TESTIMONY

ドンドンッと渋谷は扉を強く叩いた。

「鹿崎さん?いたら開けてください。警察です。鹿崎さん?」

扉の向こうからは何の音沙汰も無かった。

「ここで…合ってるはずだよな…」

渋谷は階段を降り、このアパートの大家が住む、1階隅の部屋へ行った。扉を叩くと少し開いて優しそうな老人の男性が顔を出した。

「何か御用で?」

「大家のさかいさんですね。私、警視庁の渋谷と申します」

渋谷は胸ポケットから警察手帳を取り出し、開いて見せた。

「ああ刑事さんですか。何か事件でも?それとも何かやっちまいましたかねぇ」

「あ、いえいえ。ちょっとここの住人についてお伺いしたいことがあって」

「あまり個人情報は流したらいかんかも分からんですがね…まあ協力出来る限りやります」

「ありがとうございます」

渋谷は軽く一礼した。

「実はここの203号室の事なんですがね。誰か住んでませんかね」

「はあ、ちょいとお待ちくださいね。203…203…」

堺は奥へ行き、住人帳を見た。

「ああ、鹿崎さんね。それが何か?」

「今も住んでますか?」

「ええ。住んでますよ。変わったことを聞きますね」

「いや、実は扉をノックしても返事が無かったもので。何か彼について知ってる事は?」

「知ってる事ね…」

堺は困ったように顎に指を当てた。

「私と彼の関係なぞ、部屋を貸す人と借りる人でしかありませんからねえ。一応、彼が大学生で一人暮らしっちゅう事ぐらいしか分からんですね」

「両親とかは?」

「いやあ、鹿崎くんとおっしゃいましたか。すっごくしっかりとした子でね。部屋貸しだから面倒な書類とかいくつかは必要になるんだけど、初めて着た時にはもうちゃんと用意しててね。お金もちゃんとあったそうだし、特段気にしませんでしたわ」

「そうですか。何か変わった事は?」

「変わった事ね。何たって彼が着たのも4月の上旬でしたからね。まだ1か月だから知るも知らないもありませんよ、ええ。それに、きっと大学が朝から晩まであるんでしょうね。私はいつも8時ごろにはアパート前の掃除しますけど、会わないですね。夜も8時には布団の中で本読んでましてね。やっぱり会わんのですよ」

「家に引き篭もってた…とかではないのですか?」

渋谷はメモ帳に言われたことを事細かに書き留めながら聞いた。

「いいや、それはないんじゃないですかね。彼が入って数日した時、恥ずかしながらここのアパートの電気が落ちてしまいましてね。一軒一軒見回ったんですわ。彼の家の前に行った時、丁度帰ってこられたようでね。両手にレジ袋をげてましたね。見た目も比較的サッパリしてたし、あれで引き篭もっていたとは思えませんね」

「そうですか…ありがとうございます。すみません、時間取らせてしまって」

渋谷はもう一度、今度は深く下げた。

「いいんですよ」

「では、失礼」

渋谷はもう一度203号室前に行く事にした。もう一度扉を叩き、名前を呼んだがやはり返事はなかった。鍵はしっかりと閉まっていた。郵便受けからは覗けなくなっており、結局部屋の中を確認する事も出来なかった。

仕方無く渋谷は本庁への道を戻る事にした。

しかし、途中で思い付いた。

「そうだ、A大学の生徒に少し聞き込みするか…」

渋谷はA大学のキャンパスへ向かう事にした。


車を走らせる事数十分、渋谷はA大学に着いた。

「いつ来てもでっかいキャンパスだな」

渋谷は中へ進んだ。キャンパスの中はいつもよりざわめいていた。人々はあちこちへ走り回り、色々なものを運んでいた。

「まずい時に来ちまったか?」

渋谷はそう言いながらも帰るつもりは無かった。少し歩くと右手側に大きな学生会館が見えた。

「ここだな。ええと、鹿崎くんは…」

渋谷は内ポケットから手帳を取り出してペラペラとめくった。

「文芸サークルか…」

渋谷はくるりとその場で1回転した。

「どこにあるんだ…」

すると、近くを体のガッチリした男が通った。荷物の入っているのであろう段ボールを運んでいた。

「ああ、君」

「俺?」

男はこちらを見た。

「すみませんね。文芸サークルはどこですかね」

「ああ、ここ入って永遠に真っ直ぐ歩いたら着きますよ!」

そういうと、忙しそうに走って行った。

「ありがとう!」

渋谷は聞こえるように叫んだ。そして会館の表玄関に足を踏み入れた。

男に言われた通り、只管真っ直ぐに歩いていくと、奥に部屋があった。ノックをすると「どうぞ」

と返事があった。入ると数人が本を読んでいた。

「警察の渋谷です」

渋谷は警察手帳を見せた。するとサークル員たちは驚いたようにキョロキョロと周りを見渡した。

「あの…うちのメンバーが何か…」

「いや、少し鹿崎くんについて聞きたくてね」

「ああ、捜索中ですか!私が話します」

そう言って1人が扉の前へやってきた。

「サークル長の酒原です。時間取りますか?」

「あまり取らないようにはしますが、多少」「ここではうるさいですから、近くの喫茶店に行きましょう」

と酒原は渋谷を連れてA大学を出た。正門を出て少し歩いた。裏道のようなあまり人通りの多くない道を行くと、「柴又珈琲店」と看板が掲げられた店に着いた。

「ここです」

店に入ると酒原は適当なテーブル席へ着いた。すると奥から木下が出て来た。

「いらっしゃいませ。お飲み物はお決まりですか?」

「いつも通りカフェオレで」

渋谷は適当にメニューを見て、オススメと書かれたエスプレッソにした。

「私はエスプレッソを」

木下は注文を紙に書いていた。渋谷は話を始めた。

「話っていうのはね、鹿崎くんのもそうだが、A大学の最近起こってる事なんだ…」

「ああ、なるほど…」

酒原は何度か小さく頷いた。

「僕らのサークルも謎解きサークルの方も持ち切りですね、その話題で」

そう言うと木下は酒原に言った

「謎解きサークルの方ですか?」

「いいえ、僕は文芸サークルです。でも謎解きサークルとは仲がいいんですよ。ミステリーのトリック作って貰ったりとか、逆にストーリー作ってあげたりとか」

「ああ、そうですか。そしたら小坂さんに烏頭さんが来ると言っていた、と伝えて貰えますか?」

「小坂?ああ、香坂くんですかね?」

「伸ばすんですか。てっきり小坂かと思ってました」

「分かりました」

渋谷は木下に驚いて聞いた。

「香坂はいつ来たんですか!?」

「ええと、5日程前…でしたかね」

「そ、そうですか。すみません、横槍をり入れて」

木下は失礼します、と頭を下げて奥へ行った。

「刑事さん、香坂を知ってるんですか?」

「え、ええ。まあ…」

「そう言えば2週間くらい前から香坂が見つからないって、宮野さんずっと探してたな…」

「宮野?」

「謎解きサークルのメンバーですよ。彼女…では無さそうでしたけど。香坂はそっち系に興味ありませんでしたから。まあ、そのうち戻って来ると思いますけどね。元からすぐ自分の興味ある方へ進んで行っちゃう奴なんですよ」

「そ、そうですか…」

渋谷は頭にペンをグリグリと押し付けた。

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