ウィンター・プリンセス3

日曜日、マービルとダンは地元のファッションストリートであるノマドーラアベニューに来ていた。

「マービル、ここでいい服買ってナンパでも行こうぜ」

「ああいいね。ここにお気に入りの店があるんだ。男服から女服まで、なんでも揃ってる。ジャンルも正装からカジュアルまでね。そこへ行こう」

「なんだか元気になったようだな」

「流石にあれから何週間かたってるからな。片付けも全部終わったよ」

「じゃあ、お前の言ってる店に行こうか」

マービルとダンはノマドーラアベニューの丁度中心あたりにある服屋へ入った。

「ほほお。なかなかかっこいい服じゃないか」

「ダン、気に入ってくれたか?俺たちはもう大学生じゃないからね。無駄にフレッシュな服じゃ帰って気持ち悪いんだよ」

マービルはハンガーにかけられた服を触りながら言った。

「なるほどな。ほら、これなんかどうだ?」

ダンは黒地の服を体に当てた。

「いや、なんというか、ダンは体が黒いんだから、これ来たらどこが顔だか分からないよ」

マービルは笑いながら言った。

「それよりももう少しカラーのあるものにしろよ。例えば暗めで行きたいなら青系とか。グラデーション入ると綺麗に見える」

「ほほう」

「それにほら、服だけじゃ無くてこういうアイテムを…」

マービルはガラスケースに置かれたネックレスやブレスレットをダンにつけた。

「ほら、似合うじゃないか」

ダンは鏡を覗き込んだ。

「いや、確かにまあ似合っているとは思う。だけどよ、これじゃラッパーじゃないか?」

「いいじゃないか。黒人とラッパーなんて格好いいの基本だろ?」

「いやいや」

とダンは人差し指を横に振った。

「これじゃ尻軽しか捕まえられないよ。俺はまだ未婚なんだぜ。もっとしっかり者と付き合いたいんだ」

「そうだな。それなら…」

とマービルは奥の方へ歩いて行った。ダンもつけられたアイテムを外してマービルについて行った。

「逆にこういう真っ白なのが似合うんだよ」

とマービルはダンに白いスーツの上下を渡した。

「ほら、ちょっと着てこいよ」

「本当にこれが似合うのか?」

「だから、それが分からないから試着があるんだろ?やるだけやってみろ。タダなんだから」

ダンは半信半疑のまま試着室へ入って行った。数分後、ガガッとカーテンが開いた。

「ほらこんな感じなんだが、どうだ?」

「いいじゃないか。よく似合ってる。意外と黒人は白スーツ似合うんだよな。サングラスでもかけてみろ」

「いやいや、それはもうアイデンティティの喪失だよ。これで十分さ」

ダンはノリノリで飾られた白いハットを頭にポンと乗せた。

「これで決まりだな。中のシャツは家に何個かあるからそこから選ぼう」

ダンはまた試着室に入って行った。

「じゃあ俺も自分の服を探すよ」

「おう。俺も買ったら手伝うぜ」

そう言ってダンは服を片手にレジの方へ歩いて行った。


ダンが戻ってきた頃にはすでにマービルは服選びを終えたいた。

「えらく早いじゃないか。もう何を買うか決めていたのか?」

「いや、普段から迷うのは嫌いなんだ。優柔不断は俺から最もかけ離れた言葉だからね。この服にシンパシーを感じたんだ。それ以上の理由はいらないさ」

「相変わらずだな。結構な量じゃないか」

「まあな。これくらいは買っとかなきゃ。心機一転なんだからさ」

「確かにな」

会計を済ませた2人は、通りの端を歩いた。

「これからどうするか?」

ダンはマービルに尋ねた。

「そうだな、行きつけのバーもあるんだ。あまり客はいないが、値段はそれほど高くないし、結構静かな所さ。マスターが無口だからね」

「酒は美味いのか?」

「当然だろ?俺の判断基準は美味さと値段だけだよ」

「じゃあついていこう」

横断歩道を4本超えた所にその店はあった。

「ここだ。行こう」

「ほほう、地下のバーなんだな。雰囲気あっていいじゃないか」

2人は少し急な階段を、転ばないように気を付けながら、ゆっくりと降りて行った。


バーの中は薄暗かった。カウンターに客はおらず、マスターとおぼしき男がグラスを丁寧に磨いていた。

「来たよ」

とマービルが言うと、男はこちらを見て、気持ちばかり頭を下げた。マービルは慣れた様子でカウンターに座り、ダンに座るよう隣の椅子を下げた。

「ありがとう。いい店じゃないか。ゆったりとした時間を楽しめるね」

「だろ?最近のバーはパブなのかクラブなのか分からんぐらいキャーキャーしてるからね。俺はバーも女も、静かな方がいいんだよ」

「あー、俺もわかるぜ。うるさいのに付きまとわられると、普段からロクな事が起きないからね」

ダンは荷物を隣のテーブルに置いた。

「マービルは何飲むんだい?」

「とりあえずいつも飲んでる優し目のリキュールカクテルをね。マスター頼むよ」

男はまた頭を下げた。そして、メニューをダンの前に差し出した。

「ああ、どうも。そしたらウイスキーにしようかな。ロックにしてくれ。銘柄はオススメを頼むよ、マスター」

マスターは棚から1本の瓶を取った。

「よろしいですか?」

「ええ。それで」

マスターは2人の酒を作り始めた。


「じゃあ作戦会議とするか」

マービルはスマホのメモ欄を開いた。

「夜遊びはいつにする?」

「俺はいつもこの時期は暇さ。忙しいのはお前の部署だろ、マービル」

「そうだな。じゃあ、1週間後なんてどうだ。次の日休みだし、女もうろつくだろう」

「いいね。場所はいつも通りトニオンストリートでいいな?」

「勿論。あそこで夜遊んでる女なら行けるだろうし」

「本当に元気になったようだ。よかったよ」

「心配かけて悪かったな」

そう言っていると酒が出された。ダンはグラスに入った氷を見つめて言った。

「綺麗な氷だな。まん丸じゃないか。これ、マスターが削ったのか?」

マスターは嬉しそうに頷いた。

「初めて見たな。うーん、美味いね。口当たりが実にいい」

「な?だから言ったろ?いい店だって」

「さすがマービル。お前のオシャレには敵わないな。俺はせいぜい日本料理だからな…」

「それがいいんだろ!」

2人は日付が変わるまで飲み続けたのだった。

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