3
生徒会室は本校舎の二階、中央階段を一つ上がった目の前。体育館からは歩いても五分とかからない距離にある。
とりあえずノートがそこに確実にある事に安心感を抱きながら、俺はプライバシーの侵害というのを知らないであろうヤツのいる生徒会室に向かった。潜入捜査でもする警察みたいな気分だ。
そんなくだらない妄想に浸っていると、案外体感時間的には早く着いた。一応、コキコキっと指を鳴らしてから生徒会室の扉をノックする。
「どうぞ」
凛とした声だった。
了承を得てから生徒会室に入る。
そして俺は目の前のそいつに、いや、そいつの姿に唖然とした。
顔とスタイルだけ見ればその辺のモデルと言われても分からない程整っていた。誰が見ても「美人」と言うだろうな。だが、理由はそれじゃない。
目の前のそいつはセーラー服に、魔女がかぶってるような真っ黒な帽子と木製の杖を合わせていたのだ。どんなファッションだこれは。コスプレか?っていうか、魔法使いなら魔法使いらしくしろよ。何で杖の頭に釘がめちゃくちゃ刺さってんだおい。
とりあえず俺は殴られるケースも考えて財布を確認した。んー英世さんが三人………。よし、靴舐めくらいはしよう。
そんな命乞いの手段を思いつくだけ頭に浮かべていると、目の前の彼女はその暴力的な杖を床に置き、手を胸の前で組んだ。教会で神様にお祈りする敬虔な信徒の様だ。
その姿は誰から見ても美少女だが、これ以上接近するのは危険だと判断した俺は一歩後ずさる。もしかしたら彼女はナイフを振りかざす系のヒューマノイドインターフェースかもしれないからな。この場合間違いなく、俺は誰にも助けてもらえずに死ぬ。
俺は咄嗟に警戒の色を表すべく「ガルルルル……」と威嚇。しかし、彼女は臆することなく俺が後ずさった分、いや、それ以上に歩みを進めた。目をつぶればキスしてもらえそうな距離だ。
そうなってしまってはもう、命の危機なんて些細な事だ。だが、実年齢=恋人いない歴の俺にとってはその距離は刺激が強すぎる。それはもう、
「な、何でしょぉう??」
声が裏返るほどに。
しかし、明らかに動揺する俺に彼女は瞼の一つもピクリともさせなかった。それどころかその薄く形の良い唇を開き、とんでもない事を言ったのだ。
「―――――君に世界を救って欲しい」
生きているうちで「耳を疑う」という経験を実際にする人はほとんどいないだろう。
本当に嬉しい報告は「ほんとに!?」とか言いつつもそもそも疑わないし、悲しい報告もまた絶望するのに精一杯で疑う事をしない。他の状況もまた然り。
当然、俺もそんな事はないと思っていた。
しかし、俺はどうやら少数派らしい。
だから別段良く聞き取れなかったわけではないし、難聴系主人公よろしく重要なところだけ聞こえないわけでもない。それなのに、
「―――――――え?なんて………?」
こんな事を言ってしまったんだ。できればこのセリフはハーレム時に言いたかった。
だが、時すでに遅し。
この時の俺はオタク全盛期だったのだ。
高校生になり就職や進学という現実を見始めたのだが、それでも異能力やチートスキル、異世界にあこがれを抱いてしまうのだ。
だから俺は自分の耳を疑って、非日常への少しの可能性に賭けてその疑いを自ら晴らす様な事を口から発してしまったんだ。こう言う前なら後戻りできたかもしれなかったのに。
後悔先に立たずとはまさにこの事。本当に後悔するのはもう少し先の話だが。
彼女ははあ、と一つため息をつくと、深刻そうに語り始めた。
「今まさに、我々の世界では深刻な問題があるの」
「話が唐突過ぎてわからん。かいつままずに最初から説明してくれ」
「年々減少する冒険者」
「おい」
「発達する科学」
話を聞いてもらえないのだが。
「そう、我々の世界は今、消滅しかけているのです」
どうやら俺の言葉はこいつの耳には一言も入っていかない様だ。
「それを救うにはあなたの助けが必要なの」
とりあえず俺は話の続きを促した。
「それには俺は何をすればいいんだ?」
「どんなものでもサクッと切れる剣とどんな攻撃もビシッと防ぐ盾をあげるから、上手い事やって盛り上げてちょうだい。そしたら『ファンタジーα』ってのが出るからそれで世界を救うの」
いや、こいつは単に都合の良い事しか聞こえない
「ちなみに、異論反論その他抗議の類は一切受け付けないから」
付け加える様にそう言うと、彼女はさらに俺の方へと指を突き立てて、
「いいから救って。救ってくれないと、このノート」
「扇情的」という言葉をそのまま表したような身体のどこかから俺のノートを取り出し、
「君の氏名、生年月日、住所、親族関係、略歴から何から何まで記載して、君と接点がある全ての人間にばら撒くからね」
さっきまでとは打って変わって、満面の笑みでそんな事を言った。
一瞬、そのマシンガントークに固まってしまったが、当然、俺は冷静に抗議したさ。
「やれるもんならやってみやがれバーカバーカ!」
動揺し、冷静さを欠いた男の図がここに。
しかし実際、そんな事が出来るとは思えなかった。だってそんなのは一二月二四日の晩から翌日の二五日の明け方までに全世界の子供たちにプレゼントを配り終える事の出来るサンタクロースにほど近いレベルの能力者じゃないと不可能だからだ。システムスキャンしたらレベル4ぐらい。
しかし彼女は格闘家向けの杖を拾うと、
「ふ~ん。いい度胸ね人間。この『大魔王』に出来ない事があるとでも?」
自信ありげにふんぞり返りながらそう言った。どうやら彼女は大魔王だったらしい。
今のところ「大魔王」要素は皆無なんだが。………いや、傍若無人という点とこいつの持ってる杖にはよく現れているかもしれないが。
というか、俺はこの時、こいつがこんな事を大々的に公表しても「美少女で中二病って実在するんだ」程度に思っていた。
だが、俺は自分の安い挑発のせいで、今度は目を疑う事になる。
彼女は俺ににやりといやらしい笑顔を浮かべると、ノートを持ったままくるりとその場で俺に背を向けた。そのまま生徒会室に隣接し、部屋の内部でつながっている生徒会準備室に駆け込む。
「おい!ちょっと待て!」
すかさず俺も追う。本当にそんなサンタクロースまがいの事が出来るというのならぶん殴ってでもやめさせる必要があるからな。
しかし、あいつが入ったはずの生徒会準備室には誰もいなかった。俺がその部屋に踏み込むとバタンと大きな音をたてて扉がしまる。
「閉じ込めて何の意味があるんだか………」
俺は目の前の誇り臭い虚空に向かってそう呟いた。
俺は外で待っていればいつか出てくるだろうと振り返った。こういうのは狭い部屋の中を探すよりもはるかに効率が良いのだ。どうせあいつもこの扉を通らない限り家には帰れない。
生徒会準備室を退室しようとドアノブを探す。
「って、あれ………?」
無い。というか、そこにはなにやら古代文字のようなもので埋め尽くされた掛け軸がかかっていた。
忍者屋敷方式か?そう思って捲ってみる。ほう………、扉は無かった。
ならばと俺は、少し高い位置にある大人一人がようやく通れるような窓から外に出れないかと思い、そこから外の景色を見た。午前九時過ぎの事だ。
目に映るのは海に沈む寸前の1日仕事を終えた真っ赤な夕陽、それに照らされた活き活きとした木々。その木々に止まり、沈む夕陽にチュンチュンと別れを告げる色鮮やかな小鳥達。そして翼をめいっぱい拡げて空を優雅に游ぐ、口から炎を吐くドラゴン。
うーん、ここから見える景色は最高だな。
………ドラゴン?
「おわっ!?」
思わず俺はのけ反って尻もちをついた。そのまま後ずさる。
いや、だって、そんな、まさか………。
正直、目を疑った。ドラゴンだぞ?
しかし、夢かと思って自分の頬を抓る余裕なんてなかった。
咄嗟に室内を見渡すと、高校の剣道部にしては上等すぎる竹刀いや、剣や、オカルト研にしては凝りすぎているような光の玉が周りを飛び交う杖がずらりと並んでいたのだから。
「信じてもらえた様ね、人間」
何処からともなく発せられた声が響き渡る。その声に俺はばっと振り返った。
そこには、ついさっきまで姿が見えなかった自称大魔王がいた。セーラー服の襟を立ててバカにした様な目でこちらを見つめながら、
「セーラー服の襟って、どうしてこんなに大きいのか知ってる?」
そんな事を聞いてくる。今はどうでもいいだろそんな事。そんな事よりまずは説
明して欲しいんだが。
「どうしてだろね」
しかも知らないのかよ。なんであんなバカにしくさった顔をしたんだ。
全国のセーラー服を着る学生諸君、せっかくなので教えておいてやろう。あれは遠くの音をよく聞こえるようにするために常備されているらしい。
それよか、俺は本当に「異世界」とやらに来てしまったみたいだ。所謂「異世界転移」ってやつだ。死んでないはずだから「転生」じゃない。スライムにもなってないしな。
今さら異世界ものかよって若干思ったが、これでもう俺はこいつの今までの電波な言動も信じざるを得ない。
どうしてそんなに呑み込みがはやいのかって?
さっきも言ったろ。
最強の武器に最強の防具だぞ?それも異世界転生だぞ?
そう、俺は嬉しい事をわざわざ疑ったりはしないのさ。
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