OVERTHINKING

人間にとって、ほとんどの生物にとって時間というのは有限である。例えどれだけ成功を収めた者でも、堕落した者でも、どのような形であれ必ず死は訪れる。

数々の哲学者達はこの逃れる事が決して出来ない、そして多くの者が忌み嫌う死に対して、様々な考えを残し、そして彼らもまた死んでいった。時には何気無い1日の中で突如として生命が奪われる事もある。逃れられない状況から奪われる事もある。人生で一度しか経験する事が出来ない、そして経験者と出会う事が出来ない死は忘れたくもあり、忘れてはならないものでもある。

「MEMENTO MORI」は「死を想う」と訳される。その出現の古くは古代ローマとも考えられている。ルネサンス期にはこれをモチーフにした絵や詩なども沢山作られた。いつの時代も死という得体の知れないものには、何か魅力があったのだろう。


「うーん、分からないわ。メメントモリ…死を忘れるな、っていう事よね。これがヒントという事だから…美術作品…何も思いつかない!」

宮野がスマホと格闘を始めてから数時間が経過していた。烏頭が名刺の裏に残したメメントモリの言葉の意味を探る為に没頭していた。しかしルネサンス期に描かれた絵画というのは、数日で調べ切れる量ではない。どこかで見た事があるような絵ですらその枚数を数え切る事は困難であろう。

「この作品の中で芸術に関連する事なんかあったかしら…」

宮野は原稿をパラパラとめくる中で思い出した。1番最後のページで述べられていた壁に描かれた絵である。

「そうそうこれだわ」


[途中に奇妙な扉があった。いや、扉かどうかも怪しい。というのも、ドアノブが全くついてないのだ。その扉らしきところには黒人が何人かいて、皆何かしているようだ。結婚式を挙げていたり、芝生でのんびりしていたり。]


黒人が何人かいる、それしか情報は無かった。しかし迷っている暇など残されていない。何に急かされているというよりかは、宮野は一刻も早く答えを突き止めたかったのだ。宮野は早速この少ない情報から同じ絵を探し当てようと必死になった。

ピピピピッピピピピッと持っていたスマホがけたたましいチャイムの音を響かせた。

「もうこんな時間…仕方ない、行くしかないわね」

宮野は外へ出る支度を始めた。この日はA大祭の最終日だった。一足先に帰った宮野は打ち上げを約束して、片付けは後日に回す事にして解散させた。疲れ切ったサークルのメンバーはキッチリ者の宮野とは思えない名采配と評価したが、実際の所は一刻も早くウィンタープリンセスの謎を解きたいだけに過ぎなかった。最低限の身支度を済ませ、宮野は外へ出た。外はまだ明るく、そこには数日前までの陰気な夕暮れは無かった。赤く染まる数分前であったが、道は昼の暖かさを保っていて、宮野は部屋の中で過ごしていたのが少し勿体無い気がした。


打ち上げ会場は大学から徒歩30分程の居酒屋チェーンだった。建物の前には誰もいなく、既に入店していたようだ。中へ入ると店員が小走りで駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか」

「はい。えっと、確か香坂か岡部で予約をしたと思いますが…多分もう入ってるんです…」

「どちらもございませんね…」

すると入口から見える曲がり角にメンバーの1人がいた。

「あ、宮野!もう入ってるぞ早く来い」

と手招きした。

「あ、友人がいました」

「そうですか。ではごゆっくり」

個室に入ると、宮野の席を除いて全てが埋まっていた。

「あら、私が最後だったのね。ごめんなさい」

「いやいや、いいんだ。俺達は宮野に怒られるのが嫌だから早く着いちゃって」

岡部は笑いながら少し横にずれた。

部屋は掘りごたつになっていた。既に宴会は始まっていたようで、食べ物も幾らか置かれていた。お酒は頼まなかったようだ。

10人のメンバーの内、成人しているのは2人だけだった。形ばかりの4年生強制退会方式を文芸サークルから受け継いだ謎解きサークルである為、その他に成人が3人が参加していたが、未成年のメンバーを考慮したのだろう。


「でも、お前が遅れるなんて珍しいな。1回帰ったんだろ?何かあったのか」

「いえ、それが…」

宮野は話そうか迷った。ネタが謎解きの話であるばっかりに、謎解きサークルの一員としてはあの小説の事と烏頭との事は拡散すべきである。一方でまだそれを知る者が自分と香坂の2人である事、そしてその答えを見つけ出せていない事から、躊躇う気持ちもあった。

「まあ、色々とね…あれ、新賀くんは?」

見渡してみれば、いてしかるべきサークル長の香坂の姿はどこにもなかった。

「ああ、あいつなら結局あれから帰ってないよ。メッセージ送ったら申し訳ないけどパスするってよ。まああいつらしいし、放っとけよ。ほら、食え食え」

と、岡部は大皿に盛られたスパゲティをそのまま宮野に渡した。

「ちょっと、こんなに食べれる訳ないじゃないですか。渡してくれるんなら、ちゃんと小皿に分けてくださいよ」

「そのままがいいんだよ、そのままが。シンプルイズザベストって言うだろ、ハッハッハ」

と岡部は別の皿からたこ焼きをとって食べた。

「もう、シンプルイズザベストの意味が全然違うわよ。そのままっていうのは素材そのままって事よ。大皿に盛られてても調理されてる時点で…」

素材そのまま…

宮野は思い出した。いつの日か読んだ、烏頭の書いた小説である。


[頭の良い人間は、それを無意識に見せつけようとして答えから遠ざかるのだ。与えられた問題に素直に対応し、貰ったヒントは素材のまま味わえばきっと答えは見つかる。しかし自分を満足する為か、誰かに見せつける為かは知らないが、ねくり回して訳の分からない解釈をしてしまうのだ。そして勝手に迷宮入りさせてしまうのである。]


「確か田舎の安楽椅子探偵を描いた作品よね…そうよ、神崎かんざき鼓太郎こたろうシリーズよ…タイトルは有名小説をもじったものばかりで…そうよ1作目は毒入りマカロニ事件だったわ!」

宮野は小さい声でブツブツと呟いた。

「宮野?どうしたんだ。マカロニじゃなくてカルボナーラだぞ?」

岡部に顔を覗かれて、宮野はようやく我に返った。

「あ、いや、なんでもないです。気にしないで。あら美味しそうじゃない」

宮野はテーブルの隅に積まれた小皿をヒョイと取り、器用にスプーンとフォークでカルボナーラを盛った。

「なんか今日の宮野おかしいぞ。香坂がいないことがそんなに悲しいのか」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか。そんな事で悲しむような悲劇のヒロインじゃないわ。ただ、サー長としていなくてはならなかったとは思いますけどね」

宮野は皿に載ったカルボナーラを一口で食べた。

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