第7話【第二章】
その日、二度目の来客があった。ピンポーン、という軽い電子音。しかし、普段あまり他人の来訪を経験していなかった俺は、真っ先に憂鬱の念に囚われた。
「……はぁい」
返事をしたはいいものの、今はベッドに横たわっている。夜がやって来るのをひたすらに待って休眠していた俺は、すぐに動くことができなかった。
再びの来客チャイム。
「ぐっ」
金縛りにあったわけでもないのに、身体は思うように動かない。なんとか両腕をついて、上半身を持ち上げる。その時だった。
「ん、う、うわあ!?」
ドアの向こうから悲鳴が聞こえた。若い男性の声だ。
「何だ?」
どこか不吉なものを感じた俺は、一瞬で全身の感覚を取り戻し、するりとベッドから抜け出した。まさか、あいつ!
玄関ドアを開錠し、向こう側へと押し開ける。するとそこには、
「うえ!」
段ボール箱が放り出されていた。そしてその箱は、中に何かが潜んでいるかのように、ずるずる這いずり回ったり、内側から跳ね飛んでいたりする。確かにこんな荷物を運んでいれば、驚きもするだろう。が。
「お前、アキだな!? 馬鹿野郎、宅配業者ビビらせてどうすんだよ!」
《だってあんたが出ないんだもの! ひと騒ぎさせれば流石に起きてくるかと思って》
ひでえ自己中だな。いつの間にかパソコンもスピーカーも点いてるし。
「と、とにかく! 他の住民に気づかれると厄介だから、部屋に運ぶぞ!」
俺は段ボール箱を抱え込み、入室してドアを閉めた。
「よし、もういいぞ」
それから先は、今朝と一緒だった。アキが組み上がっていく。確か、今朝アキが段ボール箱に収まったのと同時に宅配業者が来て、箱詰めのアキを持って行ったんだっけ。俺はその時と同様にあぐらをかき、アキを見つめた。完成し、ふっと短く深呼吸して目を見開くと、早速アキは時間をすらすらと述べる。
「今、午後八時二十五分三十七秒。少し遅くなったわね。これからターゲットに接触しに行くわよ」
「それよりお前、今まで何してたんだ? こっちのことはほったらかしで……」
「仕方ないじゃない、あなただけが協力者じゃないのよ? 新しい協力者を見つけるのに、この街のあちこちを行ったり来たりしてたんだから」
そう言って軽く前髪を整えるアキ。
つまり、アキはその『協力者』と『心理的弱者』を引き会わせ、後は二人で頑張って! ということらしい。
「いざって時はいつでも呼んで。急いで来るから」
「は、はあ」
後に聞いたところでは、アキはこの街の全住民のデータを有しているらしい。だが、飽くまで『この街限定』なのは、自分の記憶力――ハードウェアの容量の問題なんだとか。全く、機械なのか人間なのか、心底分かりづらい奴だ。
「それじゃ、新たな出会いの旅へ! れっつ・ごー!」
どうしてそんなテンション高いんだ。まあそれはいいにしても、
「その、俺の担当する心理的弱者ってのは、どこの誰なんだ?」
「まあ、自己紹介はお互いやってもらうとして、まずは場所ね。えーっと」
少しの間、アキは視線を空中に漂わせた。すると、
「うん。住宅街を逸れてメインストリートに出て、しばらくいったところ。通称はキラキラ通り」
「キラキラ通り……ってまさか!」
おれは背筋が凍る思いがした。キラキラ通り、実は『通称』ではない。本名が『キラキラ通り』なのだ。漢字で書くと『鬼羅鬼羅通り』となっている。
「おいおいおい、冗談じゃねえぞ!」
「え、何が?」
「ここって、不良の巣窟じゃねえか!」
「それがどうかした?」
「どうかした? って……」
俺はガックリと肩を落とした。
「すまん、他をあたってくれ」
「はあ!?」
「怖いんだぞ、キラキラ通りって! 昼間でも不良のたまり場になってるってのに、こんな夜中に押しかけたら、身体バラされる! 臓器売買のカモになっちまう!」
「なーに言ってんの」
アキは身体の関節をほぐすように首を回しながら、
「監視カメラで下調べは完了済み。ただ、ターゲットがどうも、夜にしか現れなくてね。しかも、この通りの防犯カメラにしか映ってない」
「ここで生活してるっていうのか?」
『多分ね』とアキ。
「それに、あんたがビビってる件だけど、特に問題はないわよ」
「いやありすぎだろ!?」
「私の性能、なめてもらっちゃ困るわね」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべたアキは、その表情のまま再び崩れた。そしてまた組み上がってくるわけだが、どうやら今度は姿形が違うようだ。
身長は見る見るうちに俺を通り越し、肩幅は広がり、屈強な男性の姿となった。薄手のシャツにジャケット、ダメージジーンズというスタイル。眼球が収まった後、その周囲に真っ黒なサングラスが構成された。
この変身劇を眺めていた俺は、顎が外れたようにポカンとしていた。まさかこんな、二メートル近い大男が味方についてくれるとは思わなかったのだ。
その姿はまさしく、元ボディビルダーであり、元カリフォルニア州知事であり、未だに現役のアクション俳優を務めている人物を連想させた。
「お……お前、本当にアキか!?」
ゆっくり頷く大男。すると背後から長い棒状のものを取り出し、ガシャリッ、と音を立てて操作し、再び背中に担ぎ直した。
「行くぞ、俊介」
ドスの効いた重低音を響かせながら、殺人機そっくりに変身したアキは、玄関の方を顎でしゃくってみせた。
※
こうして俺たちは、外へと一歩踏み出した。七月にしては乾燥しているのか、心地よい風に撫でられながら、住宅街を抜け、雑居ビルの谷間を歩いていく。ちなみに先ほどアキが取り出した棒(誰がどう見てもショットガンだったが)は、アキの広い背中にマウントされ、いつでも引き抜けるようになっていた。
そうだ、アキがいる。武器がある。そう思えばこそ、俺も自らを奮い立たせることができるというものだ。
「大丈夫か、俊介?」
「ああ。何とかな」
そんな言葉を交わし合い、俺はキラキラ通りに一歩踏み込んだ。
まさにその瞬間、嗅いだこともないような異臭が俺の鼻孔を直撃した。きっと、薬物の臭いだ。夜のネオンから切り取られた影に向かう一歩一歩。その度に、薬品臭は強まっていく。
靴の裏はベタつき、空気は沈殿し、先ほどの外気の爽やかさは微塵も感じられない。いや、正反対だ。地面は荒いアスファルトで、ところどころに反吐がぶちまけられている。
「どうした、怖気づいたのか?」
アキが男性の声で尋ねる。
「最初っからビビってたよ! お前が言うからこんなところに……」
と抗議した、その時だった。
「何だぁ、てめぇらぁ?」
「ひっ!」
か、絡まれた! キラキラ通りの門番よろしく、通りの両側、雑居ビルの合間に腰かけ、薬草のようなものをビニール袋から吸引していた二人組。背格好は似たようなもので、二人とも灰色のツナギ姿。
「いや、あの~……」
「あぁ? やんのかコラァ!?」
「い、いえいえいえいえ、滅相もない!!」
「だったらとっとと失せ――あん?」
俺たち三人の動きが止まった。BGMが、唐突に鳴りだしたのだ。
ダダンダンダダン! ダダンダンダダン!
振り返ると、ネオンの逆光に晒されながら、アキはやっとこさ俺に追いついた。
「何やってたんだよ!?」
「格好良く登場したくてな」
そりゃただの中二病だ!
「う、や、やんのか? あぁ?」
突然の大男の登場に、ツナギの二人は多少の警戒感を露わにした。
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