香坂新賀3

「新賀くん!本当にいい加減にして!今日休んだら地獄のはてまで追いかけるわ!」

授業終わりに部屋を出た途端、香坂の鼓膜は破れかけた。香坂は目を細めて宮野の方を向いた。

「宮野さん、何ですか。私に文句を言うのは構わないが、こんな所で大声を出すのはやめてくれ。私以外の人に迷惑が掛かる」

「迷惑をかけてるのは新賀くんも同じよ。後20日だって言うのに全然進まないじゃない。次の月曜はいつ来るのかしら?」

「私だって暇な訳じゃないんだ。すまない」

そう言って歩き出した香坂の腕を宮野は力強く引いた。

「逃がさないわよ。何が暇な訳じゃない、よ。去年は年中ずっと活動室にいたじゃない。あれは去年はイベントをやらなかったかしら。いくら面倒とはいえ、サークル長を名乗る以上はサークルに来て貰うわ」

「まあ待て。言ったって他に誰もいなければ話し合いにならない。今日は一旦解散して、チャットで日程を決めてからにしよう。時間は大切だ」

そう言って香坂は宮野の肩を両手でポンと叩き、図書室へ向かおうとした。しかし、またも宮野に引き止められた。

「だから、その手には引っかからないわ。私だってバカじゃないんだから、新賀くんが今後まともに話し合いをしないことぐらい予想つくわ。心配しないで。サークルにもしメンバーが来てなければ探して連れて行くから」

「分かったよ。行こう」

香坂は仕方なく活動室へ行った。


ガラリと扉を開けた。当然のことながら、中には1人の影もなく、しんと静まり返っていた。香坂は中へ入り椅子に座った。

「サークルメンバー活動率0%だな。私たちを入れても20%だ。じゃあ、探してきてくれ」

香坂は鞄から小説を取り出して読み始めた。

宮野はそんな香坂の隣へツカツカと歩いていき、上から香坂の本を取り上げた。

「何をするんだい?」

「かっこよく言っても無駄よ。新賀くんも行くの」

香坂は吊り上がった目でじっと宮野を見つめた。

「そんな顔をしても無駄よ。また逃げられたら溜まったもんじゃないわ。ほら、行くわよ!」

腕を引っ張られた香坂は抵抗することなく、しかし渋々と宮野の後を付いていった。


しばらくして教授室に着いた。

「教授に用でもあるのかい?」

「違うわ。岡部先輩はここよ」

「なぜ知ってる?」

「知らないわ」

「じゃあなぜ来た?」

「さっき授業帰りに彼のいた講義室覗いたら、教授に呼ばれてるの見たからよ。教授と仲良いから多分ここよ」

ノックをすると「どうぞ」と声がした。

「失礼します。教授、岡部さんいますね」

「おお。いるぞ。おい!岡部!」

部屋の奥から岡部が出てきた。

「岡部先輩、行くわよ」

「宮野じゃんか。どこ行くんだ?」

「モアシンの会議よ。もうA大祭始まるんだから、サボらないでくださいね」

「ちょっと待て、これ片付けるから」

そう言った途端、宮野はキリッとした目つきで教授を睨んだ。

「教授、今すぐ先輩を貰って構いませんか?」

あまりの気迫に教授は目を丸くさせながら

「あ、ああ」

と言った。

「そう言うことよ、岡部先輩。早く来てくださいな」

「分かったよ…」

宮野は、今度はニコリと教授に微笑みかけた。

「では、失礼しました。」

「お、おう」

宮野の後ろを香坂、岡部と軽く俯きながら刑務官に連れられた囚人の如くついていた。

岡部は小さい声で香坂に話しかけた。

「おい香坂。これ全員にやってるのか?」

「いいえ、先輩が1人目です」

「俺にだけ酷くないか?」

「いえ、そうじゃなくて、これから残りの全員にやりますよ。多分」

岡部は肩を落としながら

「宮野はまるで金のガチョウだな…」

と呟いた。どうやら宮野には聞こえてたようで、立ち止まり、こちらをくるりと向いて笑顔で

「先輩、なにか?」

と言った。岡部は

「すんません」

と適当に言った。宮野が

「そう」

と言うと、また3人は歩き出した。


岡部が金のガチョウにくっついてから約1時間が経過した所で、童話は終盤を迎える。

サークル員たちはぞろぞろと部屋に収容されていった。そして、各々席に着いた。


「はあ。ようやく集まったわ。予定より10日くらい遅れたけど、これで会議ができるわ。じゃあ後はサー長さん、よろしくね」

宮野は香坂の背中をポンと叩いた。そして香坂は重い腰を上げた。

「これから会議を始めます。議題はA大祭の企画です。約20日しか残ってはいませんが…」

「新賀くんのせいでね」

宮野は小声で言った。それを見て香坂は頭を気持ち下げた。

「いませんが、まあどうにかなるでしょう。まず、10日間でゲームのストーリーや大きな流れを完成させましょう。それは私とあと3人募集します」

真っ先に宮野が手を挙げた。

「じゃあ、宮野さん。他は?」

少しして、2人が手を挙げた。

「じゃあ、そこの2人。決定ね。残りのみんなには小謎を使ってもらいます。何を使うかはコンペで決定します。1次審査はストーリー制作班4人で行います。決勝審査は全員で行いましょう。小謎の条件を言います。メモしてください」

聴者たちはメモ帳やスマホを取り出した。

「小謎は3から4桁の数字、4文字のアルファベット、パズル型です。その他にも使いたいものがあれば出してください。検討します。また、その数字や単語によって謎を変える場合もあるでしょう。ストーリー制作班が大体のストーリーを完成させたらSNSのグループチャットで送信します。5日くらいかかりますが、ご了承を。最後にタイプを決めます」

香坂は黒板前に立った。そしてチョークで「公演型」「部屋型」「ペーパー型」「散策型」と書いた。

「公演型は物語に沿って脱出ゲームをします。部屋型は物語はなく、脱出する場所は狭めです。ペーパー型はそのままテストのような感じ。散策型はキャンパス内に散りばめます。意見があれば」

1人が声を上げた。

「散策型は厳しいでしょうね。他のサークルにも協力申請必要になりそうだし、それには期間が短い」

「異論は?」

ありませえんと、色々なところから上がった。

「じゃ、これは無し」

香坂は「散策型」を横線で消した。


そんなやり取りをした末、最終的に公演型になった。

「じゃ、決定。解散」

「あ、ちょっと!」

宮野が皆を引き止めようとした時には、すでに半分がどこかへ行ってしまっていた。

「全くもう。なんでいなくなっちゃうのかしら。新賀くんくらいは早速ストーリー書くわよ!」

と横を向いたが、やはり香坂もどこかへ行ってしまっていた。

「ああもう!本当にムカつく!」

宮野は空の部屋を仕方なく出て、帰宅してしまうことにした。

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