RELIEVED
青天の霹靂。青く澄み、晴れ渡った空。そこから突然稲妻が光り鳴り響く。
A大祭はいよいよ開幕2日前となり、殆どのサークルが準備を完了させていた。謎解きサークルも公演の準備、広告貼り、多方面への参加呼びかけなど、いずれの方面でもやるべき事を終わらせていた。
この時、ここまで突然に香坂が現れるとは、釈迦すらも気が付かなかったかも知れない。
「おはよう。謎解きサークルも準備できたようだね。岡部先輩お疲れです。どれどれ」
と香坂はテーブルに置かれた台本と謎解きを眺めた。部屋に居る者は誰もが目を丸くし、驚いた。そしてすぐ後に、この後香坂に降りかかるであろう災難を予期した。香坂本人を除いてであったが。
「新賀くん!」
その声は部屋の者の鼓膜を突き破る大きさで、建物の外にまで響き渡った。思わず香坂は肩を上げ、
「み、宮野さん…」
彼の背後には般若も恐れて縮み上が理想なまでに怒りを込めた形相の宮野がいた。宮野はそのまま数秒の間、言葉を何一つ出さず香坂を睨み続けた。普段は冷静を保つ香坂でさえも、この氷よりも冷え切った空気に押されジリジリと後退した。遂に背後に壁が現れ、それより距離を置く事が出来なくなって、ようやく宮野はゆっくりと、しかし力強く言葉を出し始めた。
「本番2週間前…1番忙しくなる時にサークル長たる人が一体どこへ行ってたのかしら…?
それも連絡一つくれないで、電話しても電源は切るし、メールしても既読すらつけずに…」
「そ、それは…」
「言い訳無用!」
部屋には北風が吹き荒れ、誰一人として口を開く事は出来なかった。ただ、
「大体ね、やるべき事を終わらせてからいなくなるならまだしも、謎は作らないわ会場設営も丸投げだわ広告関連の許可すら取ってないわ。サークル長がいないせいでどれだけ迷惑を被ったと思ってるの!」
「わ、悪かった。謝るよ。しかし、私も急用で…」
「だったら一言入れなさい!新賀くんには今日からみっちり仕事をいれさせて貰います。まず、公演時間は全てにおいて案内係をする事。それに残り2日のデバッグに協力してくれる人を10人以上用意する事。当日公演で食べ物買いに行けない人達の食料や飲み物の買い出しに行く事。私の命令には逆らわない事。いいわね!」
香坂はあまりの罰に文句の1つでも言おうとしたが、この部屋の空気を感じて、何よりも目の前の宮野の顔を見て、余計な事は命取りになる事ぐらい理解できた。香坂程の天才でなくても、容易に出来た。
「わ、分かった。約束しよう。必ずやり遂げよう」
数分して宮野の怒りもだいぶ収まり、部屋にはまたいつもの空気が流れ始めた。雑談なんかも聞こえるようになり、いかにも大学の一角といったようだ。しかし、尚の事宮野はプリプリとしており、愚痴をポツリポツリとこぼすのであった。その度に岡部はまあまあ、と慰めるのであった。
それで一件落着と行けばよかった。香坂は不幸にも、いや、不注意にも火に油を注いでしまったのだ。
「なあ、この謎解きなんだけど、私の作ったものに変えていいかな?」
そう言い終わるのが早いか、宮野は香坂の目の前に立ち、大きく一振りビンタをかませた。香坂はあまりの痛さに頬を抑えながら「お、おおお」と呻いた。宮野は何も言わずに部屋を出て行った。
岡部は香坂の背中をポンと叩いて言った。
「香坂、それはダメだろ…」
香坂は何も言えなかった。何度今の状況を思い出してみても、悪いのが自分であったのだから。
「全く、新賀くんの唯一と言っていい悪い所だわ。自分が中心に地球が回ってると思ってるのかしら!」
宮野は鞄をいつもより強く握りしめ、足踏み強く帰路を辿った。
「何にも仕事なんかしない癖に帰ってきて早々『おはよう』じゃないわよ!こっちは…こっちはどんだけ心配してたと思ってんのよ…!」
そう声に出して怒りながら宮野は目から涙を溢れさせていた。それは決して怒りが頂点に達したからではない。いや、少しはそれもあったかもしれないが。
歩いて10分程した所で、遂に限界を迎え、座り込んで泣いてしまった。東京の道の真ん中で泣き
「お嬢さん、大丈夫?」
「え、ええ」
「とりあえず落ち着いて、ここは道路だからね。一旦交番においで」
そう優しく語りかけ、宮野の肩を持とうとしたが、宮野は涙を拭きながら
「いえ、大丈夫。大丈夫です…」
と弱い脚で立ち上がった。
「本当に大丈夫?何なら家まで見送るよ?」
「いえ、もう大丈夫です。ごめんなさい、心配させてしまって…」
「いや、仕事だから大丈夫。じゃあ何かあったら警察に言ってくださいね」
そう言って警官はゆっくりと立ち去った。宮野はその後ろ姿に軽く頭を下げてから、また家に向かって歩き始めた。
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