第9話 妄想シミュレーション・・・研究会初回

 「もう、二度と会えないと思ってました」


 「■■研究会」が終わり、おのおのがだらだらと話している中、教室の片隅で私は一ノ瀬さんと向かい合っていた。

「え??なんでそうなるんですか??」

一ノ瀬さんは心底驚いた顔をした。くそぅ、やはり無自覚か。

「だって……こちらの会は幽霊部員なんでしょ??一ノ瀬さんの近くで学びたいって伝えたことの返答がそれじゃ、遠回しに『会いたくない』って言われているようなものですから」

「え!!そんなつもりじゃないんです!!田中先生は院の先輩というのもあって気さくだし、僕にとっては■■研究会は馴染みの場所ですし、樹さんにとっても顔なじみが多いので来やすいかと思って紹介したのであって……」

 うーん、予想通りの答えだ。おそらくそうだろうと思ったよ。バカ真面目すぎるから、女性の心の機微にうといんだろうな〜って。あの時の私の心理状況は、あなたからの共感がほしかったんだよ!ってそんなことがわかりようもないだろうな〜。共感力はゼロな匂いがするもん。

「第一、『学会等でお見かけできるのを楽しみにしています』って書きましたよね」

「社交辞令と思ってました。毎回毎回、心にもない社交辞令を書くな〜って……それに学会ったって、3ヶ月後ですよ。その頃になったら今回のことなんてとっくに過去ですよ、過去!もう、山田先生のことなんてどうでもよくなっていますよ」

「その山田先生との一件は、樹さんにとっても大変だったろうなとは思います」

 うーん。私の中では1ヶ月前に終わった話ではあるんだけど、1点気になることがある。それは一ノ瀬さんのスタンスだ。どっちよりなのか?ということだ。

 一ノ瀬さんは、門外漢の私があの研究会に参加することを、実のところどう捉えていたのか??迷惑だったのだろうか?大変というあたり、少しは私に同情的なんだろうか??

「一ノ瀬さんが、文字に残る形でいうつもりがない、というのはわかる気がします。とても良識的で賢明な判断だと思います。つまるところそれだけ私を信頼できていないということがいえるんだと思うんですが、私が逆の立場でも同じようにしていたと思います。だから今は、本当のところを教えてほしいです。……私の参加は迷惑でしたか??」

 一ノ瀬さんは一瞬、本当に一瞬、言葉を飲み込んで、慎重に口を開いた。

「迷惑とは思っていないです。僕はそこまであの会に期待していなかったというか、単なる通過点でしかなかったので、迷惑と思うほど思い入れもないわけですから。……前もメールでお伝えしたように、樹さんは全然領域が違うというのに、通常の流れから外れたぶっとんだことを言われながらも懸命に努力を続けていたからこそ、本当に応援したいと思っていましたよ。だから、市民公開講座も一緒にできないことは残念だと思いました」

 ……やばい、ちょっと泣きそう。これまでのあっさりさっぱりなメールからは、この優しさは伝わらないよ〜。

 そんな話をしながら、とうとう駅についてしまった。

 最寄駅は全然違えども同じ区に住んでいる私たちは、ここでもやはり同じ方向にむかうわけだが、厳密にいうと乗る電車が異なる。私はここで地下鉄にのってしまうと1本で帰れるのだが、一ノ瀬さんはJRに乗った方がおそらく便がいいはずだ。

 このままここでお別れかと思いきや、一ノ瀬さんはごく自然に地下鉄の方に移動した。驚く私にさらっと「こっちでも帰れるので」と。

 ……やばい、顔がにやけてしまう。

 改札を通り過ぎて、再び話題が戻る。

「山田先生も必死なんだと思います。聞いているかもしれませんが、僕たちの学問領域は実績の積み方がかなりシビアなので、僕もいつも苦労しています。日々、理不尽と思うようなやるせないことばかりですよ。これはここだけの話ですが……僕は、学生時代の教員だったからといって山田先生を教育者としても学者としても尊敬はしてはいないです。それこそスタンスが違いすぎるので。たまたま研究領域が近いことから、何かと目をかけてはもらっていますが、僕はあまり信頼はしていないです。……だから、樹さんの今回のことは本当に同情します」



 二人、地下鉄に乗る。

 二人、他愛ない話をする。

 駅までのこの時間がもう少し長く続いてほしいと願わずにはいられない。

 今から何処か食事にでも?

 そう誘うには少し遅い時間だ。そして一ノ瀬さんの朝はおそろしく早い。今、食事に誘うことが彼にとってほぼほぼ迷惑なのはわかる。

 でもでも、この謹厳実直な男との距離を少しでも縮めたい!!

「あの、一ノ瀬さん。今度ご飯にでもいきませんか?というより、行きたいです」

 時は8月。世間は夏休み。大学も夏休みに入ったばかりだ。世間が夏休みであろうと、あまり関係がない仕事をしていることは重々承知しているが、誘うなら今このタイミングしかない。これを逃すと、あとは秋になってしまう。

「いいですよ」

 予想外にも、一ノ瀬さんは面食らいながらもあっさり受けてくれた。それなら……

「それならやりとりが楽なので、今度こそ、LINEを交換しませんか??」

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実録!脳内ピンク公開中!! 樹 風珠 @tatukihuju

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