第8話

「月野麻耶に話がある。呼んで来い」

「うるせぇ! 麻耶姉に手を出す奴ぁここでバラバラにしてやる!」


 ツナギの片割れがそう叫んだ時には、俺はアキに首根っこを掴まれ、後ろに放り出されていた。

 よろめきながらもなんとか立ち留まる。見ていると、ツナギ二人はポケットから、柄から飛び出すタイプの小さなナイフを取り出した。ギラリ、と、暗闇でも反射するほど、鋭利に研がれたジャックナイフ。

 アキはと言えば、ショットガンを取り出す素振りもなく、ただ二人の顔を交互に見ていた。


「死ねぇ!」


 片方が先に斬りつけてきた。しかしアキは上半身を反らしただけでこれを回避、腕を掴み上げた。


「野郎!」


 もう一人もナイフを振りかざしてきたが、アキは無造作に腕を伸ばし、そいつの頭を引っ掴む。

 ナイフを取り落とした二人は呆気なく抵抗不可能となり、アキは両手で二人の後頭部を鷲掴みにして、額をゴツンとぶつけ合った。


 硬質な、実にいい音がしたところで、アキは二人を放り出した。


「月野麻耶の元へ案内しろ」

「はっ、ははははいっ!!」


 ツナギの二人組は腰を抜かしながらも、顔を見合わせて潔くアキの指示に従った。


「す、すげえ……」

「だから言っただろう、心配はないと。行くぞ、俊介」

「お、おう」


 と、返事はしたものの。

 先に進んでいくと、より恐ろしい光景が広がっていた。狭い路地のあちこちに不良が腰を下ろし、何らかの薬物を吸ったり、得体のしれない液体を腕に注射したりしている。

 最初は皆、訝しげに俺たちにガンを飛ばしてきた。が、恐らくは、ツナギの二人が先導しているからだろう、すぐに大人しく目を逸らした。アキの風貌に気圧された奴もいるかもしれない。

 しばしの間、俺たちは歩んでいった。


「こ、こちらです……」


 ツナギの一人が、そう言って腕をすっと伸ばす。先ほどまでのグダグダ感はどこへやらだ。ギャップのためか、俺にはツナギ二人組が、執事にでもなったかのような妙な感覚に陥った。


 で、問題の『月野麻耶』なる人物だが――。

 案内された先には、小さめの公園のような場所が広がっていた。その中央に、彼女はいた。

 高校生くらいの年頃。肩口でバッサリ切り揃えられたショートカットに、切れ長の瞳。中性的な顔つき。写真で見た通りだ。あちこち破れた多人数用のソファに腰かけ、足を組んで、何らかの酒らしき液体を瓶のままラッパ飲みしている。

 ソファの片側には小さめのオートバイが停められていて、麻耶自身もヴァイオレットのライダースーツを身に着けている。また、彼女の背後にはフェンスがあり、その向こうには粗大ゴミが山のように積み上げられていた。

 よくよくこの光景を見ていると、麻耶がこのキラキラ通りの女王か姫君のように見えてくる。月光が差し込み、その雰囲気はますます高まっていく。


「あ、あの~……」


 ツナギのうちの一人が、俺とアキの方を交互に見ながら弱々しい口調で声をかけてきた。


「何だ」


 アキが唸るように尋ね返す。


「俺たち……じゃなくて、わたくしどもはもう戻ってもよろしいでしょうか?」

「構わん。ご苦労」

「でっ、では、失礼します!」


 会った時とは百八十度違う、実に素直な態度のツナギ二人組を見て、俺は随分安堵してしまった。これで麻耶と話ができる。と、思ったまさに次の瞬間だった。


 硬質なものの擦過音が、ガシャガシャと四方八方から聞こえてきた。


「なっ、なな、何だ!?」


 辺りを見回して目に入ってきたのは、拳銃、拳銃、拳銃。拳銃を持った不良たちに、俺とアキは包囲されている。どうやらこの広場に通じるドアがビル壁面に並んでいて、そこから出てきたようだ。俺には不良たちが、壁から湧いてきたように見えた。


「ひいっ!」


 俺は咄嗟にその場にうずくまった。


「俊介、伏せろ!!」

「とっくに伏せてる!!」


 すると、俺の尻に激痛が走った。


「ぎゃあっ!!」


 思わず飛び跳ねる俺。


「う、撃たれた!? 俺撃たれたの!?」


 そんな俺の頭を押さえながら、アキは銃撃をものともせずにぐるりとあたりを見回した。

 そしてすっとショットガンを取り出すと、情け容赦なくぶっ放した。


「ぐはっ!」

「どあっ!」

「うわあっ!」


 ズドン、ズドンと音が響く度、それこそアクション映画のモブキャラのように、不良たちは後ろに吹っ飛んだ。俺は思わず目を逸らす。今日はアキの変身で、『嫌なモノ』を散々見せられてしまったのだ。加えて血まみれの死体など見たくはない。


 それにしても、アキは平気なのだろうか? それなりに撃たれているはずだが、俺の目の前に降ってくるのはショットガンの空薬莢くらいのもので、血は一滴も流れてこない。まあ、物理的にはアキは機械なわけだから、拳銃くらいじゃ傷つかないのかもしれないが。


 コロン、と最後の薬莢が落ちて、アキは銃撃を止めた。地面に落ちた八つの薬莢は、そのまま転がりながらアキの足元、コンバットブーツへと組み込まれた。なるほど、薬莢もアキの大事な身体の一部だもんな。

 って、そんなことを考えている場合ではない。


「お、おい、俺撃たれたんだぞ!? しかもお前、あんなにショットガンぶっ放して、あんなに人殺して!」

「生きてるよ」

「お前それでも……って、え?」


 あたりを見回すと、ショットガンの直撃を受けたはずの不良たちが、足や腹部を押さえながら身体を起こすところだった。俺の尻も、痛みこそすれ血は出ていない。これはどういうことか。


「よくできてるが、実銃じゃないな。ゴム弾を発射できるように改造したモデルガンだろう?」


 アキの低い声が、このスペースに響き渡る。


「俺の銃も似たようなもので、空気を一点に圧縮させて相手を吹っ飛ばすものだが。どうだ? 誰かもう一発、喰らってみたい奴はいるか?」

「おい、止めとけ!」


 俺はアキの肩に手を載せて、


「これ以上騒がしくなったら警察沙汰だぞ!」


 と言って引き留める。


「お前がそう言うのならば」


 アキは念のためにだろう、一発だけショットガンに弾丸を装填し、背中に戻した。

 その頃になってようやく、不良たちは言葉を交わし始めた。


「あいつら、とても倒せねえぞ……」

「さっき麻耶姉のところへ連れてけ、なんて聞いた」

「俺もだ! ま、麻耶姉……」


 皆の視線が、アキから月野麻耶へと移る。

 すると、


「合格だ」


 麻耶は一人、大きく腕を振って拍手をし始めた。


「皆、サンキュ。でも、こいつは話をしに来たそうじゃないか。それにあれだけの戦闘力だ。あたいらが束になってかかっても、敵いやしねえよ」

「で、でも麻耶姉……」

「あたいは大丈夫だって! 皆、各所の警備に戻ってくれ」

「りょ、了解」


 渋々従う不良たち。だが、俺やアキが何を話すのか気になるのか、飽くまでゆっくりと腰を上げ、未練がましくドアの向こうへ消えていく。

 それにしても、『警備』って何だ……?

 その疑問が顔にでたのか、麻耶は『ああ、それな』と言って答えた。


「サツのガサ入れに備えてるんだ。クスリとか、すぐに隠せるように」


 不良の世界にも『警備』という概念があるのか。

 それはそうと、俺とアキはゆっくり歩を進め、麻耶に近づこうとした。が、カチャリ、と音がして、俺は再び恐怖と驚きで跳び上がった。


「うわ!」

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