異世界製作委員会のヤツら

はぐれメタル

プロローグ 馬鹿め、それは残像だ

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駆け付けた時には既に、ダンジョンの三二層には血生臭さが充満していた。


「少し遅かったか………」


 俺は腕の中の金髪の少女の後頭部から手を放してダンジョン内の壁面にもたれさせると、重い足取りを前方へと向ける。

 時折爆発音を混ぜながら金属同士が交わる甲高い音が聞こえてくる。空気の振動が全身を後ろへと押している様だ。

 そんな中、俺はごくりと生唾を呑んでから、目の前の轟々しい扉を押し開けた。ゴゴゴゴゴゴッ……と鈍い音を立てて扉がゆっくりと開く。

 刹那に押し寄せる、深く息をすれば肺を焼きかねないほどの熱風。

 俺は思わず腕で顔を覆った。じとっと額にかいた汗が頬を伝ってごつごつとしたダンジョンの床に落ちるのを見送ると、ゆっくりと瞳を開ける。



 業火の海の中に、フロアボス〈アルカトラズ〉はいた。



 フード付きの膝下まである長い漆黒のローブを紅く艶やかな口元だけを残して羽織り、手に持つ禍々しいオーラを放つ杖で大気を歪めている。

 ボスの姿を視界に入れるだけで、そのプレッシャーが刃となって肌を撫ぜた。それはまさに凶刃。

 「悲鳴」という不快な喧騒の中で、一際目立つ透き通る様でありながら、聞く者全てを凍り付かせるような声が響き渡る。


「―――――クックックッ……ようやく来たか………」


 同時の事だ。俺は命の灯が掻き消えるイメージに襲われた。咄嗟に、姿勢を低くする。ほんの数秒後、後ろの方から爆発音と共に冒険者たちの叫び声が聞こえてきた。

 すぐ頭上を人間の頭程の火の玉が通過したのだ。

 俺は寸前のところで躱す事ができたのだが、そのスピードは目で追える程度のものでも手負いの冒険者たちには防げない。

 思わずぞっとした俺は低い姿勢のまま彼女の方へと視線を向ける。


「予定と随分違うだろおい………」


 彼女の足元には、おそらくパーティーの前衛を務めていたであろう剣士や棍棒を持った大男の姿があった。あの火の玉って当たったら擦り傷じゃ済まないレベルだという事が簡単に推測出来てしまう。

 今すぐこの場から逃げ出したくなっていたが、俺ははっとして肩越しに後ろを振り返った。


 目に入る冒険者たち。

 皆、傷を負っている。中には女性もいた。

 やるしかないな………。


 瞳を閉じて覚悟を決めると、俺は背中の剣に手を伸ばした。柄をぎゅっと握ると、そのまま鞘からそれを勢いよく引き抜く。

 その瞬間、再び火の玉が向かってきた。

 だが、


「な、なにっ!?」


 アルカトラズの動揺の声がダンジョンに響き渡る。

 そう、俺が戦闘モードに入ったからには剣で弾く事なんてしない。


「………馬鹿め、それは残像だ」


 すぐ左を見ると、俺が元居た場所に焼け焦げた穴が空いていた。

 アルカトラズには瞬間移動に近い速度で移動した様に見えたのだ。いや、実際に音速にも勝るスピードでさっきまでいたところから移動していた。後にその場に残るのはおぼろげな残像のみ。驚くのも無理はない。

 余裕を見せつける様ににやりと口角を上げる俺を見て焦ったのか、アルカトラズ追い打ちをかける様に連続で火の玉を放った。数を打てば当たるとでも思っているのか、もはやいちいち正確に狙いを定めてはいない。

 そんな中、俺はしっかりと腰を落として剣を横に構える。足先から湧き上がって、脊髄を通り、脳天にまで達する力の本流。

 一秒もたたないうちに握っていた剣が光を帯び、碧い炎に包まれた。剣が放つ気で土煙が舞う。

 俺は一度長い息を吐き出すと、前足で地面を力強く蹴った。

 向かい来る火の玉を躱しながら地を這い、時には壁を伝ってどんどん加速していく。

 周りの景色がどんどん線になっていく。音も、匂いも、熱も、命の危機も感じない。

 そして消えて見えなくなる寸前。俺が青い閃光となった刹那だ。


「終わりだ、アルカトラズ」


 剣は真横から彼女の胴体をローブごと貫いた。刺さった箇所から眩い光が漏れ出し、暗いダンジョン内を刹那の内に包み込んでいく。

 そして、


「や、やーらーれーたぁーーーーー」


 禍々しい造りの、次々と弱者を飲み込んでいく魔の巣窟。悲鳴の絶えない、生臭い血の匂い漂う死の迷宮。

 そんなダンジョンに最後に響いたのは、アルカトラズの棒読みの断末魔だった。

 

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