第一章 大魔王っていうのはセーラー服を着ているものらしい

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 サンタクロースがどうとかこうとか。そんな聞き覚えのあるプロローグを頭に浮かべながら、俺は綺麗に舗装された道をまるで給食がカレーと分かっている時の小学生のごとく歩いていた。その足取りは軽く、なんなら勝手にスキップだってしてしまいそうだ。

 なにせ今日からは待ちに待った高校生。

 自分で言うのも何だが、俺はそんなに容姿は悪くない。むしろ、良いといっても過言ではないんじゃないだろうか。

 髪だってサラサラだし細軸眼鏡も掛けていない。まあ、どこがイケメンの要素なのかと聞かれればその二つしか思いつかないのだが。それでも、勉強もスポーツも人並み以上に出来る。

 そう。俺は美少女幼馴染みとブラコンの妹がいない事を除けば、完璧にほど近い人間なのだ。

 もしそうでなくても高校生というのはツインテールから、清楚な黒髪な美少女まで男女問わず誰もが年中発情期。俺くらいのレベルであれば自分からアクションを起こさなくても、彼女の一人や二人は出来るのは宝くじで三〇〇円当たるくらいの確率だろう。

 そんな夢にまで見た高校生活を思い浮かべながら、長い直線を道なりに進んでそれから左折。右手に見えてくるのが、今日から俺が通うところだ。

 創立一〇〇周年を謳うその高校は、住んでいる地域ではかなり上位の進学校だった。強いて偏差値で言うのなら………そう言えば、偏差値とSAN値って実は反比例しているんじゃないだろうか。

 まあそんなこんなの事を考えていたら校門なんてとっくに通り越して、一年生から三年生までが一年間のうちの四分の三ほど利用する下足場に到着していた。まだ糊の効いたカッターシャツを着た新入生の間を抜けて自分の下駄箱の前に出る。

 それほど身長が高いわけではないが一応確認程度で背伸びして辺りを見渡すと、当たり前の事だが茶色や金色の髪の少年少女は見当たらなかった。もちろん、青髪や赤髪も見当たらない。

 中学校では居なかったからもしかしたら高校ならと思っていたのだが、やはりそれはアニメの中だけだったみたいだ。

 別段、宇宙人や未来人や超能力者っていうやつがこの中にいるという事を望んでいるわけではなかったが、それでも「普通の日常」であると断定された気がして、俺はほんのちょっぴりがっかりした。

 俺はどこぞのラノベ主人公の様に、平凡な日常を心から願っているわけではないのだ。

 せめてへんてこな同好会の一つでもある事を願いながら俺は靴を脱ぐ。できれば部長がとてつもなく強い悪魔とかだったら嬉しい。

 登校初日なので背負っていたリュックサックから新品のスリッパを取り出す。って、それにしても人が多すぎないかこれは。

 脱いだ靴を回収するためにしゃがみ込む事もままならない。ちょっと屈んだだけで舌打ちされるくらいだ。

 それでも強引に靴を回収したのだが、俺はその場でリュックを閉めなおす事も出来ないまま人の波を掻き分ける様にしてなんとかコンクリートの校庭に出た。なんだか空気が美味しい気がする。

 持ってきた緑茶で喉を潤してから新しく買ってもらった腕時計に視線を落とすと、針は午前八時一〇分を指示していた。

 入学式まであと五〇分もある。校内探索でもしようか。うろうろとしていたらどこかの角とかで美少女とぶつかる事が出来るかもしれない。

 そう思い、俺は腕に掛けていたスニーカーの入ったビニール袋と手に持っていた緑茶の入ったペットボトルをリュックサックに直した。


「校内案内、校内案内っと」


 ついでに事前に郵便物と共に配布されたパンフレットを取り出す。

事態に気が付いたのはその時だった。

 冷たい何かが背筋を伝った。全身の血の気が一斉に引いて、額から脂汗が出る。

 上げてから落とされるのが一番キツいという事は重々承知のつもりだったが、まさかここまでのものとは思わなかった。


「無い………無い無い無い無い無いっ!」


 毎日を綴った日記?―――――違う。

 女子の顔偏差値表?―――――違う。

 名前を書けば相手を殺せるノート?―――――違う。

 それならまだよかった。

 だって俺が無くしたのは、中を他人に見られるだけで俺自身が死んでしまう様なノートなのだから。どうしてそんなものを学校に持ってきたのか、と言われれば何も言い返す事は出来ないのだが。

 でも、強いて言えば「夢の為」だろうな。想像以上に言ってて恥ずかしいなこれ。

 と、今はそんな事はどうでも良くて、俺は滑り止めの高校が不合格になったとき以上に焦っていた。中を見られたらせっかく合格した本命の高校に春から通えるにも関わらず、二日目から不登校になるかもしれないのだ。っていうか死ぬな。うん。死ぬ。

 俺は再び腕時計に視線を落とした。よく考えれば入場前の準備とか整列とかあるので計算するとあと三〇分も無い。いかん。このままでは華々しい高校デビューを飾る為に購入したエレキギターの六弦で本当に首を吊る事になる。

 俺は心当たりのあったところへと引き返した。………といっても振り返るだけなのだが。

 目の前には未だに、思わず「わははははは。人がゴミの様だ」と言いたくなるほどの人ごみに溢れた下足場。まあ、どう考えてもここしかないのだが。

 しかし、そんなに広くはないし四〇秒で見つかるだろうと思っていたのだが、入学式が行なわれる体育館に新入生が皆連行された後の下足場でもそれは見つからなかった。

 どうせ、誰かが気を利かせて落とし物ボックスとやらに持って行ったのだろう。まず落とし物ボックスの場所が分からなかったらどうすんだこの野郎。

 そうは言ってもこの高校は下足場に設置されていたので随分と分かりやすかった。ちなみに俺の通っていた中学では全校生徒の晒し者になるような校門前でのフリマスタイルだった。あれ、自分の物見つけてもめちゃくちゃ取りにくいんだよな。

 でも、この高校の忘れ物ボックススタイルは、今後下駄箱に入りきらない分の教科書とかは落とし物ボックスに置き弁しようと思えるような隅の方の位置にあった。それを見渡すだけで見つけた俺は、端っこにあるクセにキラキラとしたモールやら何やらの派手な装飾品のせいでやたらと目立っているそこに歩み寄り視線を巡らせる。

 地味な色の髪留め、四つ角全てが丸くなった消しゴム、同人誌、体操服の上、右のスリッパ、同人誌、ラノベ、同人誌、同人誌、同人誌………って、なんか同人誌多くないか。何故全部BLなんだ、この高校は腐女子ばっかりなのか。

 俺は一応ボックス内にある落とし物全てに目を通したが、残念ながらその中にお目当ての物はなかった。

 

 ちっ……、誰か気を利かせて持って来いよ。



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