第二章 あなたは今、注目の的ですから

1

「―――――そぉらぁあっ!」


 地を這う剣が尾を引く線で円を描き、俺を取り囲むスライムとゴブリンの群れを薙ぎ払った。同時にスライムの体液が飛散。辺りの岩や草木をじゅわじゅわという音をたてながら溶かす。 

 それを盾や軽いフットワークで躱して、俺はモンスターの死骸の中から「コア」と呼ばれる結晶体を短剣で取り出した。腰に下げていたおそらく羊か何かの皮で作られた袋に詰め込む。

 これで街へ帰って、ギルドに持って行くとようやく金になる。コアを取り除かれたゴブリンの肉塊が派手な効果音を立てて光の粒に変わっていくのを見届けながら、金を稼ぐって大変だなぁと俺はしみじみと思う。

 というより、まさかこんなところで躓くとは思っていなかった。

 そう、こんな事は想像していなかったのだ。

 モンスターの群れる森を抜け、街の門からでもよく見える古風な造りのギルドまでの一本道を歩きながら、これまでの事を振り返る。

 俺は元生徒会準備室の窓から抜け出した後、まず何日も歩く事になったのだ。距離にしたら時速四キロメートルとして考えても二〇〇キロほどあるだろう。フルマラソン距離を五時間かけて走るより辛いんじゃないだろうか。

 途中に実った木の実もなく、かと言って食えそうなモンスターなんてこれっぽっちもいない。オークは豚に似てるとか言うけど、喋るしとてもじゃないが食えないね。ゴブリンもまた然り。

 唯一助かったのは、綺麗な湖があった事だ。水分がないと、人間は一週間もいきられないからな。

 別段、尋常じゃない暑さとか寒さとかもなく、あの自称大魔王から貰った武器のおかげでモンスターにやられる事もなかったが、それでもあほみたいにキツかった。

 どうやらここのモンスターっていうヤツら(勝手にそう呼んでいるだけだが)はサメとか見たいに血の匂いにとても敏感らしい。

 何ともなしに俺はとにかく襲ってくるモンスターを千切っては投げ、千切っては投げを繰り返していたのだが、それが逆にモンスターと出会う機会を増やしていたみたいだ。

 と言うかそもそも、普通、転生地もしくは転移地は街中だと思うだろ?馬鹿言うな。「森」ダンジョンの中だこの野郎。

 まさかそんなに距離があると思っていなかったので、昼食用に持って来ていたチョココロネは出発前に腹の中へぶち込んでしまっていた。

 二日ほど歩いたところで空腹のあまり、道中で見つけたカラフルなキノコを食べようとしちまったぜ。あ、でもこれで手から火の玉とか出る様になるとか、それこそ身体がでかくなるとかだったら迷わず食ってたなけどな。

 そんなこんながあって何とかたどり着いた最初の街。

 ここ、大河の水を街中に張り巡らせた水の都「アルカナ」。

 「迷宮」と呼ばれるてっぺんが見えない程の高さの塔の麓にあり、(聞いた話だが)この異世界で商業が最も発展しているところだ。

 俺が今歩いているメインストリートはレンガ造りの商店街で、そこらに独特な形の船の浮かぶ水路があり、街中は常に市場の様な活気ある声が飛び交っている。時折鼻腔をくすぶる香ばしいにおいはおそらくパン系統のものだろう。

 ちなみに、もしここに迷い込んだ他の日本人の為に一応言っておくのだが、このアルカナの人たちはやたらとケチだ。

 空腹状態でダメージを受けている俺がプライドを捨てて食料を今だけ恵んでくれないかと懇願したのに、こいつらと言ったら「ゴミが」の一言。

 まあ、だから俺が街に来てそうそうにフィールドダンジョンに潜り込まなければいけなくなったのだが。

 とりあえず、今の俺は今日刈り取ったコアをギルドに引き換えに行かなければ飯も食えない状態にあったのだ。

 太陽が昇っている時間帯は常に開けっ放しのギルドの扉を抜けて、俺は美人のお姉さんのいる受付カウンターへと足を運ぶ。こういう受付嬢には美人しかいないのはどこの世界も同じなのだろうか。


「すいません。これ換金してください」

 

 俺はそう言って、袋から持っている分だけのコアを取り出した。流れる様なブロンドの髪を一つにまとめて右肩からおろしているそのお姉さんは、にっこり笑顔で「ご苦労様です」と言いながらそれらを専用の機械に入れていく。昔は一つずつ丁寧に、魔法を使って測っていたらしいのだが、今や見る限りレジ打ちより簡単そうだ。ところでそのデコレーションされた爪は攻撃力高そうですね。

 そんな事を思いながら待ってると、


「合計で三六〇ピーアです」


 日本円にして三六〇円。分かりやすいな。………って、そうじゃなくて、


「えっ?これだけですか?」


 コアは本来、倒した魔物のレベルによって大きさが変わるが、金額はその重量によるものになるらしい。

 重量×0.1倍。ユーチ〇ーバーかよ。

 だが、それにしてもこの査定はおかしかった。

 俺が今回持ってきたのは少なく見積もっても一〇キログラムはあったはずだ。というより、明らかに対価に見合っていない。

 しかし、このアルカナの冒険者事情は想像以上に厳しいものらしく、


「今時、コアの換金率は低いですからね~。」


 受付のお姉さんは少し困った様に眉を八の字にしながら言った。

 これは後から聞いた話だが、やはりこういうのも自称大魔王いう「異世界が異世界である為の成分」の不足の原因の一つらしい。

 昔はこの魔物から得たコアを利用して魔剣や杖を作り出していたらしいのだが、今やすっかり機械化。それに伴う冒険者の減少が原因で、コアは必要とされなくなってしまったようだ。

 悲しいかな異世界生活。

 俺は男子高校生の空腹を満たせないくらいの小銭を受け取って、先ほどの商店街を向かう事に相なった。



 アルカナは大きな都市だけあって、とにもかくにも物価が高い。三六〇ピーアでどれくらいパン———ここでは「ブロット」と呼んでいたか———を買えると思う?

 コンビニで売っているサンドイッチなどは大概二〇〇円くらいだ。しかもそれは、二つセットの値段。

 だがしかし、ここでは今の俺の手持ちの金では味のついていないブロット一斤しか買えなかった。思わず俺もブロット屋さんを始めようと思っちまったぜ。

 とまあ、何が言いたいのかと言うと、俺のさっきまでのモンスターとの戦闘では、朝昼晩きちんと三食食えないという事だ。結果的にこのエクスカリバー(俺命名の最強の剣)とイージス(俺命名の最強の盾)をもらった代わりに結んだあの自称大魔王との約束も果たされない事になる。いくら敵からの攻撃を受けなくても、それより先に餓死してまうからな。

 だからゴブリンとかスライムとかを数倒していく安全だろうが効率が悪い金儲けを止めて、ここらでドーンとドラゴンとかをさくっと倒して一攫千金を狙う事にした。

 ここで、上級討伐クエストを受けるまでの手順を説明しよう。


 その一、ギルド本部へと向かう。

 さっき、俺がコアの換金を行ったのは、このアルカナにいくつかあるギルドの支部だ。

 その二、コルクボードみたいなやつに貼ってある中の受けたいクエスト用紙を受付のお姉さんにそれを持って行く。

 試してはいないが、その際に「スマイルください」と言ってみるのもありかもしれない。

 その三、ギルド本部内の壁に掛けられている自分の冒険者番号(マイナンバーみたいなものだ)が書いてある札を

裏返す。

 これは、もし数週間経ってもそのままならば、その冒険者の生死が不明であると見てすぐ分かるためだ。だから、冒険から帰ってきたら再びひっくり返さなければならない。


 と、この三つがクエストを受ける為の最低限しなければならない事なのだが、それにしてもクエスト掲示板の更新

履歴は数年前から全く変わっていない。

 きっとそれは冒険者が目に見えて減少しているのと大きく関係しているだろう。

 あの自称大魔王が言っていた事も良く分かる。

 耳にうるさい工場特有の機械音。

 オシャレな服で身を包む屈強な男ども

 物干しざおにされた杖に剣。

 インテリアの一つにされた水晶に盾。


 —————「異世界」らしくなかった。


 今もなお、この世界は水平線の果てから徐々に闇に飲み込まれていってるらしい。誰一人、それに気が付くことなく。

 まだここに来て数日でこの街にそれほどの愛着が湧いているわけではない。それでもやはり、俺にも他人と言えども一つの命が失われるのを見過ごせないくらいの人情というものはあるのだ。

 誰かを救う。それはもはやあの自称大魔王に言われたからそうするわけではない。

 らしくもなく、俺はぐっと拳に力を込めた。

 過剰摂取させてやるぜ「ファンタジーα」………。

 とりあえずの目標は俺の「知名度の上昇」だな。


………いや、とりあえずは資金を集めか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る