EXPOSE

「分かった時はゾッとしたというか、そうでいながらスッキリしたというか…」

「もう1つ、気付く事は?」

「え?」

宮野は呆気に取られた。まだ何か見つけていないのか。しかし、小説の事なんてそれに尽きる。

「えっと、マービルが殺したって事ですか?」

「そうだが、どうして殺した」

「それは…死体愛好者ネクロフィリアだから…ですかね」

「なんだ、気付いていないのか。著者名は覚えていないのか」

「鹿崎くんですか?」

「違う違う。彼のペンネーム」

「鹿羽瓦斯樹…彼の名前をもじった…ですか」

「正直、これに気付かないとは残念だ」

「あ!」

宮野は思わず声を上げた。

何故、何故ここまで簡単な話を…こんなに分かりやすい、というより読んだままの事を…

「ぜ、全然気付きませんでした…鹿羽瓦斯樹って『しかばねが好き』って事だったんですか…」

烏頭はニヤニヤしたままうんうん、と首を縦に振った。

「例え目の前にあるものでも、見てる者が先入観を持つ限り、それは見えなくなってしまうものなのだよ。君は『鹿』の字と『樹』の字で勝手に鹿崎くんの名前のもじりと思ったようだったがね。上手くやった鹿崎の方が少し上だったようだ」

宮野はがっくりとしてしまった。烏頭に電話をかけた時までの傲慢さを心の底から恥じたのだった。

「まあまあ、そんな落ち込む事ない。女性が死んだ人間だった事に気付くのは簡単じゃない。理由を言ってみなさい」

烏頭が促すと、宮野は一度頷くと話し始めた。


「まずはクロウへッドさんの言った事を思い出して、少女が死んでたら、と仮定をします。すると、色々な点が繋がっていくんです」

宮野は取り出した原稿用紙をテーブルに置いた。原稿用紙には所々に赤鉛筆で丸が付けられている。

「最初の部分です。マービルの彼女の筈なのに、少女は夜も朝も寝ていて起きている描写がありません。死んでるから当然です。次にカフェでの会話です。カフェではマービルと店員との間でこんな会話がありました」

赤丸の部分を指で刺した。


ウィンター・プリンセス1 より

[「あら、マービルいらっしゃい。今年は本当に寒いわね。電気代は高いけど、お客さん居なくなるよりマシだからね」

「アミ、今日も来たよ。僕も昨夜はずっと冷たくって」]


「昨夜もずっと冷たかったと言ってますが、冷静に考えて変な言い方です。普通なら寒かった、というべきです。冷たかったという事は何か冷たい物に触れていた。ズバリ死体でしょう。次はマービルが失恋話をしたシーンです。

何枚かページをめくった。


ウィンター・プリンセス2 より

[ダンがそういいながら笑う隣で、マービルは少々呻きながら泣いていた。

「そ、そりゃあよ、俺だってあいつが最初の女だったわけじゃあないさ。今まで何人もの女を愛したさ。今回の奴だって、初めてベッドで一緒になった日にはもう、永遠には続かないって分かってたよ。でもよ、でもよ…」]


「一緒になった日には永遠じゃないと悟ったのは、一緒になった日には殺したからかと。そして死体はいずれ朽ち果てます。朽ち果てた死体には愛情は抱けなかったのでしょう。最初の女じゃないという事は今までも。ついでに…」

数行先を指差した。


ウィンター・プリンセス2 より

[「黒くて艶のある髪の毛、蒼く輝く宝石のような瞳、細すぎず太すぎず魅力的な体…そんなどこぞの小説に出てきそうな、そんな女だった。特に…」

マービルはヒヒヒッと笑った。

「くち…」

「はあ?くち?」

「いや、口付けの瞬間はな…」]


「ここは『口付け』と誤魔化してますが、きっと『朽ちる瞬間』とか『朽ちていく様』とかだったんじゃないでしょうか。朽ちた後は嫌いでしょうし。後は女遊びに行こうとしてるシーンでしょうか」


ウィンター・プリンセス3 より

[「だろ?最近のバーはパブなのかクラブなのか分からんぐらいキャーキャーしてるからね。俺はバーも女も、静かな方がいいんだよ」]


「死んだ人間は静かですからね。そういう意味での静かな方がいい、だろうと思います。こんな感じで、マービルが女性について発言すると、いくつも死体が好きである、というような旨の発言が見られます」

「よくできた」

そういうと烏頭はパチパチと手を打った。

「素晴らしい。実に素晴らしいよ。君も、この作品も。パフェは好きかい」

「え、ええ。甘い物好きですから」

「そうか。食べるといい。ここのは絶品だ。私からの褒美だよ」

「よ、よろしいんですか」

烏頭は聞くことも無く、木下にパフェを注文した。


「本当にいいんですか?勝手に呼んでしまった上に、パフェをご馳走になるなんて…」

「気にしなくていい。謎解き作家というのは意外や収入があるんだ。それにこないだ書いた小説がぼちぼちの人気でね。有り難い」

「あ、そうだ!思い出しました。その…呼びつけて話聞いてもらってパフェまで頂く上に大変申し訳ないんですけど…」

「気にしなくて良い。何でも好きな物をどうぞ」

「いえ、そうじゃなくって…」

宮野は顔を赤くしながら鞄から本を取り出した。愛蔵版で表紙は厚いしっかりとした作りである。透明なビニールのブックカバーが掛かっていて、汚れないように徹底されている。宮野はそれを烏頭の前に表紙を開きながら渡した。

「サインください!」

「何だそんなことかい」

烏頭は一緒に渡されたペンを掌でいらないと合図し、胸ポケットから万年筆を取り出した。そして、鞄から出した雑紙を挟んで裏写りしないようにすると、スラスラとまた美しい筆記体でCrow Headのサインをした。

宮野は瞳をキラキラとさせながらそれを受け取り、しばし眺めた。

「ありがとうございます!綺麗な筆記体ですね…」

「ハハッ。実は字が汚くてね。大学時代に直そうと思ったがどうにもならなくてね。筆記体の練習をしてサインはこっちでやる事にしたんだよ」

「そうだったんですか…」

宮野には半分くらい声が届いていなかった。もう半分くらい魂が宙に舞っている、それ程までに興奮していたのだった。

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