2話 弱い悪者のお話

 ある日、あるところに「悪い奴」がいました。

そいつはいつもいつも誰かを陥れることばかり考えています。

でも、肝心な能力が無いから、簡単に「正しい奴」に負けてしまいます。

そいつが負けるのを見るたび、人はげらげらと笑いました。

そいつはどこをとってもいいところなんか無く、

誰もが、あんな奴見たくはなりたくない。そう言いました。


勿論、「彼」も人間ですから、負けるたび、酷いほど泣きました。

でも、誰も彼を慰めません。なぜなら、彼は悪い奴だからです。

それを、彼自身もちゃんとわかっているから、

独りで泣いて、一人で泣き止みました。

ちなみに、彼はそれでも、「自分」を気に入っていました。

だから、生きていました。


ある日、彼は自分の間違いに気が付きました。

これまで自分のしてきたこと、考えてきたことが「独りよがり」であるということ

が、「正しい人たち」と戦う中で、彼は学んでいたのでした。

彼は急に自分のことが嫌いになって、ふさぎ込んでしまいました。

以前からやっていた「悪事」も、一切やらなくなりました。


そんな彼を見かねて、一人の「正しい少女」が手を差し伸べました。

いつものように、当たり前のように、他人から虐げられてきた彼にとっては、

彼女は、「正しい」でも「間違っている」でもなく、

ただの、光に感じられたのでした。


そんなことがあって、「彼」はとある決意をします。


『自分も、正しい人間になりたい』


彼はそのために努力をしました。

彼はいかんせん弱い人間でしたので、他人と比べいくつかの欠点があるのです。

、いつかは自分も正しくなれるのだと信じて、努力しました。ずっとずっと一人でその頑張りを続けます。


頑張って頑張って……、やっとのことで彼は「普通の」人間と呼べるだけには、

自分に空いていた「穴」を埋めることができました。

それで彼は「皆」と同じ土俵に立つことになります。


「皆」と比べ、やはり、愚鈍と呼ばざるを得ない「彼」はそこでも嫌われました。

『そこ』そこというのはつまり、「皆が集まる場所」のことです。

昔の彼であれば、自分を嫌う、自分を見下す「皆」に敵意をむけたことでしょう。

でも、彼はまっとうになることを望んでいたので、じっと他人からの「悪意」を

受けるだけで、他に何もしませんでした。

たとえ自分が愚鈍であろうと、いつかは優秀になってみせる。

たとえ自分がかっこ悪くても、いつかはかっこつけてみせる。

ずっと負けることしかできなくとも、いつかは勝利してみせる。


そう強く思って、じっと頑張って生きていた時のことです。

雨が降りやまなくなった、一か月に。

傘もさして歩いている最中、

傘もささずに、ぽつんと一人で突っ立っている少女を見つけました。

ああ、あの時の。

過去に「手を差し伸べてくれた」少女が、そこにはいました。

彼が、彼女に傘を貸してあげようとすると、彼女はそれを拒んで、

「ねえ、あんた、生きてて楽しい?」

「……、楽しくは、ない。」

彼も毎日頑張ることしか思いつきません。

「なんで、そんなこと聞くんだ?」

「いいえ? 別に。ただ毎日つまんなそうだなあって思ったからさ。」

「……、余計なお世話だ。それよりなんで傘持ってないんだ」

「いらないから」

少女はその場で両手を開き、

「こうしたほうが、気持ちがいいんだ。」

「訳が分からねえ。」

「それでいいよ、別に。」

すると少女は彼に向き直って、、

枯草かれくさは、自分が『何者』なのか、分かる?」

と枯草という名前の少年に尋ねると、

「俺は俺だし、お前はお前だろう。そんなこと考えて何になる?」

「『何か』になるんだよ。君はまだ、知らないんだ。」

「何を」

そう聞くと、少女はすごく穏やかな目になって

「『自分以外の自分』をだよ。」

そういって笑った。









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