鹿崎樹3

香坂が酒原にストーリーの執筆を依頼してから2日経った日の夜である。宮野は翌日届くであろうストーリーから謎を作る準備をするついでに、家で鞄の整理をしてた。すると、いつしか香坂から受け取った原稿用紙が出てきた。

「あ、これ…読めって言われてたの忘れてたわ。最近小説読んでなかったし丁度良いかしら」

宮野はベッドの上でうつ伏せに寝転がり、原稿用紙を枕元に置いた。

「冬の王女様って所かしら?鹿羽瓦斯樹ってペンネームかしら。確か鹿崎樹くんだったかしら、文芸サークルの。ネーミングセンスは最悪ね」

宮野は読み進めた。


10分ほど読んだ宮野は1度休憩に入った。台所でココアを淹れ、机へ持っていった。

「舞台は…アメリカのようね。恋愛小説、というかヒューマンドラマっていう感じね。せめてなんのジャンルが聞いておけばよかったわ。それにしても…」

宮野は原稿用紙を枕元から机の上へ移した。

「なんでこんなものを新賀くんは持っていたのかしら。それも私に勧めるなんて。その上私が止めなきゃコピーをするつもりだったし。結局やめたのは酒原くんがオリジナル原稿を持っていたからね。この原稿はコピーだわ」

原稿用紙を人差し指でこすり、汚れていないのを確認した。

「これの何が楽しいのかしら…もしかして…新賀くんは私にこれを渡す事で、密かに好きであることを伝えたかったとか!」

そう思うともう気持ちは一杯になった。

「いや、冷静に考えて、それはない」

宮野は一旦考えを改める事にした。宮野は何かあるはずだと、また最初のページまで戻り、今度は一言一句噛み締めながら読んでみる事にした。

しかし、この日の夜は遂に何も見つけることは出来なかった。


次の日、宮野はいつもより早く学校へ行き、香坂の到着を待った。徐々に緑を濃くする木に寄りかかりながら、見逃さないように何もせず、只管待った。

正門を歩く人は全員確認しているはずだ。しかし、いつになっても香坂が現れる事は無かった。普段なら香坂がすでに来ている時刻になってもやはり来ない。

「見逃しちゃったかしら…」

諦めて校舎に入ろうとした時、丁度岡部が現れた。

「あら、岡部先輩」

「宮野さんおはよう。香坂くん待ち?」

「よく分かりましたね。その通りです」

「ま、まあね。あいつ今日は来ないよ?」

「ええ?」

宮野は顔をしかめた。

「あいつ、夜に俺にメッセージ入れてたんだよ。しばらくいなくなるかもしれないから、サークル長はその間任せる、ってね」

「本当に自分勝手な人だわ」

「そうだな」

岡部はハハハっと笑った。

「でもまあストーリー制作は酒原くんに任せたらしいし、そんな困る事も無いんじゃないかな。あいつが作る分の謎だっていくつもあった訳じゃないだろ?1人くらいいなくても大丈夫さ。何かあったら俺に任せろって」

そう言って岡部は宮野の肩を叩き、歩いて行った。

宮野はその場に立ちすくみながら香坂を呪った。

「絶対許さないわ!ケーキのひとつでも奢って貰うべきよ!」

ポケットからスマホを取り出し、香坂へメッセージを入れた。

【勝手にいなくならないで!話したい事があるから、会いに来るか電話かけなさい!】


しかし、そのメッセージに既読のマークがつく事は無かった。



「入って」

鹿崎は香坂を部屋の中へ通した。

「お邪魔します」

中はワンルームだった。台所はあるが、使った形跡はまるでない。ゴミ箱も置いてあるが中身はなく、まるで生活感が無かった。

奥は和室になっていた。畳は綺麗にされている。布団は押入れにしまってあるのだろう、見渡した所、目に入らなかった。真ん中には卓袱台ちゃぶだいが置かれていた。鹿崎は部屋の隅に積まれた座布団を、自分の座布団の向かいに投げ置き、香坂に座るよう勧めた。

「ありがとう」

「いや。何か飲み物でも出せればいいんだけど、生憎あいにくこの部屋には今飲食するものは何もないんだ」

「結構結構。いらないよ。突然押しかけてきたんだ。むしろ私が何か差し入れるべきでしたよ」

「ああ」

鹿崎は軽く頷きながら腰を下ろした。

「香坂くん。何しに来たの?」

「私を知っているんですか。嬉しいですね」

「当然だ。前年度首席入学、その上満点入学と来た。正直、日本の大学にいる理由がよく分からないぐらいだ。君ならハーバードだろうがMITだろうが、もっと知りたい事を知れる世界に行けたでしょう」

「そんな偉い人じゃありませんよ。それに私は日本が好きなんです。態々わざわざここから離れる理由もありません」

「そうか。で、何しに来た?」

「ああ、そうでしたね。あなたが音信不通だと、文芸サークル長の酒原くんから聞きましてね」

「まさか、心配になった訳じゃあるまい」

「まあ、そうですね」

香坂は一旦座り直し、卓袱台に両肘をついた。

「君の書いた小説、読ませて貰いましたよ」

鹿崎は一瞬目を開いた。しかしすぐに元の顔に戻した。

「学校に置きっ放しだったのか。道理で見つからない訳だ」

「あの作品、なかなか面白いじゃないですか」

「まあね。恋愛小説がそろそろ盛り上がりを見せるって酒原サー長が言ってたからね。それに合わせて書いただけだよ」

「恋愛小説ね」

「ああ。まあ、恋愛には確かに重点は置いてないけどね。ダンという友人を置いて、語る形で進むのも面白いんじゃないかと思って。そういう試みだよ」

「この感想言いに来ただけの私を、今まで誰も入れなかったこの部屋に入れたんですか?」

「まあ、そうだよね。謎解きサークルのサークル長が来たんだ。それだげじゃないのは俺も分かってる」

「いくつか質問してもいいですか?」

「ああ」

香坂はズボンの後ろポケットから手帳を取り出した。

「1つ目。君は他の人からの接触は避けてるようですね」

「その通りだ」

「2つ目。君はそろそろこの家は引き払おうと思ってる。違いますか?」

「合ってる」

「3つ目。君はマ…」

香坂が言おうとした時、香坂のスマホは激しく振動を始めた。

「おっと」

怒りが最高点に達した宮野から、大量のスタンプが送られてきたようだ。

「申し訳ありません。今日はここでお暇します。もし、御縁があればまた」

「会えればね」

香坂は部屋を出ようと扉のノブを回した。その時、後ろから鹿崎が声を上げた。

「あ、香坂くん。最後の質問はイエスだ」

香坂は軽く頭を下げると、返事をせずにその部屋から出て行った。

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