3話 イメージというくだらないもの
「お前、弱なったなあ?」
そんな声が聞こえた気がした。
イメージっていうとあんたはまず、何を思い浮かべる?
何でもいいんだ。動物でも家族でも自分でも、それ以外の何かでも。
ただ、俺が聞きたいのは、「強い思い」を感じたときに、
どんなことを、具体的でも抽象的でも考えるのかってことだ。
ある人はスーパーマンを思うかもしれない。
ある人は孤独をおもうかもしれない。
ある人は、ふとした『一瞬』を考えるのかもしれないな。
そんな中、俺は、
『何か人ではない何か』からひたすら傷つけられる妄想をよくしていた。
傷つけられたいわけではない。かといって逃げたいわけでもない。
ただ、よく分かってもらえないかもしれないが、
苦痛にならない、苦痛が欲しい、とでもいえばいいのか。
とにかく、俺はーー枯草という男は、卑屈な奴だったから、そんなくだらないことで、自分そのものを「美化」していたんだと思う。
さて。そろそろ自分が語りにも飽きてきたから、物語を語ろう。
のちに、不幸とさえ呼ばれる、止まない雨の話を。
雨が、降っている。
けらけらけらけら……。乾いた笑い声がかすかに聞こえる。
痛い。かゆい。
かすかに動く目を動かすと、自分の体がどんな状況に置かれているのかが
分かった。
打撲、が数ヵ所。多分両腕は折れている。
着ている服は泥やら埃やらで、薄汚れている。
コンクリートの上?
石畳のようにも思えるのだが、まあ、どうでもいいか。
どうやら、俺は、また負けたんだということを確認する。
多数の考え方が気に入らなかったから、反発した。
したら、ほら、「正義のヒーロー」とやらが俺を退治しやがったらしい。
ん? ああいや、この世界に超人的な力はない。
比喩ってやつさ。わかるだろ?
それで、そんなことはどうでもよくて。
問題は、
「ねえ、キミ、起きてるの?」
さっきから、変な奴が俺のそばにいることだ。
「起きてねえよ。」
「怪我してるね、ねえ大丈夫?」
「平気だ。」
「へえ! じゃあここで寝てるのはなぜ?」
「思春期さ。」
「……、更年期?」
「違う、思春期。」
「思春期だから、こんなとこで寝てるの?」
「ああ、そうだ。いろいろあんだよ、思春期には。」
「……」
「……、なんだよ?」
「キミ、ひねくれてんの?」
「いや、俺はまっすぐだぜ。先へと進むコイルのごとく。」
「それ、ねじ曲がってんじゃん。」
はあ、とその少女は笑った。
「雨、降ってるねえ。」
上を見上げて、少女は言った。
「もっと、ひどくなればいいねえ。」
意地悪のつもりでそう言うと、
「うん。そうね。」
少女は自分のセミロングの髪の毛をぬらしっぱなしにして、
すごく暖かい顔で枯草の意地悪を肯定した。
「物事にはすべて原因と結果がある。その点においては、天候っていうのは
数学よりも美しいわね。」
「美しい?」
「ええ、そう。たとえ、今日私が生きていなくとも、雨は今降ってる。」
「?」
「私なんかがいなくてもこの世界は生きているでしょう?それが、、」
すごく嬉しい。
「……自分が不必要ってことが、嬉しいわけねえだろ。」
「だから、君はそうなってるんじゃない。」
「じゃあ、 お前は何が楽しくて生きてるっていうんだ?」
「『知らないこと』」
「は」
「この世界には知らないことがたくさんある。」
少女はこちらを見て、
「数学の問題は解けても、何で自分が生きているのかまではわからない。
それどころか、君の心だって、分からない。私はキミを知らないし、君の傷がどれだけいたいのかも分からない。何もかも、分からない。そんな世界が愛おしい。」
「頭、おかしいんじゃないのか。」
「君に言われたくないなあ。」
少女はむすっとふくれた。
枯草は、それくらい駄弁って、有ることに気づいた。
「なあ、さっきまで笑ってたやつって、お前か?」
少女はきょとんとして「違うわ」と言い、
「あなたじゃない。気持ち悪く笑っていたのは。」
言われて、自分の顔が変な形になっていることに気づいた。
あ、俺か。
そんなことを考えていると、雨が強まってきた。
「それじゃあ、またね」
と少女は立ち去って行った。
「助けろよ」と言おうとした少年のつぶやきは、
雨の音に紛れて、聞こえなかった。
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