ウィンター・プリンセス2

マービルはいつになく元気がなかった。

肩を落とした様子の彼をみたダンはそっと肩を組み、尋ねた。

「マービル、なんだが元気ないな」

「ああ、ダンか。分かるか?」

「まあな。よし当ててやるよ。そうだな…どうせお前のことだ。原因は女関係なんじゃないか?」

マービルは歩みを止め、大きく溜息をいた。

「どうだ?当たったろう?」

「頼む放っといてくれ。独りで考え込みたい時だってあるんだ。」

「振られたのか?それならどうよ、今夜あたり一杯行かないか?カワイコちゃんが集まる場所知ってるぞ」

「いいんだよ、ダン。一言で言うなら、何もしたくないんだ。無気力そのものさ。」

「無気力だからって、何もせずにいたってそのままだよ。悪いことは言わねえからさ、遊ぼうぜ。そうだ、気力が出ないなら滋養のあるもの食って元気出そうぜ。ほら、トニオンストリートに新しく店入ったろ。そこで今日は飯食おうよ。女が嫌なら俺とだよ。奢ってやるよ」

「分かった、分かったよ。君についていこう」

「そうこなくっちゃ。仕事終わったら会社のロビーで待ち合わせよう」

ダンはマービルの肩をポーンと叩くと自分の仕事場へ行った。マービルも肩を落としながら、入っていった。


「マービル!何してるんだ。計算がグチャグチャじゃないか。どうやったらこんな数字が出るんだね」

カンカンに怒ったチーフがマービルの机に書類を叩きつけた。

「いつもしっかりしてるから、危うく見逃すところだった。」

「はあ、すみません。」

「いいか、今回の件は一つ一つ完璧にこなしたいんだ。特にな。相手先は本当に厳しい奴らなんだ。少しでもこっちに非があればとことん追求されちまう。だが、その分儲けもとんでもなくでかい。しっかりやるんだ!」

マービルは声も出さずに、頭を下げた。

チーフは強い足取りでドカドカと自分の机に戻っていった。


「マービルさん、珍しいですね。あなたが怒られるなんて」

話しかけてきたのは後輩だった。

「俺だって人間なんだ。毎度毎度完璧にこなすのは難しいさ」

「それはそうですけど。まあ僕はいつも怒られてますけどね」

「今日はちょっと疲れてるんだ。仕方ない。明日から切り替えるよ」

「お、じゃあ一杯やります?」

「すまないな。是非そうしたいところなんだが、先客がある」

「そうですか…あ、それだったらそこ連れてってくださいよ!」

「悪いな、今日ばかりはそいつと2人で話したいんだ」

「そうでしたか…もしかして彼女さんですか?」

マービルはそれを聞くと机をドン!と叩き、大声で言った。

「違う!そんなんではない!」

あまりの圧力に周りの空気はシンと静まり返り、フロアの視線は一点に定まった。

「あ、す、すまない。大声を出してしまった。違う、友人だし男だ」

「そ、そうですか。なんか余計なこと聞いてしまったようで…」

後輩の男は姿勢を低くすると、逃げる様に自分の持ち場へと戻っていった。


夕暮れ時。マービルがロビーへ行くと、ダンは椅子に座って新聞を読んでいた。

「お待たせ。何を読んでるんだい?」

「おおマービル。遅かったな。別に何を読んでるわけじゃないさ。ここではこれを読むことが似合う。それだけ」

「そうか。じゃあ行こうか」

「おう」

ダンは新聞を自分の鞄にしまうと、大きく伸びをして会社を出た。マービルは後に続いた。


トニオンストリートは市内で一番の飲屋街だ。夜が増してくる毎に、徐々にスーツ姿の男たちが集まってきた。街も不思議なことに太陽が沈む毎に、明るさを帯びるのであった。

「ほら、ここの店だよ。いい酒置いてるってうちの部署じゃ話題だぜ?」

「へえ、日本料理のお店?珍しいな」

「ここには日本のサケ・・が置いてあるんだ。今お気に入りなんだよ」

ウキウキで暖簾をくぐるダンの後ろを、マービルは顔を下げながらついていった。

中は暖かい色の光に包まれていた。カウンターに座ると日本人のマスターがお茶を出してきた。

「いらっしゃい。ほら、日本のお茶だよ。ゆっくりしていってくれ」

2人は渡されたメニュー表を見て、とりあえずサケを頼むことにした。

「マスター、オススメのサケは何?こいつ女に振られて元気ないんだ。元気になるやつくれよ」

「おおそうなのか。残念だったな。だがまだ君は若いだろ。1人の女に振られたくらいでクヨクヨするな。ほら、日本のサケ。今日はいいの入ってるから、クッと行け!」

マスターがドンとコップをマービルの前に置いた。

マービルはまた小さく溜息をつくと、一気に飲み干した。

「おおマービル、いつにも増していい飲みっぷりだな。よほど女が惜しかったと見えるな」

ダンがそういいながら笑う隣で、マービルは少々呻きながら泣いていた。

「そ、そりゃあよ、俺だってあいつが最初の女だったわけじゃあないさ。今まで何人もの女を愛したさ。今回の奴だって、初めてベッドで一緒になった日にはもう、永遠には続かないって分かってたよ。でもよ、でもよ…」

ウー、と言いながら顔を突っ伏し、泣いた。

「ほらよ。今日仕入れた新鮮な魚だ。サシミにして食うと美味いから」

「おお、美味そう!マービルは食わねえようだから俺が食べるわ」

ダンは刺身を食べながらマービルに話した。

「なあよお。そんなにお前を惹きつけた女ってのはどんな奴だったんだ?可愛かったのか?ブロンドか?」

「彼女は全てが美しかった。言うならば芸術作品だよ」

マービルは顔を上げ、目元をぬぐいながら言った。

「黒くて艶のある髪の毛、蒼く輝く宝石のような瞳、細すぎず太すぎず魅力的な体…そんなどこぞの小説に出てきそうな、そんな女だった。特に…」

マービルはヒヒヒッと笑った。

「くち…」

「はあ?くち?」

「いや、口付けの瞬間はな…」

「気持ち悪いなあ。そんなんだから振られるんだよ。マスターおかわりね」

ダンはからになったコップをマスターに手渡した。

「お前ももっと飲まないと、次飲むまでに俺がこの店の酒全部飲み干しちまうぜ」


この日、もとい、次の日彼らが帰ったのは午前4時のことだった。

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