THE OTHER HAND

香坂が渋谷に連れられてからしばらくして、烏頭がA大学にやって来た。烏頭は少し外の出店を見て回り、昼食代わりになるものを探した。

「いらっしゃいませ。焼き鳥美味しいよ」

「ケバブ食べませんか、ケバブ」

「定番焼きそばですよー」

あちこちからかかってくる声は、どれも活気に満ち、大学生活の充実さを感じる事が出来た。現役時代はあまり人と話さなかった烏頭はそんな彼らが少し羨ましかった。烏頭は焼きそばの行列に並んだ。

「どの焼きそばにしますか?」

「じゃあ、豚焼きそば」

「かしこまりましたー」

程なくして豚焼きそばを手渡された。焼きそばの上に豚バラと紅生姜が乗り、目玉焼きを被せた普通の焼きそばである。味はそこそこであった。というよりかは、想像通りの味だった。ただ、烏頭にとって久々に食べる絶妙なチープさを持つこの味は、A大祭に溶け込む見事なきっかけになった気がした。


「ゴミはこちらにお願いします!」

ゴミ箱の前で青年が声を上げていた。烏頭はゴミを捨て、彼に尋ねた。

「謎解きサークルの場所って分かりますか」

「ちょっと待ってくださいね」

青年は尻ポケットから地図を取り出して烏頭に見せながら話した。

「いま、僕達はここにいます。で、そこの黄色いテントを曲がると学生会館があります」

「ああ、 学びの城ね」

「よくご存知で」

「卒業生なんだよ」

「ああ、大先輩でしたか。そこの1階の通りにあります。そろそろ公演がありますし、近くに行けば人が集まってるかと思いますよ」

「ありがとう」

烏頭は会釈すると、目標に向かって歩みだした。


会館の前で10分ほど渋谷を待ったが、全く見当たらない。スマホでメッセージを送ると「急用で行けなくなった」と連絡が来た。

「まあ、警官はそうだよな。仕方無い」

建物の中へ入ると、確かに1箇所だけ人が集まっている場所があった。近付くと「殺人館からの脱出」と書かれた立て看板の前に、人がズラリと並んでいた。

烏頭はその1番後ろに並んだ。

「現在当日券の販売は終了しております!既に券を持ってる方のみお並びください!」

声を上げていた岡部は前から順にチケットの拝見を行い、整理番号の札を渡していた。

「こんにちは。チケットはお持ちですか?」

「はい」

烏頭は前日に送られていた招待券を見せた。

「あ、招待券…すみません、失礼ですがお名前を伺っても」

「烏頭幸一と申します。クロウヘッドと申した方がいいでしょうか。謎解きサイトの運営してます」

「ああ、クロウヘッドさんですか!いつも部員達でプレイさせていただいてます。新作楽しみに待ってます!楽しんでいってください」

烏頭は「4」と書かれた札を受け取り、またしばらく立ち尽くした。


数分後、会場が開いた。中へ入ると、結構な出来栄えであった。壁は全面に衝立ついたてがおかれ、そこに加工をしていた。暗い木の色に塗られている。部屋は薄暗く、隣のテーブルの人の顔は確認できるか微妙な程であった。部屋の中では不気味でゆっくりな曲が流れ、ホラーゲームの中へ閉じ込められたかのような気分にさせた。テーブルには自分を含め5人が座った。これがチームである。

「よろしく」

と互いに挨拶をして、意気込みや部屋の気になる箇所などを話し合いながら時間を待った。


「みなさんこんにちは!」

前方のスクリーンの横に立ったのは宮野だった。

「今回ゲームマスターを務めさせていただきます。謎解きサークルの宮野と申します。よろしくお願いします!」

宮野から一通りゲームの説明が終わり、ゲームのストーリーがスクリーンに流れた。


主人公はある探偵。依頼人から失踪した夫の捜索を依頼される。探偵は彼の行方を追い、遂に不思議な館を発見する。電話は圏外。周辺を捜索すると、60分後に爆発するダイナマイトと、男が部屋で縛られている写真を見つける。事態は一刻を争う為、探偵は1人でその館に乗り込む事にした…


無理の無い設定である。あるあると言えばあるあるかも知れないが、演出がなかなか迫力があり、プレイヤーに切迫感と緊張感を与えた。全ての動画が終了すると、部屋はある程度明るさを持ち、部屋全体をしっかり見通せる程度になった。

「それではスタートです!」

その声を合図に60分のカウントダウンが始まった。


あちこちの人が部屋に飾られた不思議な模様や文を写真で撮る為に歩き出した。テーブルの上はあっという間に謎解きで散乱した。プレイヤー達は襲い来る難問の数々と睨み合い、男の救出と館からの生還の為に、全力を尽くした。


60分は何もしないには長すぎるが、何かするには短すぎるものである。烏頭達が全ての謎を解き終わったのが、終了3分前だった。

「そ、想像以上に難しかった…流石は学生企画だ。妥協が無い…」

疲れ切ったプレイヤー達は、60分経過の合図と共に、椅子に倒れかかった。


「さて、今回のクリアチームの発表です。今回は全部で14チームが参加しました。その中で全ての謎を解き明かし、男を救出し生還したチームは…1チームいました!4番チームの皆さんおめでとうございます!」

4番テーブルの者達は立ち上がってハイタッチをした。烏頭はあまりにも疲れていたので、とりあえず両手の拳を突き上げるだけにした。


エピローグが流れ、全ての公演が終了すると、それぞれ部屋を出て行った。烏頭はアンケート用紙に、今回の感想・良かった点・改善点を事細かに書き、最後に「Crow Head」とサインをした。最後に部屋を出ると、宮野が扉の前でプレイヤーを見送っていた。

「お疲れ様です」

宮野の笑顔は烏頭の疲れを幾らか癒した。

「ありがとう。A大生の名を上げたね。素晴らしかったよ」

「クロウヘッドさん!ありがとうございます。努力した甲斐がありました。あの、良かったら握手とか…」

「私の握手になど価値はないけど、いいよ」

烏頭は右手を差し出した。

「ありがとうございます!」

宮野は嬉しそうに烏頭の手を両手で掴み、ブンブンと振った。

「その代わりと言ってはなんだが…」

「何ですか?出来ることなら何でもやります」

烏頭は少し溜めると、小さく呟いた。

「君は鹿崎という生徒を知ってるか」

「ええ、友人から聞きましたし、小説も読みましたよ」

「本当か。君は読んだのか。他に読んだ人は?」

「いえ、多分私と香坂だけかと。あと文芸サークルの人は読んでると思いますよ」

宮野は少し不思議そうな顔で烏頭の目を見た。

「そうか。A大生の謎解きサークル。完璧すぎるな。私と少し話さないか。場所は…折角のA大祭だ。カフェくらい出てるだろ」

「あ、そしたら、友達がやってる場所あります。そこにしましょう!」

宮野は烏頭を連れてカフェ店舗へ向かった。

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