ANSWER

仲の良い友人と戯れながら、夕食のひと時を過ごす事は、学生達にとって変え難い楽しい時間である。宮野にとってもまた、そうである事には違い無かったが、この日だけは一刻も早く家に帰りたかった。頭に残った答えに続く糸は、しっかりとした自信に満ちていたものの、何かの拍子で忘れてしまいそうな程に細かった。宮野は打ち上げの間ずっと、糸を優しく守る事で必死になっていた。

ようやくメンバーのお腹は膨れ、退店の雰囲気が流れ始めた。

「やれやれ、なんにせよ美味かったな」

「来年は飲みたいねー」

「二次会はカラオケか?」

とザワザワとした会話が行われている。

「あら、こんな時間。ごめんなさい、明日は友達と遊びに行く約束したの。ちょっと早いけど失礼するわ。二次会は各自でという事で!」

宮野は幹事に参加費を渡した。

「そうか。残念だな…って明日は片付けだろ!」

という岡部の声など聞くこともなく、宮野は

「またね」

と適当に返事を残して家に直行した。


赤信号にもうずきながら、やっとマンションに着くと、自分の部屋目掛けて階段を駆け上った。いくら若者とはいえ、運動部に入っている訳ではない宮野は3階に来た時点で既に息絶え絶えの状態だった。

「さ、流石に無理があったようだわ…仕方ない、ここからはエレベーターにしましょう」

宮野は残り3階は機械に頼る事にしたのだった。6階に到着するなり、宮野は手にしていた鍵をサッと差し込み回して、淀みのない滑らかな動きで部屋に入った。そしてベッドの上に置き去りにされていた小説を手に取ると、遂に一息つくことが出来たのだった。

「やっと着いたわ」

宮野は最初のページに指を置いた。


朝9時20分ジリリリリリッと昔ながらの着信音が烏頭の部屋の机の上から鳴った。

「はいはい」

と言いながら烏頭は小走りでそこへ寄り、スマホを取った。

「もしもし烏頭です」

「あ、クロウへッドさんですか。宮野です。先日はどうも」

聞こえてきたのはつい昨日にA大祭で一緒にコーヒーを飲んだ宮野だった。

「宮野さん、1日ぶり。何かあったのかい」

「もしかして、起こしてしまいましたか」

宮野が恐る恐る尋ねた。

「いや、今日は6時には起きていたんだ。心配しなくていい」

「そうでしたか。よかった。あの、よければ今日お会い出来ませんか」

「ああ勿論だ。若い女性とお茶するのを嫌う男はいないよ」

「ありがとうございます!あの、どこでお会いしましょう」

「そうだね…A大近くの柴又珈琲店という喫茶店がある。俺の行きつけだ。そこにしよう。10時でいいかね」

「ええ!ありがとうございます。それでは!」

電話口の奥から聞こえてくる、若い瑞々みずみずしさがある声は朝の目覚めになった。烏頭は服をスーツに着替えてすぐに家を出た。


店に宮野は当然まだ来ていなかった。9時35分の事である。烏頭はいつものモーニングセットに舌鼓を打っているところだった。この日は珍しく客が少なく、木下は隣のテーブルを拭き終わると烏頭に話しかけた。

「烏頭さん、こないだ言っていたA大祭は行ったんですか」

「ああ勿論だ」

「どうでしたか?本当は私も脱出ゲームやってみたかったんですけど、行った時にはもうチケット完売しちゃってて」

「いや、仕方ないよ。完売して然り。それ程の完成度だったよ。大学生にもなるとあそこまでしっかりしたものが出来るのだなと感心してしまった」

「そうでしたか。私も出店とか結構行ったんですけどね、対応も良いし、愛想も良いし。頭が良い人ってやっぱり人付き合いも良いんでしょうね」

木下は何かを思い出すように笑みを浮かべていた。

「いやいや、そんな事は無い。現に私の人付き合いは下から数えた方がよほど早いよ」

と烏頭は笑った。

「あら、それって自分が頭良いって事ですよね?まあ実際そうだからどうしようもないですけどね」

と話していると、ゆっくりとドアが開いた。

「いらっしゃいませ、1名様ですか」

と木下はすぐさま仕事に戻った。

「いえ、知り合いが来て…あ、クロウへッドさん!」

宮野は烏頭の向かいの席へ座った。

「あら、ご朝食中でしたか。お気になさらずゆっくり食べてください。私も課題やってますから」

と鞄から紙を取り出して、勉強を始めた。

「ああ、すまないね。まだ食べてなかったんだ」

と烏頭はペロリと一口で目玉焼きを食べ干した。木下は何も無くなった皿を持って、烏頭の耳に小さな声で囁いた。

「人付き合いがお上手なようで」

去っていく木下は悪戯いたずらな笑顔をしていた。


「やあ、待たせたね」

宮野はコーヒーだけになった烏頭のテーブルを見ると、テーブルに出していた物をしまった。すると立ち上がって謝り始めた。

「あの、突然お呼びして申し訳ありませんでした」

「とんでもない。座ってくれ。気にしないで良いよ。人に呼んで貰うなんて滅多にないからね。実に嬉しいよ。お礼を言わなきゃいけないのは私の方だ」

それを聞くと宮野は軽く一礼して座った。

「例の小説の謎、多分解けました」

「そうか。言ってごらん」

宮野はゆっくりと烏頭の顔を見ながら言った。

「女性は死んでいる…ですよね?」

烏頭はニヤリと笑った。

「素晴らしい」

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