第三章 異世界人(1)

 ────あれから一週間。

 俺の持っている称号やスキルが改めてとんでもない効果を持っていることを実感した。

 それはこの異世界に最初におとずれた時に手に入れた【異世界人】と【初めて異世界を訪れた者】の称号だ。

 まず【異世界人】の称号のおかげで俺はレベルが上がりやすくなっており、スキルレベルもふくめて全てのレベルが速いスピードで上がっている……のだろう。他の人がどれくらいの速度でレベルが上がるのか知らないので、何とも言えないが。

 それはともかく一番ヤバいのが、【初めて異世界を訪れた者】の称号だろう。

 最初からすごいなとは思っていたが、レベルが上がれば上がるほどそのすごさがもっと実感できたのだ。

 なんせ、レベルが上がるたびに俺のステータスに割りられるBPは、異世界人であれば十倍の差が、同じ地球人であれば五倍の差があるのだ。もうすでにヤバい。

 俺が順調に強くなれているのは、けんじやさんの家や武器のおかげもあるが、それ以上にこの称号が大きく関係していると強く思った。

 称号だけでも十分すごいと思うが、スキルも現実世界で効果を発揮でき、かなり助かっている。

 例えばスキルの【かんてい】はあらゆる物の情報を簡単に手に入れられるようになり、スーパーなどに行くと一番しんせんな野菜などを手に入れられるし、【言語理解】のスキルなんかはいろんな外国語を読み書きできるようになり、しかも話すことができるので本当に重宝している。いや、本当にありがたい。

 特に一番効果のすごさを実感したのは称号とスキルについてだが、他にも色々とあったことの一つに、畑でさいばいされていた食材に関することがある。

 ステータスの上昇する食材で食事を続けてきたが、ある一定まで上昇すると、たんにステータスが上昇しなくなったのだ。

 おそらくだが、ステータスを上昇させるといっても、限度があるのだろう。むしろ、食べるだけで強くなるというじようきようの方が不思議だったため、俺はあまり悲しいといった感情はいだかなかった。ステータスが上昇しないとはいえ、美味おいしいのは変わらないしね。

 あ、【ヘルスライムゼリー】も食べてみたが、本当にコーヒーゼリーだった。うん、美味しくいただけましたね。

 他にも、俺は自分の体を確かめるようにいろいろと試行さくしてみた。

 古本屋で買った本を参考にしながら、適当に武器を振り回していたら、いつの間にか【真武術】がレベル2になっていたので、ものたおさなくても俺の行動によってはスキルレベルが上昇することが分かった。これも称号【異世界人】のおかげだと考えれば、称号のすごさがさらに分かるだろう。

 そしてレベルが2になった【真武術】は、レベル1の時と比べて大きな変化は感じられなかったが、少しだけ武器の扱いにキレが出てきた気がする。本当に気がするだけだけど。

 こうして色々気づくことが増え始めた中、俺はこれからのことで非常にゆううつな気分になりつつあった。

 高校の入学が近づいてきたのである。

 高校生になれば、かんきようも変わるし……色々と不安しかない。

 いや、つうなら不安も持ちながら、新しい生活に胸をおどらせるんだろうけど、あいにく同じ中学のみんながいるような高校で、高校デビューなんてする勇気はない。したとしても、今以上にいじめがひどくなるだけだろう。

 このままこの異世界をたんさくできればいいなって思うけど、そうも言ってられないのだ。

「はぁ……いやだな……」

 嫌だ嫌だと言いながらも、高校に行くことを考えてるのは俺がヘタレだからだろう。いっそのこと不登校になれればいいのだが、そうすると俺の人生が完全に終わってしまいそうで……。そう考えると不登校になれないのだ。

 というわけで、サイズが合わなくなった制服を買い替えるために、制服を売っている店をおとずれていた。

 新学期が始まるというだけあって、この時期に制服を買いに来るのはめずらしくないはずなのだが、制服を扱ってる店の人は俺をずっと見続けていた。……ズボンのチャック、開けっ放しじゃないよな?

 まあ勇気を出して買いに出た結果、幸い人通りも少なかったので見知った顔と会うこともなく、そこはよかったと思う。

 それはともかく、今日の俺はある決意……異世界の家の周囲を探索してみようと思っていたのだ。

 まだあのブラッディ・オーガやヘルスライムみたいなのがたくさんいるんだと思うと怖いが、それ以上にこうしんの方がまさっていたのだ。

 今までの俺だったら絶対に外に出なかっただろうが、よく分からないレベルアップをしてから、自信があるわけじゃないが、それでも好奇心に従って行動するくらいにはぼうけんしんというものを持つようになったのだ。

 他人から見ればあやういのかもしれないが、俺はこの変化は正直うれしかった。

 ちょっとでも前向きに考える手助けになりそうだったからだ。

「……不用心かもしれないけど、行こう」

 俺は賢者さんの残してくれた服の上から、【けつせんどうよろい】や【血戦鬼の】といった【血戦鬼シリーズ】を装備していた。せてからためしに着てみると、今の俺の体型にピッタリだったのだ。これでぼうぎよ力も多少保証されただろう。

 ちなみに初めて着た時は、カッコよくてついテンションが上がりまくったのだが……まあ男の子なら仕方ないよね! だってカッコいいし!

 それに念のためというか、当たり前だろうが【完治草】をしっかりと持ってきている。そくじゃない限りはこれでだいじようだろう。……楽観的過ぎるかもしれないが。

 俺は二匹の魔物を倒した庭と外の境界線であるさくの入り口に近づくと、深呼吸をする。

 武器はあるな? 鎧も着たな? 【完治草】も持ったな?

「……よし」

 俺はかくを決めると、恐る恐る足を一歩出した。

 また一歩、また一歩と、とした歩みながらも確実に敷地の外へと出ていく。

 そして────。

「あ……」

 俺は完全に外に出ることに成功した。

 外の景色は、柵の中から見ているのと変わらないはずなのに、俺の目にはよりいろあざやかに映り、しばらくの間ぼうぜんとしていた。

 じよじよに実感を持ち始めると、俺は確かな足取りで歩きはじめる。

 今回周辺を探索するといっても、いきなり遠くへ行くまでの勇気はまだないので、家がにんできるきよで探索するつもりだ。そのうちに、家までの目印も考えて、遠くまで行けるようにしたいな。

 俺は武器の【ぜつそう】をにぎり、辺りをけいかいしながら進んでいく。

 初めて間近に森の木々を見たわけだが、やはり俺が見たことのないような葉を持つばかりだ。

 花も、毒々しい色もあればにじいろもあり、中にはあわい光を放っている花さえ存在した。

 ……こうしてみると、本当に異世界なんだなぁ。

 げんそう的な光景にへいぼんな感想を抱いていると、不意に生物の気配を感じた。スキル【気配察知】が働いたのだろう。

 息を殺しながらその生物の気配を辿たどり、存在を視認した。

 ソイツは、まつながらも防具に身を包んだ、緑色のを持つ小人のような存在で、するどい目つきとわしばなえいきばが並んだ口はとても恐ろしい。いや、ブラッディ・オーガの方が怖かったけどさ。

 小人に見つからないようにしながら、【鑑定】を発動させてみた。


【ゴブリン・エリート】

レベル:120、りよく:100、こうげき力:1500、防御力:1000、しゆんびん力:1500、知力:100、運:100


 なんとなく想像はしてたが、ゴブリンだった。

 しかし、ただのゴブリンではなく、エリートだ。上位階級のゴブリンなんだろう。うらやましい。

 それはともかく、どうしたものか。

 ステータス的には俺が上なのは分かる。

 だが、このゴブリンははたして敵なんだろうか? もしかしたら、この世界ではゴブリンと人間は共生関係にあるのかもしれない。

 もしそうなのだとすると、この場で攻撃をけたら悪いのは俺なのだ。ブラッディ・オーガやヘルスライムは俺に向けて殺気を飛ばしてきたし、何より家の敷地内にしんにゆうしようとしてきたので、敵だと分かりやすかったが、今回は本当に分からない。ブラッディ・オーガが敵だったんだし、ゴブリンも敵な気はするが、ここはしんちように行こう。

 ということで、無用な厄介ごとや争いはけられるのなら避けたいので、俺は静かにその場から退散しようとした。

 パキ。

 そして、足元の木の枝をき、音を鳴らしてしまった。

 恐る恐る視線をゴブリンに向けると────。

「……」

「……」

 スゲェ見られてた。

 無言の時間が続く。

 俺はえ切れず、できるだけ友好を示すようにがおで話しかけた。

「や、やあ!」

「グギャギャギャギャ!」

「ですよねー!」

 当たり前のように、ゴブリン・エリートはボロボロのけんり回しながらんできた。

 以前の俺ならこしを抜かしてただろうが、今の俺はゴブリン・エリートの動きをよく見て、ゆうを持ってかわすことに成功する。

「グギャッ? ギャギャギャ!」

 躱されたことにゴブリン・エリートは少しおどろいた様子を見せるが、すぐにまた俺を殺そうとおそかって来た。

 もう理解できたが、ゴブリンは俺の予想通り、敵だったのだ。

 敵と分かれば、攻撃してもこちらに非はないだろうということで、俺は【絶槍】を握りなおすと、買った本の内容を思い出していた。

 俺の買った本の内容は、実は槍の構え方なんて書いてなかったのだ。

 その時点ですでに、買う本をちがえたか? とも思ったが、読み進めていくと、どうやら構えなんてものはその人の動きやすい形に合わせればいいというのが本の方針らしく、槍で突くときにひねりながら突き出すことを意識するなど、そんなことしか書かれていなかった。

 まあ、捻りながら突けばいいとか、簡潔にまとめられていたから、ある意味で初心者の俺には有りがたかったりする。

 襲い掛かって来るゴブリン・エリートの姿を冷静に見つめていると、ゴブリン・エリートは真横に剣を振り回していることがすぐに分かる。つまり、頭部と下半身はすきだらけなのだ。

 それをのがすことなく、俺は冷静な頭のままで、槍というリーチの長さを利用して、うでだけでなく、全身を使って捻りながら槍を突き出した。

 すると、【絶槍】の周囲にせん状の風がまとわりつき、そのまま的確にゴブリン・エリートの額をつらぬいた。

「ガギャ!?」

 ゴブリン・エリートの額を突いたのだが、纏わりついていた風も高りよくだったらしく、頭部を螺旋状の風がえぐりとり、槍を引きもどしたときには、ゴブリン・エリートの頭はしようめつしていた。

 ゴブリン・エリートの体がその場で数歩よろめくと、おびただしい量の飛沫しぶきをまき散らし、やがて光のりゆうとなって消えていった。

「ふぅ……」

 初めて、槍を通して命をうばう実感が手に伝わった。

 でも、不思議と俺の心は冷静だった。

 本当なら胃の中をぶちまけたくなるようなさんな光景だったのに、今の俺は大丈夫なのだ。

 もちろん、命を奪ったという意識もあるので、その重みはよく理解できている。

 それでも、俺の本能的な部分が、殺さなきゃ殺されるということをうつたえており、自然と俺の心と体が順応しているように感じた。

「……ドロップアイテムは、【せき:D】と【上級小鬼の牙】と【上級小鬼の皮】か……」

 皮っていうのは正直気持ち悪かったし、案の定俺には使い道のない物ばかりだったが、【アイテムボックス】にすべてほうり込んだ。

 そういえば鎧を着て初めて動いたけど、全然動きががいされなかったな。見た目も個人的には好みだし、いい防具だ。

 最初は戦いを避けたかったが、こうしていろいろな確認ができたことを考えると、ある意味戦ってよかったかもしれない。

「うーん……レベルアップはないみたいだな……」

 レベルアップはしなかったが、魔物相手に買った本の動きを実践できたのはよかった。庭で体を動かす分には大丈夫だが、そこから実戦になると話は変わってくるしな。内容はともかくとして、買った本がかせているのはいいことだ。

 世界が違うし何より相手は魔物だが、ちゃんと地球の武術が通用することが分かったし、これからも積極的に動いていけたらいいな。

「よし、たんさくを続けるか」

 敵とのレベルが近かったこともあり、レベルアップはなかったが、気を取り直して俺は再び周囲の探索を再開するのだった。

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