第24話

 大人に反抗したい、一矢報いたい、恨みを晴らしたい。きっとそんな理由で、彼らは飲酒・喫煙をし、危険ドラッグに手を出し、キラキラ通りを占拠したのだ。

 彼らと同じことはせずとも、大人の言うことやることに違和感を覚えているという意味では、俺も彼らと一緒なのかもしれない。

 俺の黙考を破ったのは、麻耶の威勢のいい掛け声だった。


「皆、神崎の姉御はショットガン兄貴が救出した! もう心配いらないぞ!」


 あたりから一斉に、安堵のため息が漏れる。


「だから皆、自分の持ち場に戻ってくれ!」


 互いに肩を叩いたり、笑みを浮かべたりしながら、不良たちは自分の居場所へ帰っていく。しかし、


「なあ麻耶、どうかしたのか?」

「は? 何が?」

「いや、何だか皆を帰すのに随分焦ってるように見えたから、何かあったのかと思ってな」


 すると、麻耶は何やら呟いた。


「ん? 何だって?」


 俺が耳を近づけると、麻耶は俺の手を引いて、アジトへ続くビルの隙間へと俺を連れ込んだ。


「こっち!」

「な、何だよ? いきなりどうしたってんだ?」


 その問いに対する答えはない。しかし、先ほど身を呈して守った妹・美耶を置き去りにしてまで、ぐいぐいと先に進んでいく。


「おい、いい加減わけを教えてくれ」

「……」


 だんまりか。さすがに俺は腕が痛くなってきた。そんなことに構いもせず、麻耶は時折後ろ、俺よりもずっと後ろまで見通している。否、警戒している。アジトの扉の前に来ると、不良たちはともかく、美耶の姿も見えない状態だった。そう俺が確認したその直後、麻耶にぱっと腕を離された。


「うおっ!」


 麻耶はじゃらり、とキーホルダーを取り出し、ドアを開ける。慎重に左右を見渡してから、転倒しかけた俺をアジトに引っ張り込んだ。ミシリ、と音を立てて、扉が閉ざされる。


「何だよ急に?」

「さっきあんた、余計なことしただろ!」

「よ、余計なこと?」


 いやいや、俺は神崎を助けようと必死で、って待てよ?


「さっき俺がお前を引っ叩いたことか?」

「そうだ!」


 俯いて肯定の怒声を上げる麻耶。だが、なかなか顔を上げようとはしない。


「あー、えっと……そうだな、あれはつい咄嗟に」


『お前の身を守るため』などとは気恥ずかしくて言えなかった。しかし、次に麻耶の口から発せられたのは、思いがけない一言だった。


「……ありがとう、俊介」

「え? 『ありがとう』って一体……。俺はお前に暴力を振るったんだぞ? それなのに」


 続く台詞は言えなかった。麻耶が、俯いたまま俺の胸に顔を押しつけてきたからだ。


「お、おい、麻耶!?」

「あたい、誰にも叱ってもらえなかった。誰からも期待されなかったし、だから誰の目にも留まらなかった。でも、あんたはそんなあたいを叩いてくれた。心配してくれたんだ。だから、ありがとう」


 すると、


「馬鹿言え」


 俺の口から、自然と言葉が溢れてきた。


「俺にだって、お前は大切なんだ。『救出目標』とかって最初は言ってたけど、今はそんなんじゃない。助けたいんだ。お前のことを。お前が大切だって、思えるんだよ」

「本当に?」


 麻耶は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「ああ、本当だ」

「どうして? あたい、こんな不良だし、粗暴だし、何一つ俊介のためになるようなことはしてないよ? それなのに……」


 はあ。俺はため息をつき、一旦自分の腰に手を遣った。


「何だよ。俺から言わせる気かよ」


 じろり、と麻耶を睨んでみたが、麻耶は瞳を真ん丸にして俺の言葉を待っている。そしてその言葉は、あまりにも呆気なく俺から紡ぎ出された。


「しょうがねえだろ。俺、お前のこと、好きになっちまったんだから」


 論理的飛躍が過ぎたかもしれない。だが、両親との関係でトラブルを持ち、さらには愛情を受けられなかった麻耶の境遇を、放っておくわけにはいかなかった。

 守りたかったのだ。俺の、この手で。

 麻耶の方はと言えば、これでもかと目を見開き、俺の目を覗き込んでいる。

 俺は、両手を麻耶の肩に載せ、『言いたいことは言った』という満足感を得て、『俺は帰るぞ』と告げようとした。

 その時、麻耶は俺の両手首を掴み、引き戻すようにして再び俺との距離を詰めた。


「あたいも、好き」


 麻耶が背伸びをする。視線の高さが合う。そして俺たち二人は目を閉じた。

 心臓がバクバクするわけではないし、頭にお星様が浮かぶわけでもない。それだけ、安堵感に満ちた、長いようで短い柔らかな接触。それは、確かにキスだった。


「ぷはっ!」


 麻耶が軽く息を荒げる。


「息、止めちゃった」

「俺もだ」


 そうして、俺と麻耶は照れ隠しに顔を逸らしつつ、しかし笑みを禁じえなかった。


         ※


「引き留めて悪かったな、俊介。もう陽は昇っちまったけど、大丈夫か?」

「ああ。サングラスがあるからな」


 さっとポケットから引き出して装着してみると、


「うっわ、似合わねーーー!」

「うっ、うるせえよ」


 俺は慌てて麻耶と美耶に背を向ける。


「また……来てくれる?」

「まあ、ヒーローを気取りたくなったら来てやるよ」

「うん」


 ふと振り返ると、麻耶はぽっと頬を赤らめた。再び飛び跳ね始める、俺の心臓。


「なっ、何見てんのよ?」

「何でもない!」


 俺は叫ぶようにして広場を横切り、もう通い慣れてしまった裏路地に入っていった。

 だって、『何でもない』としか答えられないだろう? あんなにかわいい麻耶の姿を見たの、初めてだったんだから。

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