リニューアル⑨

それからの営業はずっとピリピリした空気感が漂っていた。


新しい店舗で、従業員のミスが増え、怒る先輩もいた。


俺もよく怒られた。


特にカナデにはよく怒られた。


カナデは俺にカツをいれるためだったんだろう。


愛情なのかもしれない。


カナデ単独の判断ではなかったかもしれない。


上の人間のみのミーティングで決められたことかもしれない。


しかし、今の俺にはそれを愛のムチと思うことは出来なかった。


そんな心の余裕はなかった。


俺のためにやってくれたことかもしれない。


俺の中には「怒り」しか生まれなかった。


営業日を重ねていくにつれ、俺の心に積み重なっていく「怒り」。


これに売り上げが伴っていれば問題はない。


しかし、売り上げもない。


「今ここにある俺はなんだ。」


「なんのためにこの店にいて、俺は一体なにをしているんだ。」


「ホストってなんだ。」


ずっと自問自答を繰り返していた。


正解はもちろんでなかった。


いや、正解の存在していない問いなのかもしれない。


こんなことを考えるくらいなら、もう辞めよう。


それが正解かはわからない。


しかし、俺にはその結論しか出なかった。


明日、店長に言おう。


1年半、あっと言う間だった。


俺は昔のことを思い出した。


体験入店の日、めちゃくちゃ緊張したなあ。


面接はセラがしてくれた。


「セラさん元気かな。」


辞める前に1回セラに話を聞いてみよう。


俺は店長にLINEするより前にセラにLINEをした。


「お久しぶりです。今度飯行きません?」


少ししてから返信がきた。


「いこいこ!明日の営業終わりは?」


「べろべろにならなければ行けます。また明日ラインします。」


「おう」


セラと連絡を取るのは久しぶりだった。


セラはこういう時、LINEの段階で「どうした?」と聞いてこない。


久しぶりにいきなり連絡をして、何も悩んでいないわけがない。


狙ったわけではないのだろうけど、今の俺にはとてもありがたかった。


LINEで伝えたくなかった。


翌日、たいして飲むこともなく、つまらない営業が終わった。


セラにLINEをした。


「今終わりました。店の近くまで行きます。」


「ほいよ~俺もいくわ。」


合流して近くの居酒屋に行った。


久しぶりでなんでかちょっと緊張した。


「のむ?」


「はい、生2つでお願いします。」


「ゲンキはホンマによー飲むよな。」


とりあえず生で乾杯した。


「最近どう?」


絶対聞かれると思った。


言われると思った。


セラといえばこの口癖だった。


「辞めようと思って。」


「絶対そうだと思った。なんかあった?」


「いや特にこれといったことはないんですけど。」


「そうか、まあなかなか売上あがらないとモチベーション続かないよなあ。」


セラは察したようだった。


「うちに異動してくれば?」


あっさり言われた。


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