幽霊の仕業?
「ねぇハルト、明日は休みだよね。どこか遊びに行こうよ!」
下校途中、僕の前を飛び回る巫女服の女性がそう言った。飛び回る、というのは走り回るという意味ではなく、空を飛び回っているという意味だ。
緋袴と白衣の袖をヒラヒラとなびかせながら宙を舞うこの女性は、僕に取り憑いた幽霊のまつりさんだ。ちなみに
今日は金曜日。僕は部活動に入っていないので土曜日は何も予定がない。
「ええ、いいですよ」
「じゃあ明日の午後にここで待ち合わせしよう!」
「そうですね。どこに行くかは明日決めましょう」
「うん! じゃあまた明日ね!」
笑顔で手を振ると、まつりさんは小湊神社へと続く道へと飛んで行った。途中何度かこちらへと振り返るので、そのたびに手を振ってあげた。するとまつりさんは嬉しそうに手を振り返してくれた。僕はまつりさんの姿が見えなくなるまで見送った後、家へと帰った。
「ただいまー」
「あ、春くん、おかえり」
返事を期待していたわけではないのだが、家の中から返事が返ってきた。リビングの扉から顔を出したのは、お姉ちゃんだった。
「あれ、お姉ちゃん? もう帰ってたんだ」
「うん。今日は学校午前中までだったから。おやつ用意するから手を洗って着替えてきなさい」
「はーい」
僕は洗面所で手洗いとうがいを済ますと、自室で部屋着へと着替える。リビングへと戻ると、テーブルの上にはホットケーキが置かれていた。
「わあ! 今日のおやつはホットケーキだ」
「午後暇だったからね。さ、食べましょう」
ニッコリと笑顔を見せると、お姉ちゃんはコーヒーを差し出してきた。コーヒーを一口飲む。ミルクと砂糖が入っていてとっても甘い、僕の好みの味だった。さすがお姉ちゃん、僕の好みをわかっている。
「はい、はちみつ」
お姉ちゃんがトロリとしたはちみつをホットケーキへとかけてくれた。はちみつをたっぷりと絡ませ、ホットケーキを口へと運ぶ。ホットケーキはとてもフワフワで、はちみつの甘さがバターの味を引き出してくれている。
「うん、おいしい! さすがお姉ちゃんだね!」
「よかった、春くんが喜んでくれて」
嬉しそうに微笑むお姉ちゃん。お姉ちゃんはブラックコーヒーを飲みながら、ホットケーキにチョコレートソースをかけて食べている。
お姉ちゃんは僕より三つ年上で、高校二年生だ。名前は
僕の両親は今年の初めから単身赴任で北海道へと行っている。帰って来るのは早くても来年の秋ごろだそうだ。両親が留守の間、家事は分担しながら行っているが、料理はほとんどお姉ちゃんがしてくれている。優しくて美人で料理がうまい、僕の自慢のお姉ちゃんだ。
「ねえ春くん。ちょっといいかな?」
ホットケーキを食べ終え、新しく淹れたコーヒーへと口をつけながらお姉ちゃんが訊いてきた。
「ちょっと春くんに頼みたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「実は春くんにみてもらいたい人がいるの」
「みてもらいたい? ということは、もしかして幽霊の話?」
「そう。私の友達なんだけど、最近、おかしなことが多いらしいのよ。もしかして、変なのに取り憑かれたんじゃないかって気にしてるみたいでさ。だから、春くんにみてもらえないかなと思って。何もないってことがわかれば、その子も安心すると思うのよ。どうかな?」
僕は幽霊であったり、幽霊以外にもその場に残った強い思いである残留思念をみることができる。お姉ちゃんはそのことを知っている。そして僕の言葉を信じてくれている。
「うん。僕でよければ力を貸すけど」
「そう? よかった」
「でも僕ができるのはみることだけだよ?」
「それだけで十分よ。じゃあ、さっそくなんだけど明日でもいい?」
明日はまつりさんとの約束がある。まつりさんの嬉しそうな笑顔が脳裏へとよみがえってきた。
「お姉ちゃん……明日は……」
翌日の午後、お昼ご飯を食べ終えた僕は小湊神社へと向かった。家から十分ほど歩き、小湊神社へと続く小道の近くへとやって来た。小道の端に、まつりさんが座っている。紅白の巫女服であるため、遠くからでもその姿は目立っていた。
まつりさんは僕の姿を見ると立ち上がり、嬉しそうに手を振った。
「ハルト―! こっちだよ!」
「お待たせしました」
まつりさんはめずらしく地面を走ってこちらへと向かってくる。いつもは長い黒髪を後ろで束ねているのだが今日は二つ結びにしていて、いつもより印象が違って見えた。
「もしかして待たせちゃいましたか?」
「ううん、そんなことないよ。さ、今日はどこに行くの?」
まつりさんは僕の隣へとやって来ると、嬉しそうに小首をかしげる。
「実は行きたいところがあるので、僕についてきてください」
「うん、わかった。えへへ、楽しみだな」
テーブルに頬杖をつき、そっぽを向いた状態でまつりさんが座っている。表情はブスッとして、機嫌が悪そうだ。
「あの、まつりさん。もしかして怒ってますか?」
恐る恐るそう訊いてみる。
「ううん、全っ然!」
やばい、めっちゃ怒ってる。
僕とまつりさんは喫茶店の一番隅のテーブル席に座っている。小さいけれど静かで雰囲気がある喫茶店で、お姉ちゃんがよく利用している。現在、僕以外にお客さんの姿はない。もちろん、まつりさんを除けばの話だが。
この喫茶店にやって来た理由は、お姉ちゃんとの待ち合わせのためだ。昨日話していた、お姉ちゃんの友人をみてあげるためにここで待ち合わせをすることになった。それを黙ってまつりさんをこの喫茶店へと連れてきたのだが、どうやら怒らせてしまったようだ。
「まつりさん、黙って連れてきてごめんなさい。でも、お姉ちゃんの役に立ちたいんです」
「まったく、アタシとの約束があったのにあのデカ胸との約束を入れちゃうなんて……」
「お姉ちゃんをデカ胸呼ばわりするのはやめてください」
「……シスコン」
「何か言いましたか?」
「シスコンって言ったんだよ」
まつりさんはプイっと顔をそむけてしまう。
「まつりさん、謝りますから機嫌を直してください。お姉ちゃんの役に立ちたかったけど、まつりさんとの約束も大切にしたかったんです。だから、こうしてまつりさんをここに連れてきたんですから」
「はぁ……もういいよ。ハルトのシスコンは今に始まったことじゃないし。それに、良い喫茶店があるってわかったし。今度、この喫茶店にアタシを連れてきて来てくれるのなら、許してあげる。もちろん、二人きりでだよ?」
「わかりました。約束します」
「じゃあ許してあげる」
まつりさんは顔を僕へと向けると、ニコリと微笑んだ。その笑顔は反則だ。僕は恥ずかしくなって視線をそらしてしまう。まつりさんはそんな僕を見て「ハルトはカワイイなぁ」と笑っていた。
カランカラン、という扉についたベルの音が聞こえてきた。いらっしゃいませ、という店員の声と一緒に店内へと入ってきたのは、お姉ちゃんだった。
「あ、お姉ちゃん!」
手を振ると、お姉ちゃんは笑顔で手を振り返してくれた。
「お待たせ春くん」
「ううん、待ってないから大丈夫だよ」
そう答えると、隣に座っていたまつりさんがプクーっと顔を膨らませた。
「かなり待ったんだけど?」
そう言うまつりさんを無視し、お姉ちゃんを呼ぶ。店内に入ってきたお姉ちゃんの後ろから、小柄の女性がピョコっと顔を出した。
「おー、君が秋奈の弟さんだね。お姉ちゃんに似てカワイイじゃん!」
「春くん、この人が私の友達の
お姉ちゃんが紹介すると、陽菜乃さんはピースをして見せた。
「ひなのでーす! よろしくね弟くん」
「あ、僕は春斗って言います。よろしくお願いします」
「よろしく!」
陽菜乃さんは僕の手を半ば強制的に握り、握手をした。強引な性格なようだ。
お姉ちゃんと陽菜乃さんは僕の前の席へと座ると、店員さんにアイスティーとオレンジジュースを頼む。飲み物はすぐに運ばれてきた。
「春くん、さっそくなんだけど、どうかな?」
お姉ちゃんは運ばれてきたアイスティーにガムシロップを入れてかき混ぜながら言う。陽菜乃さんは背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「うーん……」
陽菜乃さんをじっと観察してみる。陽菜乃さんは小柄であまり凹凸がない体型をしている。ショートヘアで肌が少し日に焼けているところを見ると、何か部活でもしているのだろうか。
「なんか、じっと見られると緊張するね」
少し恥ずかしそうに頭をかく陽菜乃さん。少なくとも僕には、陽菜乃さんに何かが取り憑いているようにはみえない。
「何もみえないですね」
「え、そうなの?」
陽菜乃さんは肩を力を抜くと、少しだけほっとした顔をした。
「春くん、本当に何も憑いてないの?」
「うん。でも、お姉ちゃんは知ってるかもしれないけど、僕はどちらかというと地縛霊をみる方が得意だから」
「幽霊みるのも得手不得手があるんだ」
興味深そうな陽菜乃さん。
「まつりさん、どうですか?」
まつりさんに訊いてみる。するとまつりさんは腕を組んで陽菜乃さんをじっと見つめ始めた。
「あ、今日はまつりさんも来てるんだね。こんにちは、まつりさん。挨拶遅れてごめんなさい」
お姉ちゃんが僕の隣へと頭を下げる。まつりさんはお姉ちゃんを見て軽く会釈をした後、陽菜乃さんへと視線を戻した。
「ねぇ秋奈。まつりさんって誰? 弟くんのイマジナリーフレンド?」
「まつりさんはね、春くんに取り憑いた幽霊さんみたいなの」
「えっ、弟くん幽霊に取り憑かれてるの!?」
「悪い幽霊じゃないみたいだから大丈夫よ」
なんかお姉ちゃんと陽菜乃さんで話が盛り上がっているが、その間もまつりさんは無言で陽菜乃さんを見つめていた。
「……間違いない。このヒナノって娘には何も取り憑いてはいないよ」
「やっぱりそうなんですね」
僕は陽菜乃さんとお姉ちゃんの方へと顔を向ける。
「まつりさんも何も憑いてないって言ってますよ」
「本当に? 幽霊がそう言うのなら間違いないね!」
「よかったね、陽菜乃」
「うん! 一安心だよ」
陽菜乃さんはほっとした顔をしてオレンジジュースのストローを口へと運んだ。
「ところで、どうしてこのヒナノって娘は幽霊に取り憑かれていると思ったんだろう?」
まつりさんが首をかしげる。
「あの、陽菜乃さん。どうして幽霊に取り憑かれたと思ったんですか?」
まつりさんの代わりに訊くと、陽菜乃さんはストローから口を離した。
「最近ね、おかしなことが多いのよ。部室のロッカーに入れておいた髪留めがなぜか床に落ちていたり、帰り道に誰かの視線を感じたり、部屋でラップ音がしたりしてさ。あ、あと部屋の物がちょっと移動してたりもしたよ。もしかしたらそれは気のせいかもしれないけど」
「なるほど。それで幽霊を疑ったわけですね」
「うん。でも幽霊じゃないのなら、あたしの気のせいだったみたいだね」
そう言って笑う陽菜乃さん。安心しきったのだろう。店員さんを呼ぶと追加でショートケーキを頼みだした。
「私もチーズケーキを頼もうかな。春くんは何か頼む?」
「あ、じゃあ僕はチョコレートケーキをお願いします」
店員さんはかしこまりました、と頭を下げ去っていった。
「……ねぇハルト、さっきの話をどう思う?」
まつりさんが真面目な顔で僕の顔をのぞき込んできた。
「うわっ! どうしたんですかまつりさん?」
「ハルト、さっきのヒナノって娘の話を聞いて、何かおかしいと思わないかい?」
「おかしいですか?」
「物が動いたりラップ音がする、視線を感じる。確かに幽霊によくありがちな心霊現象だと思うよ。でも、ハルトもみてわかっただろう? この娘には幽霊が取り憑いていない」
「そうですね。……ん、ということは、陽菜乃さんの家に地縛霊がいるっていうことですか?」
「それだと、ロッカーに入れておいた髪留めが落ちていたという話と、帰り道に視線を感じたという話が説明できない。それはどちらもヒナノの家ではないからね」
「ということは……」
「残る可能性は……」
「人間の仕業!」
僕とまつりさんの声がきれいに重なった。大きな声を出してしまったため、お姉ちゃん、陽菜乃さん、そしてケーキを置きに来た店員さんがビクッと驚いていた。
「どうしたの春くん? 急に大きな声出して」
「ごめんなさいお姉ちゃん。でも、ちょっと待ってね!」
店員さんはケーキを三つテーブルに置くと、ごゆっくり、と言って僕をチラリと見て去っていった。
「ハルト、訊くことはわかっているね?」
まつりさんが真剣な顔で言うので、僕はうなずいた。
「陽菜乃さん、心霊現象が起こったのっていつからですか?」
僕が訊くと、陽菜乃さんはフォークを持ち、うーん、とうなりながら首をかしげた。
「えっと、二週間ぐらい前からかな」
陽菜乃さんはショートケーキのイチゴをフォークで刺すと、口へと運ぶ。
「部屋の物が動いていたっていうのはいつですか?」
「それは一昨日ぐらいに気がついた」
「家の鍵ってどこかに置いておいたりしますか? 家の郵便受けの中とか、植木鉢の下とか」
「ないよ。あたしが持ってるのと、あとはパパとママが持っているやつだけ」
陽菜乃さんは鍵を取り出して僕に見せてくれた。パンダのキーホルダーが付いたごく普通の鍵だった。
「では陽菜乃さんのご両親って共働きですか?」
「そうだよ。よくわかったね。パパとママはすっごく仲が良くってさ、今日と明日を使って二人で温泉旅行に行っちゃった」
「陽菜乃さんは一人っ子?」
「うん」
「じゃあ、陽菜乃さんは今晩一人ってことですか?」
「うん、そうだけど、それが?」
陽菜乃さんが怪訝そうな顔をする。僕とまつりさんはお互いにうなずきあう。
「陽菜乃さん、これから陽菜乃さんの家に行ってもいいですか?」
「いいけど……両親がいないとわかった瞬間に家に行きたいだなんて、弟くんはダイタンだね」
ケーキを急いで食べ、会計を済ませて店を出ると、僕達は駅へと向かった。電車で一駅移動したところが陽菜乃さんの家がある街だった。駅から歩いて七分ほど、とある一軒家の前で陽菜乃さんは立ち止まった。
「ここだよ! 二階の一番右側の部屋があたしの部屋」
表札には藤原と書かれている。陽菜乃さんが鍵を取り出し、扉へと近づいた。
「あ、待ってください! ちょっとこっちへ!」
鍵を開けようとした陽菜乃さんを止め、腕を掴んで家から少し離れた場所へと移動する。
「まつりさん、お願いしてもいいですか?」
「うん。任せて!」
まつりさんは空を飛ぶと、陽菜乃さんの家へと向かっていった。扉をすり抜け、陽菜乃さんの家へと入っていく。
「春くん、どうしたの?」
お姉ちゃんが心配そうに僕を見てくる。
「僕の思い違いならいいんですが、もしかしたら陽菜乃さんの家に誰かいるかもしれません」
「えっ、どうして?」
陽菜乃さんがパンダのキーホルダーを握りしめながら心配そうな顔になった。僕は陽菜乃さんの顔を見ながら言う。
「陽菜乃さんには幽霊が取り憑いていません。なので今までの心霊現象はもしかしたら人間の仕業なんじゃないかと思ったんです。そして人間の仕業だった場合、その人間は陽菜乃さんの部屋に少なくとも一度は入っている可能性が高いんです。それも、陽菜乃さんが留守の時に」
「……じゃあ、あたしの部屋の物が動いていたのって」
陽菜乃さんの顔が青ざめる。それと同時に、陽菜乃さんの家の窓からまつりさんがフワリと飛び出してきた。
「まつりさん、どうでしたか?」
まつりさんは僕の前へとやって来ると、首を横に振った。
「……ハルト、今すぐ警察に連絡だ。男が一人、家の中に隠れていたよ」
「そうですか、わかりました。お姉ちゃん、陽菜乃さん、今すぐ警察に連絡しましょう。陽菜乃さんの家に、男が一人隠れているみたいです」
陽菜乃さんが小さく悲鳴をあげた。お姉ちゃんはスマホを取り出すと、陽菜乃さんの背中をさすりながら警察へと連絡を始めた。
「まつりさん、その男は家のどこにいたんですか?」
僕が訊くと、まつりさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ヒナノの部屋のベッドの下」
ストーカー男逮捕。
広げた新聞の片隅に書かれていたその記事を僕とまつりさんは無言で読んだ。
その記事を要約するとこうだ。
被害者の家に不法侵入して被害者の帰宅を待ち伏せしていたストーカーの男を逮捕。男は刃物を持ち、被害者の部屋に隠れていた。被害者は帰宅前に異変に気づいて警察へ連絡したため無事だった。ストーカー男は被害者が部活中にロッカーから鍵を盗み出し、合鍵を作って家へと侵入。被害者の部屋にカメラや盗聴器を仕掛けていた。逮捕当日、被害者の両親が旅行でおらず、被害者一人だけであることを盗聴器で知り犯行に及ぼうとしたと供述している。
「お手柄だったね、ハルト」
「男を見つけてくれたのはまつりさんですよ」
新聞を畳み、テーブルの隅へと置く。頼んでいたレモンスカッシュを一口飲むと、爽やかなレモンの香りが鼻腔へと広がり、程よい炭酸がパチパチと音を立てながら喉を通り過ぎていった。
僕とまつりさんは約束していた喫茶店へとやって来た。今日はお姉ちゃんがいないので、正真正銘の二人きりだ。まあ、店員さんから見れば僕一人でやって来たと思われているだろうが。店内には今日も僕以外のお客さんはいない。もしかして、人気がない喫茶店なのだろうか。
「陽菜乃さんが部屋で聞いたラップ音はカメラや盗聴器の音だったみたいです」
「それを心霊現象と勘違いしたわけだ。まあ普通は部屋に監視カメラや盗聴器があるなんて思わないものね」
「男は刃物を持っていたようですし、陽菜乃さんは本当に危ないところでした」
「ヒナノが無事でよかったよ」
「幽霊の仕業かと思ったら、実は人間の仕業だった。なんか、そっちの方が怖いですね」
「本当に怖いのは幽霊や残留思念じゃなく、生きている人間の悪意や狂気なのかもしれないね」
隣に座っていたまつりさんは僕の対面へと移動すると、頬杖をついて僕の顔をじっと見つめてきた。
「……じっと見ないでください、恥ずかしいです」
「なんかこうしていると恋人同士みたいだね?」
「あんまりからかわないでください」
レモンスカッシュを飲むと、まつりさんはふふっと微笑んだ。
ドアベルが聞こえた。僕とまつりさんの顔が扉へと向く。
「やっぱり! 弟くんだ!」
嬉しそうに笑いながらこちらへとやって来たのは、制服姿の陽菜乃さんだった。
「陽菜乃さん、こんにちは」
「窓から弟くんの姿が見えたからさ。あ、席一緒でいい?」
僕の答えを聞く前に陽菜乃さんは僕の隣の席へと腰かけた。
「ちょっと、なにちゃっかりハルトの隣に座ってるのさ! あんたはこっちに座りなよ!」
まつりさんが怒っている。が、陽菜乃さんは気にせず(というか気づかず)、僕に身を寄せながらメニューを手に持った。
「弟くんはレモンスカッシュ? じゃああたしはクリームソーダにしようかな」
「ちょ、ちょっと陽菜乃さん。近いです!」
「あ、ごめんね。でも、ちょっと顔にやけてるよ?」
ニヤニヤと笑う陽菜乃さん。僕、そんなににやけてたかな? まつりさんを見ると、ぐぬぬ、と悔しそうな顔をしていた。
「弟くん、この前はありがとね」
「いえ、僕よりもまつりさんにお礼を言ってあげてください」
「あ、今日もまつりさんいるの?」
「ええ。僕の前の席にいます」
「そっか。まつりさん、どうもありがとう。おかげで助かりました」
陽菜乃さんはペコリと頭を下げる。まつりさんはまんざらでもないようで、嬉しそうな顔をしながら頭を下げる陽菜乃さんを見ていた。
「で、お礼はお線香とかでいいのかな?」
「いや、どうでしょう。まつりさん、どうですか?」
「お線香はいらない。それより、そこどいてくれない?」
「えっと、陽菜乃さん。まつりさんはそこどいてくれって言ってます」
「えー、それはできないかな。だって弟くんの隣にいたいもん」
そう言って僕の腕へと抱きついてきた。
「陽菜乃さん!?」
「ちょ、何してるのさ! ハルトもさっさと振りほどきなよ!」
そう言われても、さすがにそれは無礼だろう。
「えへへー、幽霊じゃこんなことできないでしょ?」
僕の腕を抱いたまま、意地悪な笑みを浮かべる陽菜乃さん。
「もう! やっぱり生きている人間が一番怖いじゃないか!」
涙目のまつりさんの叫びが、静かな喫茶店の中に空しく響くのであった。
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