リニューアル⑩

「異動しておいでよ。」


セラを誘った時から、それを言って欲しかっただけかもしれない。


正解なのかはわからない。


しかし、それが今の自分の中での最大限の答えであることは確かだった。


「今度ヒカリさんとの飯セッティングするわ~。」


翌週、セラが飯をセッティングしてくれた。


ヒカリとちゃんと話すのは初めてだった。


このご飯を食べてる時、ヒカリとは他愛ない、くだらない話しかしなかった。


ホストの話なんかまったくしなかった。


最後らへんに言われた一言だけだった。


「一回研修来れば?」


うちのグループはすぐ異動ではなく、一度異動したい店に2週間研修してから異動というパターンが多かった。


俺はヒカリの店に研修に行くことにした。


店長とカナデに言った。


二人とも「おお、行っておいでよ。」


あっさりした感じだった。


特になにか手続きがあるわけでもない。


売れてないホストが2週間いなくなるだけなので、店的にも損も得もない。


翌周から行くことに決まった。


ヒカリの店は深夜3時オープンの2部から、今の俺の店と同じ1部の19:30オープンに変えていた。


それすら知らなかった。


系列店に行ってもやることは一緒だった。


行ったら掃除して客がいない俺はヘルプ三昧。


ただ、従業員も知らない人だらけだった。


店が違うから勝手の違いはあれど、特に大きな変化はない。


知らない人と話すというのは自分の店にいてもよくある。


唯一、居やすさは違った。


居やすかった。


2週間が一瞬のように感じた。


ヒカリはあまり人に叱咤激励したりしない。


聞いてくるやつにはなんでも答える。


聞いてこないやつに、自分からガミガミ言ったりすることはない。


ヒカリの店には真剣に、真面目に働いてるやつがいなかった。


楽しんでやってる奴しかいなかった。


一度ヒカリに聞いた。


「なんでそんなに怒らないんですか?」


ヒカリはタバコを吸っていた。


「やる気ないやつになやる気出せって言っても変わらんし、変わろうとするやつは自分から変わるやろ。」


間違いない。


素直にそう感じた。


やっぱり俺は異動するべきだ。


俺はこの一言で決めた。


まず、店長に相談した。


「ゲンキが決めたならそうしな。行っておいで。」


すんなりだった。


いや、というより自分の店のことで手一杯といった感じだった。


カナデにも営業終わりで誰もいない、静かな店内で報告した。


「ゲンキが売上あがるためにやるなら良いと思う。」


優しい言葉だったが、俺はそれにすら苛立ちを覚えていた。


異動もすぐに決まった。


俺がすぐに異動したいと言ったからだ。


研修から戻ってきた月の最後の営業日が、この店のラストだった。


ラスト営業日も俺は客が0。


その日はカナデがラストソングだった。


ラストソングを歌い終わった後で、カナデは俺をステージに呼んでくれた。


「今まで1年半頑張ってくれたゲンキから最後一言もらって今日の営業日を終わりにしたいと思います。ゲンキおいで。」


俺はヘルプ席からステージに向かった。


「今までありがとうございました。明日から異動します。最後に一言言いたい事があります。今めっちゃカナデさんの事が嫌いです。ありがとうございました。」


そういって俺はステージをおりた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る