烏頭幸一3

ピンポーン

広いリビングにチャイムが響いた。

「はいはい…」

烏頭は重い腰を上げた。

「久し振り。幸一」

「直樹じゃないか。もう何年会ってなかった?」

「そうだな、最後に会ったのは俺たちが大学1年の春だったからな。10年くらいか」


スーツ姿の男は渋谷直樹。高校時代、烏頭と3年間同じクラスだった。口数が少ない者同士、何か通じるものがあった為か、1年生の時からずっと仲が良かった。

しかし大学が別々になり、特段共通の趣味があったわけでもなかった2人は、渋谷の一人暮らし祝いに鍋をつついた以来、再開することはなかった。


「直樹。お前、今は何やってるんだ」

「ああ、実はなこういうものなんだ」

渋谷はスーツの内ポケットに手を入れた。そして、それを烏頭に見せた。

「あ、警察官か。街のヒーローか。いや、お前のことだ。エリートコースで街だけじゃ物足りないかな?」

「物足りないって言い方はないがな。まあ、賢いやつならそうするだろうが、残念な事に頭の良さと賢さは違うんだな、これが」

「ほう。じゃあ交番勤務か?」

「いや、本庁勤めさ」

「というと?」

「捜査一課にいるんだよ。入る所くらいを選べる頭の良さはあったからな」

「捜査一課といえば警察の花形じゃないか。おっと、こんな所で立ち話もなんだな。入ろう」

烏頭は渋谷を応接間に通した。


「何か飲み物を。コーヒーでいいか?」

「ああ、ありがたい」

「ミルクと砂糖は?」

「ブラックでいい。ダイエット中なんだ」

烏頭は2杯分のコーヒーを淹れて、テーブルに置いた。

「しかし直樹が刑事ね。もう色々捜査とか参加してるのか?」

「ああ、まあね。捜査一課は頭の良さも勿論だが、足を動かさなきゃならないんだ」

「なるほどね」

「お前は相変わらずパソコン弄ってるのか?」

渋谷は微笑を浮かべながらコーヒーを一口だけ飲むと、背もたれに大きく寄りかかった。

「そんな言い方やめろ。ニートみたいじゃないか。まあ、否定はできんがね」

「新作も出し続けてるようじゃないか」

「なぜ知ってる?」

「一応高校時代の親友だからな。生存確認代わりさ」

「じゃ、更新が途絶えたらお前が捜査してくれ」

烏頭はそう言って笑った。

「お前は本当に何か起こりそうだからな。ダイイングメッセージはなるべく簡単にしてくれ」

「承知したよ」

そう言って烏頭は一気にコーヒーを飲み干した。

そして、体を前に出した。

「それで。突然アポも無しに現れるなんて、何事だい?」

「いやね。ちょっと近くに寄ったものでね。」

「事件か?」

そう聞くと、渋谷も体を前に倒した。

「まだ捜査も初期段階だから、軽く聞き流せ。この近くの大学で行方不明になった奴がいてな」

「A大のことか?」

「ああ。まあな。大学生だから、家出とかなら子供じゃないし、そんな深刻に考えもしないんだが…」

渋谷は顔を下に落とした。

「勿体ぶらずに言えよ」

「あ、ああ」

そして、ゆっくり顔を上げ、声のトーンを落として言った。

「この1ヶ月に3人もいなくなってんだよ」

「なんだって?」

つい、烏頭は声を大きくしてしまった。

「2人は男、1人は女。こいつらの関係は全く見つからなかった。まあ、当然の事ながら同じ大学ではあるがな。だが、それだけなんだ」

「時期は?」

「細かいことは言えない。すまないな。ここ1ヶ月だという段階までだ」

そういうと、渋谷は元の姿勢に戻った。

烏頭も背もたれに寄りかかり、足を組んだ。

「で?それを言いに来たのか」

「いやいや。ただ近くに寄って、懐かしくなっただけさ」

そう言って渋谷はコーヒーを飲み切った。

「じゃあ、これで。久し振りに会えて良かったよ」

渋谷が立ち上がった。

「おいおいちょっと待て。俺に事情聴取は要らないのか」

「お前、何か知ってるのか?」

「いや、全く何もない」

「だろうね。引きもりには最初から期待してないよ」

「悪かったね、冗談だ。暇があったらいつでも来てくれ。基本は家にいる」

「おう。時には外でろよ」

渋谷はそう言って玄関まで行った。

「じゃあ、また会おう。あ、そうだ。連絡先、交換しよう。スマホに変えたからSNSが使える」

「そうだな」

2人は互いの連絡先は登録した。渋谷はカチリと電源を落とし、ズボンのポケットにしまった。

「じゃあな」

「おう」

わずか20分の再会であったが、烏頭は大いに満足した。


「ふう。突然の訪問に疲れてしまったが、疲れた甲斐はあったな。あ、今度のA大祭にあいつも誘っときゃ良かったかな…」

そう独り言を言った烏頭は座って少しボーッとした後、連絡先を交換したことを思い出した。

「あれ、警察の非番って土日だったっけ…」

と思ったが、とりあえずの誘うだけ誘ってみようと、メッセージを送った。

【さっきはありがとう。今度のA大祭に誘われたんだ。謎解きのイベントがあるらしい。よかったら一緒に行くか?日程は◯日と◯日の2日だから、空いてる日教えてくれ。】

数分後、返信が来た。

【本当か?嬉しいな。2日目の方がいい。もし、緊急の何かが起こったらドタキャンするかもだから、そうなったらすまない。】

烏頭は友人との遊びという、久し振りのイベントに、少し心を浮かせた。

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