香坂新賀4

その山は大量の木と草に覆われていた。あまり、もしくは全く人が通ってなかったせいか、道らしき道は無い。油断すればすぐに迷ってしまいそうなほど、どこも同じような景色だった。鬱蒼と茂る草は香坂の足を休むことなく刺激した。長ズボンを履いてきて正解だったな、と香坂は思った。木々は彼の身長近くまで枝を下ろしていた。香坂はそれを手で振りほどきながらやはり進んでいった。

しばらく登ると茶色く塗られた木造の家が見えた。

「東京A大学最寄駅から延べ2時間。そこから歩いてさらに数時間。ここで間違いなさそうだが、若干の不安が残るな」

香坂はその家へ向かってゆっくりと足を進めた。


香坂は家の前に立つと表札を確認した。

「間違えないな」

香坂は家の中へ行こうとした。しかし玄関の扉は鍵がかかっていた。軽く引いたが、当然開かなかった。香坂は家の周りをぐるりと回った。勝手口、裏口、地下入口など、色々な扉があったが、どれもやはり厳重に閉じられていた。

「仕方ない。かくなる上はやるしかないか…」

香坂はポケットからピッキングの道具を取り出すと、玄関の鍵をガチャガチャと弄った。すると、1分程度で鍵は開いた。

「入るか…」

香坂は中へ入って行った。



「もう新賀くんはどこなの!」

宮野はサークルの活動部屋で嘆いていた。アカウントはいつの間にかブロックされ、連絡は途絶えていた。別のアカウントを作って他人のフリをして接触しようとしたり、メールアドレスから連絡を取ろうとしたりしたが、どれも反応は無かった。

そんな事をしていると、部屋にサークル員たちが集まって来た。宮野はスマホを触るのをやめ、彼らの方を向いて言った。

「今回はみんなちゃんと来てくれたようね!」

「そりゃそうだよ。宮野さんを怒らせてもロクな事がないからね」

「岡部先輩の言ってる事はちょっとよく分からないけど、今回はあなた達に仕事を言い渡すわ」

「香坂くんの捜索かい?」

岡部はスマホを触りながら言った。

「違うわ。そんなこと、今は、どうでも、いいの」

「あら、意外な返答」

「今大切なのはA大祭の事よ。もう後1週間よ。他のサークルの人たちはもう準備も終盤。私たちは何も出来てないわ」

岡部が返した。

「謎もストーリーも全部完成しただろ。必要な小道具の準備も終わらせたし。あとは会場設営だろ?3日で終わるよ」

「だったらそれを今から3日でやるの!」

宮野が声を張り上げた為、半分聞き流してたサークル員達はギョッとして宮野の方を向いた。

「いいかしら。2日前にはもう実際にプレイできる状態にするのよ。はっきり言って遅すぎるぐらい。それと、5人には後方に回ってもらうわ。あなた達5人でいいわ」

宮野は適当に5人を指した。5人は言い返してもいい事は無いと分かっているので、黙って受け入れた。

「あなた達は広報担当よ。拡散アカウントを作って、謎解き系の人たちをフォローしまくって。それと、来てくれそうな有名人とか、他の大学の人とかに片っ端から声をかけてちょうだい。1人でも多いほうがいいわ。思わぬ宣伝になるかもしれないし」

岡部は宮野を見て、サークル長代理の仕事は出来ないな、と感じた。

「さあ、もう本番も近づいてるわ!急ぐわよ!」

宮野がパンと手を叩くと、サークル員達はネジを巻かれたゼンマイ人形のように仕事に取り掛かり始めた。


まず、活動部屋は会場となる為、不必要な長テーブルなどをしまい始めた。そして、必要となる丸テーブルを道具保管場所から運び、並べていった。黒板近くからの天井からはスクリーンを垂らし、映像を映す準備に取り掛かった。

「おい、プロジェクターどこだっけ?」

「ああ、この部屋にないからあっちの講義室から余ってるの貸して貰えるって」

「あれ、テーブルクロスは?」

「誰か分かる人は?」

「他にクロス使う所ないのか?そこに聞きに行け!」

「あ、ちょっと探してきます」

先程までのだらけ具合は既に消え、サークル活動部屋は騒がしさに満ちた。

宮野ももちろん準備をしていた。何か困った事があっても、誰も代理であるはずの岡部の元へは行かず、宮野の所へ駆け寄った。

映像処理係達は最後の画像チェックに入っていた。正しい順番で表示されるか、誤字脱字は無いか、音楽は間違っていないか…。確認に確認を重ね、何度も見直していた。

「ちょっと!映像処理邪魔!どっか別の所でやって!はい絵画はこっち!」

別のメンバーの声に驚いて彼らはパソコンを持って部屋を出ていった。

広報係に選ばれた5人はまず、ポスターの掲載へ駆け回った。

「おい!本校舎の方は誰か行ったか?」

「えっと、2人いったはず」

「じゃあ俺外回りしてくるから、お前らこっちの建物全部やっといてくれ!」

「オーケー!」

他のサークルの中にも同じように追い込みが掛かっている所が多く、キャンパス全体で騒がしさが駆け巡っていた。


ようやく日没を迎えてもいくつかの場所では未だゴソゴソと動き回っているのであった。

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