鹿崎樹2

「酒原くん、いるかな」

周りのサークル員たちは黙ったままキョロキョロと周りを見て、香坂に首を横に振った。

「そうか。あ、来ても何も言わなくていい。ありがとう」

そういうと、皆頭を軽く下げ、また本を読み始めた。

香坂が文芸サークルから離れようとした丁度その時、酒原がやって来た。

「あ、香坂くん。どうかしたのかい?」

「ああ、正に今から探しに行こうと思っていたんだ」

「そうか、ごめんごめん。図書館にサークルで借りた本を返しに行ってたところなんだ」

「それで、ついでに借りて来たと」

酒原は10冊くらいの本を抱えていた。

「ああ。いまサークルの女子の間では恋愛系が流行っててね。でも書いてる人なんかいなかったから、資料代わりにね。ちょっと待ってて、これ置いてくるから」

そういうと酒原は部屋の中へ入っていった。


1分もしないうちに酒原は出て来た。

「お待たせ。そっちから来るなんてどうした?」

「いや、違うんだ。ちょっと頼みがあってね」

「香坂くんのお願いなら、もちろん」

「実は、うちのサークルがA大祭で公演型のイベントをすることにしたんだ。その物語を作って欲しい」

「いいとも。今回俺が出品するものは全部完成してるんだ。公演のストーリーくらいならやるよ」

「ありがたい。ええと、舞台は…」

「あーちょっと待ってね」

酒原はポケットから手帳を取り出した。クリップされたペンを抜き取ると、クルリと手元で回転させた。

「よし、いいよ」

「ああ。まず、冒険ものだ」

香坂は酒原につい数十分前にストーリー制作班で決めた大まかな舞台を説明した。


「オーケー。任せて。2日で終わらそう。どうせ時間ないんだろ?」

「鋭いね。本当に感謝するよ。それとさ…」

「何?」

香坂は周りを見て少し声を小さくした。

「いや、これから食堂でも行かないか?」

「今から?」

「ああ」

「ま、まあいいけど」

香坂は手で付いて来い、と合図をして食堂へ向かった。


「サンドイッチ2人分。酒原くん、それでいい?」

「ああ。あ、金なら…」

「いいんだ。俺が出す。その代わり色々聞く。席に着いててくれ」

「ありがとう…」

酒原は近くの2人用テーブルに座った。

香坂は受け取ったサンドイッチをテーブルに置き、酒原の向かいに座った。

「鹿崎くんのことなんだ」

「まさか、見つかったのか?」

「ちょっと、声を下げてくれ」

酒原は不思議そうな顔をしながら、言われた通り声を下げた。

「何かあるのか?」

「いや、うちのサークルの宮野に関係ないこと喋ってると怒られるんでね。ここでは君がストーリー制作を断ったから説得してる、という設定だ」

酒原は頭に宮野を思い浮かべながら

「なるほどね…」

と呟いた。

「酒原くんは鹿崎くんの住んでる所には行ったのかい?」

「ああ、俺は行ってない。俺は寮だから。鹿崎が住んでる所の近くに住んでる奴ら2人に一応見てくるように言ったよ。そいつらが言うには出掛けてるようで返事なかったって」

「そうか。鹿崎の住所教えて貰えるか?」

「いいけど、なんでまた。行くのかい」

「ああ。様子を見にね。もしいたら彼と話がしたいんだ」

「へえ。何か書いてもらうのか?」

「いや、ただ鹿崎という人間に興味がある。それだけ」

香坂はさらに乗ったタマゴサンドを口に運んだ。酒原もならってサラダサンドを食べた。

「そっか。変わった奴って言うか、かなり口数が少ない奴だよ」

「そりゃ文芸サークル全員じゃないのか?」

「それは君が来る時は制作活動中だからだよ。企画とかの会議の時はもう少し声がある」

「怪しいものだね」

香坂はフフッと笑った。

「本当さ。鹿崎の声なんか覚えてる人は誰もいないんじゃないかってくらい無口だった。初めてサークルに来た時、自己紹介を促しても黙って微動だにしなかった」

そう言いながら酒原は手帳を千切ってペンを走らせた。そしてそれを香坂の前に差し出した。

「ほら住所。もし会えたら俺に教えてよ。ついでに一言連絡入れるように伝えといて」

「承知した。というか、住所よく覚えてるな」

「ああ。記憶力高いんだよ。文字や数字のね。覚えようと思ったら1回で頭に入るんだ。それで入試も乗り切ってるからね。歴史は得意科目さ」

「そうなんだな。ありがとう。完成したら紙に書いたならうちのサークルに、データなら私に送信して」

そういうと香坂は席を立った。

酒原はテーブルに残されたサンドイッチをしばし眺めた。

「食べてから行くか」

そう言ってムシャムシャとカツサンドを食べた。



酒原から教わった場所はアパートだった。外装はあまり綺麗とは言えない、年季の入ったものである。二階建ての木造で、2階に行くための黒いストリップ階段がわきにある。

「203号か。2階だな」

各階には5部屋ある。鹿崎の部屋はその真ん中であった。ドアは青い塗装であるが、剥がれた部分があった。香坂は一歩離れて見たが、インターホンは見当たらない。

ドンドンと扉を叩いた。

返事は無かった。

「鹿崎くん?いますか?謎解きサークルの香坂です…」

すると少しドアがミシリと音を立てた気がした。

「鹿崎くん…かな?」

扉の向こうから声がする。

「1人?」

「ああ」

数秒して扉が開いた。

「入って」

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