ENCOUNTER
人間は
後悔先に立たず、と。
これは烏頭がA大学に到着する僅か1時間前の事である。
A大学ではA大祭が開かれ、大きな賑わいを寄せていた。2日間行われるこのイベントはこの年、より一層人が集まった。1日目には過去最高の来場者数を達成し、A大生達は類を見ない忙しさに見舞わられた。それは謎解きサークルでも同じ事であった。チケットは前日券は全て売り切れ、当日券も販売とほぼ同時に完売した。更に口コミによる広まりからSNSでも人を呼び、とても収容できる人数ではなかった。
「この勢いならリバイバル公演もありえるね。大きく構えるなら謎解きゲーム会社とのコラボも期待できる」
岡部は忙しさの中で喜びを隠さずにはいられなかった。当然他のメンバーに取っても同じ事で、今回の大成功は遥かに期待を上回るものであったのだ。
公演終了から次の公演までの間、シフトに入ったメンバー達は大急ぎで準備に取り掛かっていた。あまりの忙しさからシフトに入ってないメンバーも呼び集め、不足分のパンフレットを用意した。
慌ただしく人が動き回る部屋の前で男が1人立っていた。岡部は彼の元へ駆け寄った。
「すみません、次回の開場は1時間後になります」
「ああそうですか。少し早く来てしまいました。あれ?」
メンバーが出入りの為に扉を開けた、その瞬間だった。彼の目に香坂が写った気がした。
「香坂くん、いますか?」
「ああ、いますよ。ご用ですか?」
「そうですね。もしよろしければ呼んできて頂けますか」
「分かりました…ちょっと聞いてきます」
岡部は部屋の中へ入っていった。
香坂はテーブルを運んでいた。本当はサークル長なのだから、ステージの飛び込み企画の1つでも参加して宣伝するべきなのだが、今回ばかりはそうはいかない。まず、突発的な人員不足に陥っているのだ。その上諸事情により宮野の下で動かなくてはならなかったのだ。
「おい香坂、ちょっといいか」
「このテーブルが歩き回らない以上は無理ですね。
「表で男の人がお前の事を待ってるんだ」
「男って誰ですか。私を待ってくれてる人なんかそうそういませんよ。宮野さん以外に」
香坂はあちこちに散らばったアイテムを拾い集めながら言った。
「だ、誰だろうな。聞いてこなかった。ちょっと待ってて」
岡部は部屋の外へ出た。
「すみません」
「だめでしたか?」
「いや、そうではなくてですね。お名前伺ってもよろしいですか」
「これはこれは失礼しました。私は渋谷直樹と申します。警視庁で刑事やってます」
「ああ、刑事さんですか。分かりました。待っててください!」
岡部はまた部屋の中へ入った。
「香坂、刑事だってよ。渋谷直樹さんとかいうらしい」
「それは任意同行ですか。逮捕状出てないんだったら状況を考えてくれと文句の1つでも言ってやってください。
「でもスーツ姿じゃないし、非番なんじゃないのか。開場時間教えたら早く来すぎたって言ってたし」
「刑事は服装規定は原則ないんです。張り込み調査なら人混みに紛れる服装でもおかしくないんじゃないですか」
「まあそう言うなよ。代わりに俺がやるから」
「そうですか。じゃあ後は任せました」
そう言うと香坂は手に持っていたゴミをゴミ箱へ捨てると、パンパンと手を払って外へ出て行った。
「こんにちは刑事さん。私に何かご用ですか」
「ご用も何も俺は君を何日探したと思ってる。話しを聞かせてもらいますか」
「何の事か分かりませんが、構いませんよ。このような人混みは元来気に入らないんです。喫茶店でも行きましょう。どこかいい場所知りませんか?申し訳ありませんが、校内の喫茶店企画はとてもじゃないがお断りです」
「前にここの生徒に教えてもらった場所がある。そこで」
「そうですか」
香坂は一度中へ入り、荷物を持った。そして渋谷の後ろを付いて歩いて行った。
「新賀くん、ガムテープどこだっけ?」
宮野は棚の上に登っていた。そこから新賀に問いかけた。しかし宮野の質問に返事は来なかった。混み合い雑音が響く部屋であったからもう一度声を張った。
「新賀くん!ガムテープどこ?」
しかし、やはり返事は無い。
「もう、新賀くん!」
宮野は部屋を見渡した。そこに香坂の身長を持つものは誰もいない。
「また逃げたのかしら」
宮野は怒りながらスマホで香坂にメッセージを入れた。
【どこなの!?早く出てこい。さもなくば次は往復だよ】
怒りの送信から僅か30秒後、既読が付き、返事が来た。
【またしばらくいなくなる】
「はあ?ふざけないでよ!もう!」
宮野は顔を鬼にさせながら送った。
【ふざけないで。こないだの約束忘れたの?】
すると、またすぐに返信が来た。
【あれなら岡部先輩が肩代わりしてくれた】
コツコツコツ、と岡部の後ろに不穏な足音が響いた。
「岡部先輩…?」
その声の発し方に異常事態が起こっている事を岡部は察した。そして、万一の時に備え、土下座の準備まではしていた。
「な、何かな、宮野さん…」
「これはどう言うことよ!」
宮野は岡部の顔にドスンとスマホを突きつけた。
「ウギャッ、これじゃ見えないよ」
岡部は顔から剥がしつつ、画面を見た。
「あ、これは…」
「本当なの?」
「本当と言うか何と言うか…」
岡部は思い出した。確かに「俺が代わりにやる」と口を滑らせてしまったことを。そして岡部は気付く。今この状況を脱するには、とりあえず土下座しなくてはならないと。A大に入るほど頭がいいから、思い出すし気付いた。彼の土下座には一点の曇りも、後悔も、プライドも無かった。
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