第34話

「ここだ。もう休憩時間に入っているから話はできるけど、正直今の彼女に会うのは……」

「それは俺が決めます」


 心配げに眉を下げた細木の前で、俺はさっさとドアノブに手をかけ、押し開けた。

 ガチャリという、重い金属音が響く。そこは、六畳ほどの小さな部屋だった。窓やガラスの類はなく、出入り可能なのは、俺が今入ってきたドアだけだ。

 麻耶はパイプ椅子に座り、制服姿の警官二名に護衛されていた。いや、ただの見張りなのか。その二人に向かい、細木は静かにこう言った。


「二人とも、少し外してくれないか」

「はッ、しかし……」

「いいんだ。彼は特別だ」

「了解しました」


 その時になって、ようやく麻耶は顔を上げ、


「俊介!」


 と叫んだ。先ほどまで俯いていたのは、両親が来ると思って不貞腐れていたのだろう。

 そのせいで足元にまで注意が及ばなかったのだろうか、麻耶は足を絡ませて転びかけた。


「おっと!」


 俺は麻耶の肩を押さえるようにして、彼女の転倒を防ぐ。

 背後で細木がドアを閉じる音がした、その直後、麻耶は泣きながら、俺の肩に顔を押しつけてきた。


「俊介! 俊介! あたい、捕まっちゃった。他の皆も、美耶も……」


 俺は何も答えられない。警察署まで連行されてきたであろうことは想像がつくのだが。

 どうしようもない俺は、麻耶の背中に腕を回すことで、何とか『大丈夫だ』と伝えようとした。なんて無責任なんだろうと思ったが、しかしそれしか、俺にできることはなかった。


「俊介、大丈夫? 俊介は何も悪いことしてないよ? そうだよね?」

「あ、ああ。俺はもう無罪放免だ」

「よかった……」

「他の皆だって大丈夫さ。俺の勝手な主観だけど、皆まだまだ若いだろ? やり直すチャンスはきっとあるはずだ」

「うん……うん!」


 麻耶は俺以上の腕力で、俺の背中を締めつけた。

 麻耶が安心してくれた様子であるのを確認した俺は、こちらから質問することにした。


「お前、さっきの刑事に酷いこと言われなかったか?」


 すると麻耶は、俺の背中に回していた腕をだらん、と下ろし、一歩後ずさった。


「パパとママの指示に従え、って」


 それはそうだろう。警察の上層部にまで圧力を利かせられる月野財閥だ。警部補というのがどれほどの地位なのか分からないが、きっと肥田に、そしてその上司に財閥が圧力をかけてきた可能性はある。つまり、『うちの娘をさっさと家に帰せ』ということだけだろう。


 俺が、『やっぱりそうか』と呟いた直後、唯一の出入り口が開いた。


「質問の続きだ、お嬢ちゃん。大丈夫か?」


 背中から聞こえてくるのは肥田の声。そこに気遣いの色があることを察した俺は、先ほどの麻耶の意気消沈ぶりに納得した。麻耶は肥田の前で散々暴れ回っていたのだろう。


「大丈夫か?」


 繰り返した肥田に、麻耶は俺から離れて椅子に戻った。俺もまた、大人しくその部屋から退室した。

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