第8話 朴念仁ってつまりは「不愛想で分からず屋」な奴のことなんだよ
またもこの間にいろんなことがあった。
現実が急転直下すぎて、気分が悪い。感情が振り回されたからだ。
なんていうの、船酔い……??違う、アトラクション酔いに近い。
だから現実は「小説より奇なり」なんだよといえるほどの気力もない。そしてそれほど奇ではないのだけど、展開のアサッテ感は否めない。妄想なんかをはるかに超えてくるから現実は厄介だけど面白いのだろう。
◇◇◇
6話で妄想したことは結局、現実には起こらなかった。
しかし、ふいに彼の誕生日を知ることとなった。
現在、パートナーもおらず彼女募集中だということ、年上の女性も全然OKだということも教えてもらった。
しかしあろうことか、学問領域の違いから師匠により研究会からもはじき出されることとなった。「今更それいう?」感は否めないが仕方ない。
師匠があんなチキンで残念な奴だとは思ってもいなかった。今後は姉弟子と二人で研究を進めることとなった。
例の研究会の参加に関してはこちらからも願い下げだ!!なんて思ってはいるが、つまるところ一ノ瀬氏との接点がなくなることを意味しているわけで、私としてはイヤだったりする。
なので、研究相談にかこつけて他の研究会の紹介を一ノ瀬さんに仰いだ。
「一ノ瀬さんの近くで勉強をさせてほしい」とまで伝えたというのに、返ってきた返事は「■■研究会なら、大下君や松木さん島谷くんも参加しているから、樹さんも参加しやすいと思います。僕は他の研究会と重なることが多く、幽霊部員とかしているのですが・・・」ときた。
ぜんっぜん、わかっていない!!幽霊部員じゃ意味ないんだよ!!!
今回だけじゃない。これまでの研究会の活動に関したメールの中で、ちょいちょいと好意をアピールしてきた。「もう少し話したかった」だの「一ノ瀬さんにご教授いただきたいんです」とか「一ノ瀬さんの優しさに甘えてこのようなお願いをしてすみません」とか、私なりに「一ノ瀬さん」をフューチャーしている感を出してつもりだけど、これまたどこまで伝わっているんだか……。
こちらの好意に気づいて核心に触れることをわざとさけているのだとしたら、よっぽどのたらしだ。女なれしすぎているとしか思えない。
が、残念なことに、一ノ瀬さんからそんな印象は全くといっていいほど、受けない。
むしろ朴念仁なイメージがついてまわる。
朴念仁は「飾り気がなく素朴な様。そこから転じて、不愛想な人やわからず屋をさす」らしい。
しかし、一ノ瀬さんは不愛想でもわからずやでもない。
ただただ「真面目」なのだ。それも超とかクソとかつきそうな「真面目」君なのだ。
彼を言い当てる言葉があるとすれば、そう「謹厳実直」だな。
その賢いオツムの中は研究のことしかない。
師匠から研究会をあまりに理不尽な理由で追い出され、ふてくされて私は一ノ瀬さんにやつ当たった。
それというのも、「一ノ瀬さんと離れるのがイヤ、あなたの近くで研鑽を積みたい」と伝えたのに、けんもほろろな感じで、自分は幽霊部員だけどこの会だといいのでは?と返され、挙句、(秋の)学会でお会いすることを楽しみにしております、なんて返されたからだ!!
約束も待ち合わせもなしに、あんな大きな学会で「偶然に」会うことなんてあるかいな!!しかも会えたとしても三ヶ月後だよ。もう過去だよ。つまりは遠回しに「会いたくない」と言われているようなもんだ。心にもないのに「会えるのを楽しみにしている」なんて社交辞令はいらない!!
だからやつあたることにしたのだ。もうあとは野となれ山となれ的な??
私もずいぶん疲れていたんだと思う。
「師匠からの(辛辣な)メールで落ち込んでいたのに、一ノ瀬さんからアッサリサッパリなメールにさらに落ち込みました。すぐに返信をくださったのが誠意だとわかっていたとしても。時々、一ノ瀬さんのメールからは『突き放すようなニュアンス』を感じます」と返した。
そんな私の八つ当たりメールが深夜だったにも関わらず、一ノ瀬さんからはすぐに返事がきた。
「失礼のないよう簡潔で丁寧なメールをお送りしたつもりだったのですが、『アッサリサッパリ』でかつ『突き放すようなニュアンス』のメールであったとのこと、大変失礼いたしました。謹んでお詫び申し上げます」と。。。
くそぅ、どこまで真面目くんなんだよ。
◇◇◇
あれから、一ノ瀬さんには連絡できていない。
自分がメンタルダウンしているときにジタバタしてもよけいに空回るだけなのは、経験上痛感している。だから、彼のメールには無視しつづけたままだ。
一ノ瀬さんからきたメールの真意がいまだつかめない。
「会いたい」と伝えたのに、自分が顔も出さない研究会を教えるあたり彼としては会う気はないということだろう。そう思うと落ち込む一方なのだが、かといって私は一ノ瀬さんを諦められない。
ホント、なんであんな面倒臭い男に堕ちてしまったのだろう。自分が一番驚いているよ。
でも彼を諦められない私は、紹介された「■■研究会」の主催者でもある田中教授をたずね、参加を許され、今ここにいる。
小さい研究会だけに数名が集まったところで勉強会が開始する。
門外漢で初参加の私はただ小さくなるばかりだ。
初参加の私がいることで、机の端から自己紹介が始まる。
いよいよ私という番で、教室の入り口の扉が開く。
そこから現れた人をみて、斜め前に座っていた田中教授が「おや、珍しいやつがきたもんだな〜」と間延びした声を出す。
そこにいたのは、一ノ瀬さんだった……
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