと心地よい風が流れてきた。さっきまで蒸し暑くて嫌な汗をかいていたが、空調が効いた保管区域は一生ここで過ごしたくなるぐらい快適だった。
「はー……気持ちいい」
「あちらは人がたくさんおられましたからね。快適さが段違いですわ」
「人様の物を預かるからには気温の管理は大切です。ちょっとの気温差で傷む物もありますからね。空調を管理する仕事も募集してます」
「あっちに『HOT』とか『COOL』って書かれるドアがあるけど、あれは冷やしたり温かくしたりする物があるの?」
「ええ、他にも大きいサイズや小さいサイズ用の保管庫もあります」
確かによく目を凝らすと『BIG』や『SMALL』と書かれているドアがある。最終的にはここにある物が全部なくなるのか。神風当日はその光景を見てみたいものだが、きっと邪魔になってしまうだろう。
「大変な仕事なのね、壊れ物収集サービスって」
「その分やりがいがあるし、お給料も高いんですよ。僕は好きでこの仕事をやってます」
「私は遠慮したいなぁ」
こんなに大変な仕事をやっていたらぶっ倒れそうだ。適材適所、私はもっと自分の個性を活かした仕事をやりたい。
「あら、そろそろお昼ですわね。次の見学の予定もありますし、わたくしたちはこれで失礼いたしますわ」
一通り見ていたら12時のベルが鳴った。朝はあまり食べなかったからとてつもない空腹に襲われている。油断するとお腹が鳴ってしまいそうだ。
佳代乃は同じような食事をとったのに、ちっともお腹が空いてそうに見えない。ポーカーフェイスが得意のだろうか。
「わかりました。では、案内を終了いたします。お疲れ様でした」
「とても有意義な時間でした。ありがとうございます」
一礼をして保管庫を出る。店舗内は午前中より人が増えていて、どう頑張っても出れそうにない。
どうしようかと考えていたら、山本さんが「こちらから出てください」と、従業員用の出口を開けてくれた。改めてお礼を言って街中に出る。
「次はどこに行くの?」
「部品販売店に行く予定ですが、その前にお昼にいたしましょう。おすすめのカフェに案内しますわ」
佳代乃に連れられてやってきたのは甘い香りが漂う『Sweets&Lunch』というカフェだ。基本的に甘いお菓子を食べるお店だが、お昼時はサラダやパスタなども提供している。
「次は部品販売店って言ってたけど、それは神風にどう関係あるの?」
「神風の修復には一つ問題がありまして、部品が足りないと石ころや葉っぱなどで補おうとするのです。見た目は修理されていても、中身を見たら虫の死骸がぎっしり詰まってたという事例もあるのです」
「うわぁ……それはちょっとトラウマになりそう」
虫の死骸詰め合わせは想像しただけで気持ち悪い。特にGという名のあの虫が入っていたらと思うと……暖かい気候なのに背筋がブルッと震える。
「それがあってからは、修理する前に部品の有無を確認するようになりました。そして、足りない部品は買うか自作をする必要がございます。そこで出来たのが部品販売店です」
「もし、自作できなくて部品が売ってなかったら?」
「諦めるか、作れる人に依頼するかですね」
神風は便利だと思っていたけど、そんなデメリットがあったとは。修理に出す時は部品の確認をしっかりしよう。
「実はここのカフェに来たのはもう一つ理由がありまして、カフェのすぐ隣にマニアックな部品を取り扱っているお店があるのです。食べ終わりましたらそこに参りましょう」
カフェの隣には、細くて小さい建物があった。こんなところに店を構えて本当に人が入るのか疑問だ。
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