探しているのは誰ですか?
一日目、木曜日。僕はその異変に気がつかなかった。
二日目、金曜日。ソレと目が合ったような気がして軽く会釈をした気がする。
土曜日と日曜日を挟んで三日目、月曜日。今日もいるんだと漠然と思った。
そして四日目、火曜日。ソレの隣にまったく同じ顔の女の子が座っているのを見て、僕はやっとその異変に気がついた。
僕の家の近くに小さな公園がある。『緑公園』と書かれた白い看板は薄汚れていて、遊具はブランコしかなく、二人掛けの木造ベンチが置かれているだけでほぼ空き地と言ってもいいような公園だ。子供が遊ぶにはこの公園は狭すぎるようで、近くの子供達は自転車で大きな公園まで行って遊んでいる。
僕はこの公園の前をいつも通っている。学校に行くにも、駅に行くにも、そして小湊神社に行くにもこの公園の前を通らなければいけないからだ。
学校からの帰宅途中、この公園の前を通った時だった。ベンチにここ最近、ずっと同じ人が座っているのに気がついた。しかも今日はその隣にまったく同じ顔をした人が座っている。片方は昨日までと同じように私服で、もう片方は制服を着ている。双子というわけではないだろう。おそらく、ここ最近ずっと座っている私服の方は残留思念だ。
残留思念とはその場に残った強い思いや無念のことであり、僕はそういったモノをみることができる。残留思念は見た目的には普通の人と何ら変わりがないので、ぱっとみただけでは残留思念なのか、はたまた人間なのかを判断するのは難しい。残留思念はしゃべらない、そしてその場から動かないという特徴があるので、ここ最近、ずっと座っていた私服の方が残留思念で、隣に座っている制服の方が人間なのだろう。そして同じ顔をしているということは、制服を着たあの女子の残留思念だと考えられる。
まつりさんに意見を聞いてみたかったのだが、すでにまつりさんとは別れてしまっているので意見を聞くことができない。今から小湊神社の方へと戻るという手もあるが、それも面倒くさい。明日、まつりさんをここまで連れてきて聞いてみよう。
自宅に戻ると、僕はお姉ちゃんが作った晩ごはんを食べて眠りについた。
翌朝、水曜日。公園の前を通ると、昨日と同じ私服の女の子がベンチに座っていた。やはり残留思念のようだ。僕はその公園を通り過ぎ、小湊神社へと向かった。いつも待ち合わせの場所にしている小湊神社へと続く小道の端にある岩に巫女服を着た女性、幽霊のまつりさんが座っていた。
「おはようございます、まつりさん」
少し遠くから声をかける。まつりさんは僕の姿を確認するとフワリと宙に浮き、後ろで一つ結びにしている長い黒髪をなびかせながら僕の元へと飛んできた。
「おはよう、ハルト。今日もカワイイね」
「おはようございます、まつりさんもお綺麗ですよ」
そんないつもと同じような挨拶を交わす。まつりさんは僕の隣に並び、同じ速度で僕に憑いてくる。……そう、憑いてくるんだ。
幽霊のまつりさんは僕に取り憑いている幽霊だ。ひょんなことから僕に取り憑いてしまった幽霊で、巫女服を着ているのは死ぬ時に着ていたのが巫女服だったからだと教えてくれた。だが生前の記憶が曖昧みたいなので、それが本当かどうかは定かではない。
「そうだ、まつりさん。今日は学校終わったら僕の家まで来てくれませんか?」
「いいけど、ハルトがアタシを家に呼ぶなんて珍しいね。何かあるの?」
「はい。実はまつりさんにみてもらいたいモノがありまして」
「もしかして幽霊か残留思念?」
「そうです。おそらく残留思念だと思います」
「ハルトの家にでたの?」
「いえ、緑公園です。家の近くの小さな公園です。覚えてますか?」
「ああ、あの何もない公園ね」
まつりさんは何度も家に来ているので家の近くの公園を覚えているようだ。話が早くて助かる。
「じゃあ放課後の予定はそれでいいですか?」
「うん。ハルトの部屋でゲームしたいし、それでいいよ」
「したいって言っても、結局僕がプレイしてまつりさんは見ているだけじゃないですか」
「ハルトの絶妙に下手なプレイを見るのが好きなんだよ」
なんか酷いことを言われたような気がする。
学校に着き、授業が始まった。授業中、まつりさんはソワソワした様子で落ち着きがなかった。僕の家に来るのがよっぽど楽しみなのだろうか。
まつりさんは授業中の教室を歩き回っている。机が並んだ教室内をゆっくりと、長い髪を揺らしながら。
普通、巫女服を着た女性が教室内を歩き回っていれば騒ぎになり、授業どころではない。だけど、僕の目の前ではその光景が広がっているのだ。誰もが黒板の方を向き、誰もまつりさんの方など見ていない。そんな教室の中を、まつりさんはゆっくりと歩き回る。非日常の世界に迷い込んでしまったかのようで、僕はこの光景が大好きだ。
昼休みは友達の駿と一緒に過ごし、午後の授業は眠気と戦いながら過ごした。眠りそうになるとまつりさんが起こしてくれるので、ギリギリで眠らずに済んだ。
そして待ちに待った放課後になった。新聞部の部室に行くという駿に挨拶をすると、早く帰ろうと急かすまつりさんを連れて緑公園へと向かった。
緑公園へと到着すると、すでに公園には先客がいた。昨日と同じように、制服を着た女の子が問題のベンチに座っていた。
「ふーん、なるほどね。アレは確かに残留思念だよ」
まつりさんは一目みただけでそう断言した。
「ちなみに私服の方が残留思念ですよね?」
「だね。誰の残留思念かは、言う必要はないね?」
「ですね。もう隣に座っていますもんね」
僕とまつりさんは公園のベンチへと視線を向ける。するとベンチに座った二つの同じ顔が僕の方を見たので、思わず後ずさりしてしまった。
「ねぇ、あなた。あなた、神中の生徒よね?」
制服を着た女の子が立ち上がってこちらへと歩いてくる。辺りを見渡してみるが、僕以外に
「はい、そうですが……」
「ちょうどいいわ。あなた、わたしのお願いを聞いてくれる?」
拒否権がなさそうな、断定的な言い方だった。
「な……なんでしょうか?」
「人を探して欲しいの。ねぇ、ちょっとこっち来なさい」
手を握られ、公園へと引っ張り込まれてしまった。女の子はベンチへと座ると、隣に座るようにと僕を促した。とはいえ、その子の隣にはまったく同じ顔の残留思念が座っているのだから、座るのはちょっと躊躇してしまう。
「あ、大丈夫です。立ったままで」
「そう? ま、いいけど。ところで、あなた名前は?」
「僕は
「溝呂木くんね。わたしは
女の子は制服を指さしてみせた。確かに、隣町にある
「他校の生徒がハルトにいったい何の用があるんだろうね?」
まつりさんはどうやら僕の状況を面白がっているようで、ブランコに座りニヤニヤしている。
「あの……人を探して欲しいって言ってましたけど、いったい誰を?」
恐る恐る訊いてみる。
「そんなに怖がらないでよ。神中の生徒で
円城寺、僕には聞き覚えがない生徒だ。
「いえ、僕は知らないですね」
「そっか。じゃあさ、探してきてくれないかな?」
「僕がですか?」
「他に誰がいるのよ。ほら、スマホ出して」
僕は言われるがままにスマホを取り出すと、瀧村さんは僕の手からスマホをひったくる。そして自分のスマホを取り出してチャットアプリを起動し、手慣れた手つきで両方のスマホを操作しだした。
「はい、見つけたらこれでわたしに連絡して」
返されたスマホを見てみると、チャットアプリに『瀧村みなみ』というアカウントが追加されていた。最近流行っているカメラアプリで撮った自撮りをアイコンにしているようで、顔にはひげや耳のイラストが合成されている。若干、盛っているように見えるがそれは黙っておこう。
「ちなみに円城寺さんの名前は?」
「ごめん、わからないの」
「じゃあ円城寺さんの連絡先を知らないんですか?」
「円城寺さんとは同じ塾だったんだけど、まだ連絡先は聞いてなかったの。もうちょっと仲良くなってからって思ってて。だけど円城寺さん、急に塾を止めちゃったのよ」
「なるほど、それで連絡が取れなくて困っていたんですね」
納得はしたが、それぐらいで残留思念を残すとは思えない。もっと別の理由があるはずだ。
「瀧村さん、勘違いだったら謝ります。もしかしてなんですが、円城寺さんに告白しようとしていたとか?」
「なんでわかったの?」
もしかしてと思って訊いてみたのだが、まさかの正解だった。
「いえ、何となくそう思っただけで」
「ふーん。ま、ほとんど正解。わたしはここで円城寺さんに思いを伝えたんだけど、それを後悔しているの。止めておけばよかったって」
「……フラれちゃったんですか?」
「ううん、答えを聞く前に逃げて行っちゃったの。きっと嫌だったんだと思う……それを謝りたくて」
それが瀧村さんの無念なのだろう。ベンチに座っている残留思念も、瀧村さんの言葉をうなずきながら聞いていた。
「……わかりました。円城寺さんを見つけたら連絡します」
「お願いね。じゃ、よろしく!」
そう言うと、瀧村さんは公園を出ていった。
「思いを伝えたことによる後悔……か」
そうつぶやき、ベンチに座る残留思念を見る。学校の屋上にいた残留思念は、思いを伝えられなかったことが原因だった。瀧村さんの残留思念は、その真逆の無念のようだ。
「いつの世も、人の無念は色恋沙汰ばっかりだね」
ブランコに座っていたまつりさんがしみじみと言った。
「まつりさん、今日は大人しかったですね」
「失礼な、いつもお淑やかでしょ?」
まつりさんは宙に浮かぶと、僕の隣へとやって来る。
「それよりもハルト、安請け合いしてよかったの?」
「駿に頼むので大丈夫です。円城寺って苗字は珍しいですし、割と簡単に探せると思います」
「シュンを頼るんだね。確かにそれならすぐに見つかりそうだ」
スマホを取り出し、チャットアプリで駿へ『神中の円城寺っていう生徒を探してくれないかな?』というメッセージを送ると、すぐさま既読になり、『いいよ、調べておく』と返事が返ってきた。
まつりさんがスマホをのぞき込んでくる。
「さすがシュン。行動が早いね」
「あとは駿に任せましょう」
「そうだね。さ、ハルトの家に行こう!」
「ええ、そうしましょう」
嬉しそうなまつりさんを連れ、僕は家へと向かった。僕の部屋へと案内すると、まつりさんのリクエストでゲームをして遊ぶことになった。プレイするのは僕なので、まつりさんはただ見ているだけだが、それで満足なようだ。
夕方の十八時を回った頃、スマホが鳴った。確認すると、駿からのメッセージを着信している。アプリを開いてメッセージを確認すると、円城寺という生徒の情報が書かれていた。
「うわっ、駿の奴、もう調べ終わったみたいですよ」
「もう? さすがシュン、仕事が早いね」
メッセージには円城寺という生徒は神中に二人いるということが書かれていた。
一人目は三年一組の
二人目は二年五組の
「円城寺なんて珍しい苗字の生徒が二人もいるんだね」
スマホをのぞき込んできたまつりさんが言った。
「もしかしたら兄妹かもしれませんね」
駿に『この二人は兄妹なの?』とメッセージを送る。すぐに『いや、違う。別人だよ』という返事が返ってきた。
「兄妹じゃないみたいですね」
『ありがとう。今度何かおごるよ』と駿にメッセージを送る。『じゃあチーズバーガーで!』とすぐさま返信してきた。チーズバーガー一個でこれだけ早く情報が手に入るのなら安いものだ。
「じゃあミナミが探している円城寺という生徒はこのどちらかということだね。というか、一択か」
まつりさんの言うとおりだろう。
「そうですね。明日、三年の稔先輩に会いに行ってみます」
その日はそれでお開きとなった。窓から帰っていくまつりさんを見送り、「夕飯できたよー」と呼ぶお姉ちゃんの声を聞き、リビングへと向かった。
翌日、木曜日。朝一で駿にお礼を言いに行った。「なら今度お前の姉ちゃんとデートさせてよ」と言われたので、丁重にお断りした。
昼休みになるまで待ち、僕はまつりさんと一緒に三年一組へと向かった。神中では学年が上がるごとに階が上がっていく方式になっているので、三年生の教室は三階にある。普段は絶対にやって来ない、上級生しかいないエリアへと足を踏み入れた。
「やっぱり下級生がいると目立つみたいだね。よかったね、ハルト。上級生の視線を独り占めだよ?」
からかってくるまつりさんを無視し、早足で三年一組の教室へと向かう。すれ違う先輩のほとんどが僕のことを振り返っていた。
「すいません。円城寺先輩っていますか?」
三年一組の教室の前で談笑していた先輩へと話しかけると、その先輩はすぐに円城寺先輩を呼んできてくれた。
「どしたの、俺になんか用?」
円城寺先輩がやって来た。サッカー部というだけあって、身長が大きく体型もガッチリとしている。スポーツマンらしく髪が短くて清潔感があり、女子に人気がありそうな先輩だ。
「円城寺稔先輩、ですよね?」
「そうだよ。君は?」
「僕は二年の溝呂木春斗といいます。さっそくなんですが、円城寺先輩に会いたがっている人がいるんです。今日の放課後とかお暇でしょうか?」
「会いたがっている人って誰?」
「瀧村さんという柳中の生徒なんですが……」
「柳中の瀧村?」
「知り合いじゃないですか?」
「うーん……そんな奴いたような気がするけど……」
瀧村さんのことを覚えていないのだろうか。
「まあいいや。今日の放課後だっけ?」
「そうです」
「オーケー。会いに行くよ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ放課後、校門で待ち合わせってことにしよう」
「はい、よろしくお願いします!」
円城寺先輩へと頭を下げる。円城寺先輩は爽やかな笑顔を見せ、教室へと帰っていった。それを見送った後、僕はまた早歩きで二階へと戻った。自分の席へと戻ると、大きなため息を一つ吐く。
「緊張した……」
緊張でまだ少し手が震えている。部活にも委員会にも入っていない僕は先輩と話すような機会がほとんどないので、とても緊張してしまった。
「ミノルとかいう男子生徒はとってもナイスガイだったね」
ニコニコ顔のまつりさん。多分、僕が緊張している姿が面白かったのだろう。
「そうですね。あとは……」
僕はスマホを取り出し、瀧村さんへと『円城寺先輩を見つけました。今日、会うことができます』というメッセージを送る。瀧村さんからは『じゃああの公園で』というメッセージが返ってきた。
「これでオーケーですね。……次は放課後か」
放課後は円城寺先輩を公園へと案内しないといけない。公園までいったいどんな話題を振ればいいのだろうと考えていたら、午後の授業はあっという間に終わってしまった。ため息を吐きながら約束の校門へと向かう。校門でしばらく待っていると、円城寺先輩がやって来た。
「おまたせ。じゃ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
瀧村さんがいる緑公園はここから歩いて二十分。それまで何か会話をしなければいけない。と思っていたのだが、円城寺先輩が気さくに話をしてくれたので僕の心配は杞憂に終わった。サッカー部のことや三年生の授業のことなどを話しているうちに、緑公園へと到着した。
「ここです。ちょっと待ってください」
緑公園内を覗いてみると、すでに制服姿の瀧村さんがベンチに座っていた。
「ベンチに座っているのが瀧村さんです」
「あの子? じゃあ、話してくる」
先輩は首をかしげながら瀧村さんの元へと歩いて行った。僕は公園の入り口で待つことにした。
「ミノルは首をかしげていたけど、もしかしてミナミのことを知らないんじゃないかな?」
ここまでついてきた……いや、憑いてきたまつりさんが疑問を口にした。それは僕も思ったことだった。
「僕もそう思ったんですが、制服姿だから見慣れないとか、そういう理由かもしれません」
「そうかなぁ?」
そんなやり取りをしていると、すぐに公園から円城寺先輩が戻ってきた。
「あれ、もうお話終わったんですか?」
「なんか人違いだったみたいだよ」
「えっ、人違い?」
僕とまつりさんの声が見事にハモった。
「うん。彼女が探しているのは俺じゃないみたいだね」
「そう……だったんですか」
「じゃあ帰るよ。俺に用はないみたいだし」
「ごめんなさい。わざわざついてきてもらったのに、人違いだったなんて……」
「気にしない気にしない。じゃ、またね」
円城寺先輩は笑顔で手を振りながら帰っていく、最後まで爽やかな先輩だった。円城寺先輩と入れ替わるように、公園から瀧村さんがやって来た。
「ごめん、あの人じゃない。悪いけど、違う人を探してくれるかな?」
「いいですけど……でも……」
「わたし塾に行かなきゃいけないから、また連絡して」
瀧村さんは僕の呼び止める声など聴かず、急ぎ足で駅の方へと歩いて行ってしまった。
「行っちゃったね。もっと質問したかったのに」
「そうですね。まつりさんはどう思いますか?」
「どう思うも何も、ミナミが探しているのはもう一人の方の円城寺ってことだよ。たしか、ユズだっけ?」
そう、そうなってしまう。だが、もう一人の円城寺という生徒は女子生徒だ。
「とりあえず明日、話をしてみようと思いますが……」
「もしかしたらミナミが探しているのはユズの弟とかお兄ちゃんという可能性もあるよね?」
「ああ、なるほど」
言われてみればその可能性もある。何はともあれ、明日は二年五組の円城寺遊子に会いに行かなくては。
翌日、金曜日。
昼休みになるのを待ち、僕はまつりさんと一緒に五組へ向かうことにした。五組の教室で顔見知りの生徒に「円城寺さんはいる?」と訊いてみると、教室にはいないから図書室じゃないかという答えが返ってきた。
すぐさま西棟にある図書室へと向かう。図書室は昼休みということもあり、多くの生徒がいた。自習している生徒もいれば、本や雑誌、漫画を読んでいる生徒もいるし、中には静かなのをいいことに昼寝をしている生徒もいる。貸出を受け付けるカウンター席にメガネを掛けた女子生徒が本を読みながら座っており、おそらくこの女子生徒が図書委員だろう。
「ハルト、シュンが送ってくれた情報を覚えているかい?」
まつりさんがそう言った。僕はスマホを取り出し、駿のメッセージを見返してみる。
『二年五組の円城寺遊子(えんじょうじ ゆず)という女子生徒。部活には入っていないが、図書委員をしている。』と書かれている。
カウンター席に座る女子生徒を見る。あの女子生徒が円城寺遊子だろうか。
「あの、円城寺さん……ですか?」
声をかけると、女子生徒が本から顔を上げた。ずれたメガネを直すと、僕の顔をじっと見つめてきた。不信感を露わにした顔をしているところを見ると、話しかけられたくないのだろう。
「そうですけど……あなたは?」
図書室だからだろうか、声のトーンが低い。
「僕は同級生の溝呂木春斗です。円城寺遊子さん、訊きたいことがあるのですが、いいですか?」
「はぁ……いいですけど」
「さっそくですけど、柳中の瀧村って生徒を――」
「瀧村さんのことを知っているの!」
円城寺さんは叫び、カウンターをバンと叩きながら立ち上がった。あまりの豹変に思わず僕とまつりさんは後ずさってしまった。そして静かだった図書室にいる全員の視線が、円城寺さんへと注がれた。
「……あ、す、すみません……」
消え入りそうな声で周りにペコペコと頭を下げながら、円城寺さんは席へと座る。乱れた前髪とメガネを直すと、僕へと目線を上げた。
「なんで溝呂木さんが瀧村さんを知っているんですか?」
「瀧村さんに頼まれて円城寺さんを探していたんですが……知り合いなんですね?」
「ええ、知り合いです」
「じゃあ、瀧村さんに会ってくれませんか? 僕が瀧村さんの所まで案内しますので」
「……わかりました」
しぶしぶと言った感じではあったが、円城寺さんはうなずいてくれた。
「では今日の放課後、校門で待ち合わせしましょう」
「いえ……校門で待ち合わせするのは、ちょっと恥ずかしいので……スマホ貸してください。連絡先教えます」
僕はスマホを手渡すと、円城寺さんは不慣れな手つきでチャットツールを操作していた。
「……はい、このアカウントが私です。どこか別の、人が少ないところで待ち合わせしましょう。場所はお任せしますので、これで連絡してください」
返されたスマホを見る。『遊子』というアカウントが追加されていた。本の表紙の上にメガネが置かれた写真をアイコンにしている。
「わかりました。では、放課後に連絡しますね」
そう言ってペコリと頭を下げる。円城寺さんも控えめに会釈をしてくれた。
静かに図書室を出ると、大きなため息を吐いた。確か昨日も同じようなことをした気がする。
「よかったね、ハルト。今週だけで女の子の連絡先を二人分もゲットしちゃったね」
ニッコリ笑顔でいじってくるまつりさんを恨めしそうに見つめた後、僕は購買まで向かい、オレンジジュースを買って飲むことにした。ブリックパックにストローを差し、一口飲む。緊張で喉が渇いていたので、オレンジの酸味がとてもしみる。
「ハルト、ミナミに連絡しなくていいの?」
「あ、そうですね。忘れてました」
ストローを口にくわえたまま、スマホを取り出して瀧村さんに連絡を取る。『じゃああの公園で』という昨日と同じ定型文が送られてきたのと同時にチャイムが鳴ったので、僕は飲み干したパックをゴミ箱へと捨てると、教室へと戻った。
五時限目と六時限目を乗り越え、放課後になった。円城寺さんとの待ち合わせ場所を決めなければいけなかったので、僕の行きつけの喫茶店にすることにした。お店のサイトのURLと地図の情報をチャットアプリで送り、一足先に喫茶店へと向かった。
喫茶店へと入店すると、いつもの席へと腰を据える。今日も僕以外に人がいないようだ。レモンスカッシュを店員に頼み、円城寺さんを待つことにした。
「ユズから返事は来たかい?」
隣に座ったまつりさんにそう言われ、スマホを確認してみる。円城寺さんから『了解しました』というメッセージが一言だけ送られてきていた。
「ユズはミナミのことを知っているようだけど、いったいどういうことなんだろうね?」
「瀧村さんは円城寺さんに告白したと言っていましたし……兄か弟がいるんだと思いますけど……」
まつりさんと会話をしていると、ドアベルが鳴り、円城寺さんがお店の中へと入ってきた。キョロキョロと店内を見渡し、僕の姿を見つけると、こちらへと歩いてくる。
「ごめんなさい、お待たせしました」
円城寺さんは僕の対面の席へと座る。店員が注文を取りに来たので、円城寺さんはアイスコーヒーを注文した。
「急に呼び出してごめんなさい」
「いえ、こちらこそ待ち合わせの場所を変えてしまって、ごめんなさい」
円城寺さんは届いたアイスコーヒーにスティックの砂糖を二本入れ、ミルクを入れてかき混ぜる。コーヒーを一口飲むと、落ち着いて店内を見渡した。
「いいお店ですね。静かで、落ち着いてて。読書するのにピッタリです」
「僕もこの喫茶店がお気に入りなんです。よかったら使ってください」
「ええ。今度、読書に来たいです」
そう言って笑う円城寺さん。メガネを掛け、長い前髪で目を少し隠しているためにちょっと根暗な雰囲気がある円城寺さんだが、笑顔はとても可愛らしい。
「えっと、それで本題なんですが、円城寺さんは瀧村さんと知り合いなんですよね?」
「ええ。同じ塾に通っていました。その塾、もう止めてしまったんですが」
「あの……それでですね……瀧村さんが円城寺さんに告白したっていう話を、瀧村さんから聞いているんだけど……」
「……はい。私、瀧村さんに告白されました」
「えっ!? 遊子さんが、ですか?」
驚いた僕とまつりさんとは裏腹に、円城寺さんは落ち着いた様子でコーヒーをかき混ぜている。
「そうです。やっぱり驚きますよね?」
「まあ……そうですね」
「私も驚きました。まさか瀧村さんに告白されるなんて……」
円城寺さんは制服のスカートをぎゅっと握りしめる。
「普通は同性から告白されたら驚くよね」
まつりさんがポツリとつぶやいた。僕も同意見だ。例えば駿に告白されたら「またまた御冗談を」と茶化してしまうかもしれない。
「まさか……瀧村さんと両想いだったなんて……本当にびっくりしてしまって……」
円城寺さんは頬を赤らめながらうつむいた。それを見て、僕とまつりさんはお互いに顔を見合わせてしまった。
「ハルト……今の聞いたかい?」
コクリと力強くうなずく。
「つまり、ミナミはユズのことが好きで告白したけど、ユズもミナミのことが好きだったってことだよね?」
ブンブンブンと何度もうなずく。
「じゃあなんでユズは逃げ出したんだ?」
その質問には首をかしげてしまう。
「あの……円城寺さんも、瀧村さんのことが好きっていうことですよね?」
「……はい」
「じゃあ、なんで瀧村さんの告白に答えず、逃げてしまったんですか?」
「驚いた、というのが一番なんですが……それに、やっぱり世間体を気にしたというのが大きいです。女の子同士で恋愛とか、世間も、そして親も許してくれるとは思えないですし」
円城寺さんが悲しそうな顔をする。最近は同性愛という言葉をテレビでもよく聞くようになったが、それでもまだ一般的には認知されていない。同性愛は『普通じゃない』からと、世間体を気にして諦めている人がいったいどれだけいるのだろうか。
人は異端を嫌う。普通でないものは異端だとして切り捨てられる。ちょっとでも人と違うものは、普通ではないと指をさされるんだ。それは、僕もよく知っている。幽霊がみえるのだって、普通ではないのだから。
「あの、じゃあ瀧村さんは、円城寺さんが、その……同性愛者だということを知らないって……ことですよね?」
「はい。知らないと思います」
円城寺さんの答えを聞いて、僕は何となく理解した。
瀧村さんは、円城寺さんに想いを伝えてしまったことを無念に思っている。それは自分が同性愛者だということを告白したことを後悔しているのだ。それを告白しなければ、仲のいい友達でいられたかもしれない。それでも、瀧村さんは想いを伝えずにはいられなかった。だが結果は、円城寺さんが逃げてしまうという結果になってしまった。
円城寺さんの背中を見ながら「やっぱり同性に告白するのはおかしなことなんだ。拒絶されるぐらいなら、告白なんかしなかったのに」と思ったのかもしれない。そんな無念が、あの場所に残留思念として残ってしまったのだろう。
「世間体を気にせず、勇気を出して告白したミナミ。世間体を気にして、気持ちを押し殺したユズ。いったいどっちが正解だったんだろうね?」
まつりさんは円城寺さんの顔をじっと見つめる。たぶん、どっちも正解であり、どっちも不正解だったんじゃないかなと、僕は思った。
スマホが震えた。確認すると、瀧村さんから『公園、着いたから』というメッセージが送られてきていた。
「円城寺さん、瀧村さんが緑公園で待っているんですが……」
僕が言うと、円城寺さんは目を閉じ、一度深呼吸をした。
「あの、やっぱり私、もう帰ろうと思います」
「……それでいいんですか?」
円城寺さんは何も言わず、残ったコーヒーをストローで飲み干した。
「僕が言うのもなんですが、瀧村さんは、円城寺さんに告白したことを後悔していると思うんです。その挽回の場を、どうか作ってあげてくれませんか?」
「瀧村さんが、後悔を?」
「はい。おそらく、同性愛者だと告白したのを後悔していると思うんです。円城寺さんが逃げたのを見て、自分が普通じゃないってことを自覚してしまったんだと……」
「私のせい……ということですか?」
「いえ、そこまでは言ってません。でも、せめて瀧村さんの気持ちを、もう一回聞いてあげてくれませんか?」
円城寺さんは少し考えた後、小さくうなずいた。
僕と円城寺さん、そしてまつりさんは喫茶店を後にし、緑公園へと向かった。公園のベンチには、柳中の制服姿の瀧村さん、そして私服の瀧村さんの残留思念が座っている。
「瀧村さん!」
瀧村さんの姿を見て、円城寺さんが駆け出す。瀧村さんも円城寺さんの姿を見て、ベンチから立ち上がった。
「円城寺さん! よかった、来てくれたんだ」
二人は夕日に染まった公園の真ん中で向かい合う。二人は照れ臭そうに笑いあった後、お互いに無言になってしまった。僕とまつりさんは公園の入り口で、二人の成り行きを見届けることにした。
「あの……この前は、ごめんね」
最初に口火を切ったのは瀧村さんだった。
「円城寺さん、ビックリしたよね。友達だと思ってたわたしが、急に好きだとか告白しちゃうんだもん。……気持ち悪いよね、やっぱり」
「ううん、そんなことない! 気持ち悪いとか、そんなこと思ってないよ!」
「えっ……でも……」
「告白されて嬉しくて……でも、やっぱり女の子同士だとおかしなことなんじゃないかなって不安になって……それで、逃げちゃったの」
円城寺さんは一度うつむいた後、顔を上げてまっすぐに瀧村さんを見ながら続ける。
「私も……私も瀧村さんのことが好きなの!」
それは絶叫に近い叫びだった。肩で息をする円城寺さん、呆然としている瀧村さん。二人の顔がみるみる赤くなっていくのが遠目から見てもわかった。それと同時に、僕なんかがこんな場所にいていいのかと不安になってきた。
「普通じゃないからって諦めて逃げ出しちゃったけど……でも、もう諦めない!」
「わたし……わたしでも、いいの?」
「ううん、瀧村さんじゃなきゃダメなの! 私は、円城寺遊子は、瀧村さんが好きなの!」
「円城寺さん……遊子って名前だったんだね」
「うん……瀧村さんは?」
「わたし……瀧村みなみも、円城寺遊子さんのことが、大好きです」
顔が真っ赤だった。瀧村さんも、円城寺さんも、そして見ている僕も。影法師が公園の入り口まで伸びてきた。夕日に照らされながら、二人はお互いに気持ちをぶつけあっている。
「……ハルト、帰ろう。もうアタシ達がいる必要性はないよ」
まつりさんに声をかけてもらえて、やっと我に返った。僕は一応、二人に頭を下げると、逃げ出すように公園を後にした。
「あれはまさに青春だったね、ハルト」
僕の少し前を行くまつりさんが言った。
「そうですね。見ているこっちが恥ずかしくなってくるぐらいに」
「でも、いいものを見れたんじゃないかな。たぶんこれからの人生で、二度とお目にかかれないと思うよ? ま、アタシは死んでるから人生とか関係ないけど」
「……でも、二人はうまくいくんでしょうか? もちろん、二人の仲は大丈夫でしょうが、その、世間的に……」
「さあね。それはアタシ達がどうこう言う筋合いはないんじゃないかな」
「そうですね。口出しする権利も、何かをしてあげることもできないですし……」
「でもさ」
まつりさんが僕へと振り返る。ふわりと浮き、僕に目線を合わせ、続ける。
「あの二人には幸せになって欲しいな」
まつりさんは笑顔で、そう言った。
二日後、日曜日。
「お邪魔しまーす。ハルト、いるよね?」
「あ、いらっしゃい、まつりさん。そろそろ窓から入ってくるのやめてもらえませんか?」
休日ということで、まつりさんが遊びにやって来た。幽霊であるまつりさんは壁などをすり抜けて通ることができるので、いつも窓から侵入してくる。そろそろ玄関から入ってきて欲しいところだ。
「さ、今日もゲームをしようよ!」
「いいですけど、今日は何で遊びますか?」
「今日はバトロワシューティングが見たいな! ハルトのブレッブレのエイムを見るのが楽しいから」
「わかりました」
すっごい馬鹿にされているが、怒ってはいけない。本当のことだ。
ゲームを起動してマッチングを待っていると、ドアがノックされた。返事をするとドアが開き、お姉ちゃんが部屋へと入ってきた。手にはお盆を持っていて、カップが乗っている。
「春くん、おやつ持ってきたわよ。まつりさんもいるのよね?」
「うん。ここにいるよ」
まつりさんを指さすと、お姉ちゃんは「いらっしゃい、まつりさん」と笑顔を見せた。まつりさんも、お姉ちゃんに会釈をしているが、残念ながらお姉ちゃんにその姿は見えていない。
「はい、ジュースとケーキ。まつりさんの分もあるけど、持ってきた方がいいかしら?」
「いや、どうせ食べられないからいいよ。気持ちだけ受け取っておくから、ハルトとアキナで食べなよ」
「気持ちだけで大丈夫だってさ。お姉ちゃんと僕で食べて、だって」
まつりさんの言葉を代弁してあげると、お姉ちゃんは「そう」とうなずいた。
「じゃあ、これだけ置いて行きますね」
まつりさんの前にお皿を置くと、お姉ちゃんは火のついたお線香の束をそのお皿に置いた。
「じゃあ、ごゆっくり」
パタンとドアを閉め、お姉ちゃんが出ていった。僕とまつりさんは、ゆらゆらと煙が昇るお線香を見つめていた。
「ハルト、遊びに来るたび毎回思うんだけど、別に線香をお供えしてくれなくてもいいんだよ?」
「僕もそう言ったんですけど、礼儀だからって言って止めてくれなかったんです」
「……まあ、いいんだけどさ」
「僕としては部屋が線香臭くなるので止めて欲しいんですけどね」
気を取り直し、僕とまつりさんはゲームを楽しんだ。夕方になり、まつりさんが帰ろうとした時、僕のスマホが鳴った。
どうやらチャットツールにメッセージが届いたようだ。メッセージを確認する。瀧村さんからのメッセージだ。『この前は遊子を連れてきてくれてありがと。おかげで遊子ともっと仲良くなれたよ!』というメッセージだった。
「よかったね、ハルト」
まつりさんがニッコリと笑顔を見せた。その笑顔は反則なんだ。僕は直視できなくて顔をそらしてしまった。
「ふふっ、ハルトはカワイイね」
クスリと笑うまつりさん。
「あんまりからかわないでくださいよ」
そう言った時、またスマホが鳴った。今度は円城寺さんからのメッセージだった。アプリを開く。どうやら文章ではなく、写真が一枚送られてきたようだ。その写真を開いてみる。
「……よかったですね、本当に」
その写真を見て、僕はそうつぶやいていた。まつりさんもスマホをのぞき込んでくる。送られてきた写真を見て、まつりさんも頬を緩めていた。
送られてきた写真には円城寺さんと瀧村さんが写っていた。どこかのテーマパークに行ってきたのだろう。アトラクションの前で、二人でピースをしている写真。二人とも満面の笑みで、とっても楽しそうだ。
写真では円城寺さんの右手と、瀧村さんの左手が握られていた。指を絡ませあった、恋人つなぎで。
巫女服幽霊まつりさん 北窓なる @naru_kitamado
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