第4話 恋の堕ち方

 恋ってまさに「堕ちる」モノだと思う。

 ただの「落ちる」じゃない。

 「堕ちる」ものだ。




 危険な状況下で結ばれるのは「吊り橋効果」だというのは重々承知しているが、そういうシーンで恋に堕ちるというのに、憧れる私がいる。

 たとえば、敵と剣で戦っている最中にピンチになった私を颯爽と助けてくれる主人公とか……


 もちろん、現実にそういうことはないから、あくまで現実世界に即して妄想すると、だなー。


◇◇◇


 研究や小説の取材で訪れたとある研究室。

 そこの准教授とか??


 中肉中背でも平均よりやや高めな感じでメガネをかけているんだけど、髪はボサボサ、服はよれよれ、研究室にでも泊まったのだろうか無精髭のままだ。

 すかさず、左手の薬指を確認。

 指輪はないがまだ油断はできない。指輪は研究のジャマとかでしない信条の人ということもある。



 その人は、取材を申し込んだ教授の指示で、私への説明に応じてくれる。

 はじめ教授に紹介されて挨拶した時は無愛想だったため、この取材も面倒がるかというとそうでもなく、愛想はないが丁寧に話してくれる。

 その話の端々で、この領域が本当に好きで研究が楽しくて仕方ないのだという思いが感じ取れた。

 時々、専門用語でとばしまくるのだがその時のイキイキした様が子供のようで、なんだか微笑ましくなる。


 けっして早口ではないのだけれど、ハリのある低めの声で淡々と話す。

 あまりに朗々としてるので、うっかり聞き入ってスルーしそうになり、説明のコシを度々おらざるをえない。

 そうしたことにも慣れているのか特に気にした様子もなく、さらりと説明してくれる。

 パッと見はつっけんどんな感じもあるけど、意外に面倒見はいいのかもしれない。

 聞けば年は自分よりも五つ上だが、童顔のためか年下にしか見えない。


 研究論文や資料を取り出して示す際に手を見ると、指が細くて長くて普通にキレイだなーと思う。

 よく見るとボサボサの髪にフケがついている。

 うっすらと白髪も混じっている。

 心なしか臭わなくもない。

 それとなく尋ねると、自宅に帰るのが面倒な時は研究室に泊まることもあるという。


 あぁー道理でと思う。

 何がっていうと、オンナっ気をまったく感じさせないこと。

 いやこれで結婚してるとかだったらそっちに驚く。可能性としてはなくはないだろうが。

 でも、なんだろう。

 こうした人を見ると、放っておけない感じがするのだ。

 母性本能をくすぐられるというか。

 え?私に母性本能があったのかと、自分でも驚いてしまうのだが。



 ふと目があった時、とくんと子宮が疼く感じがした。


 ……あ、私。たぶんこの人に、堕ちるかも。


 全然なんの感情も認識していなかったのに、ふとした仕草で直感する。

 特に相手がいくつかの条件を満たしたときに。


 堕ちる、かもしれないと。


 堕ちた先に泥沼とか闇しかなさそうに思われる時は全力で踏み止まる。

 この穴に落ちちゃいけないって。


 でも、どんなに踏みとどまろうとしてもダメな相手はいて、引きずりこまれるようにして溺れてしまうことがある。

 だから、恋とは堕ちるものなのだ。


 そして私はきっとこの人に堕ちる。

 だって、この人、わりと条件を満たしまくっているから。



 取材テーマについて話し込んでいると、研究室に学生さんが数名入ってくる。

 私をちらちらと興味深げにみている。

「せんせーの彼女っすか?」

「違う」

 端的に答えるけど、少し耳が赤いような?


「ほら、提出したならサッサと出てけ」

 その人に追い出されるようにして学生たちがニヤニヤしながら出て行く。


 そしてまた2人っきりになった時に、胸の鼓動が早くなってるのを感じて、私は「堕ちた」ことを実感するのだ。

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