第三章 異世界人(2)

「はぁ……はぁ……!」

 森の中を一人の少女が必死に走っていた。

 ただ、少女の着ているだれが見ても上質だと分かる淡い白色のドレスは、走るのに適していない。

 それだけでなく、まるで陽光をそのまま切り抜いたような美しいきんぱつも、走っている最中によごれ、今はそのかがやきも失っている。

「……」

 そんな少女の背後を、フードで顔をかくした数人が追いかけていた。

「くっ……!」

 足場の悪い森の中を、少女は裸足はだしけていた。

「あっ!?」

 だが、走るのに適さない服と、森というかんきようから、木の根につまずいてこけてしまった。

 その隙をなぞの集団がのがすはずもなく、すぐに少女の周りを取り囲んだ。

 もはやげ場がないことをさとった少女だが、すいひとみを鋭くさせ、集団をにらみつける。

貴方あなたたち! 私がアルセリア王国の第一王女と知ってのろうぜき!?」

 少女の強気な態度に謎の集団は顔を見合わせるとちようしようした。

「は、はははは! 知っているさ、レクシア・フォン・アルセリア」

「ならどうして……」

「どうして? おかしなことを言う。身に覚えがあるだろう? どうして襲われるのか……」

「そ、それは……」

 少女────レクシアはしゆうげきしやの言葉に思わず言葉をまらせた。

じやなんだよ。うすぎたない血が混ざったお前は!」

「私の血は汚くなんかない……!」

「口答えするんじゃねぇ!」

「きゃあっ!」

 ぜんと訴えるレクシアに、謎の集団の一人がほうで土のかたまりつくり出し、ち放った。

 レクシアはとつに地面を転がるが、魔法の威力が高く、そのしようげきで予想以上のダメージを受けた。

「う、うぅ……」

「手間かけさせるんじゃねぇよ。最初から大人しく死んでりゃいいモノを……」

「お前の護衛もびんだよなぁ? お前なんかを護衛した結果、俺たちに襲われることになってよぉ」

「お前を逃がそうと必死だったが、いまごろあのどもも死んでんじゃねぇか?」

 痛みでうずくまるレクシアに、謎の集団は次々とかいな言葉を投げかけた。

 レクシアは第一王女であるが、現国王とめかけの────れいとの間に生まれた子供だった。

 さらに言えば、その母親は『人間』ではない。

 容姿のすぐれた『エルフ』の中でもさらにゆうしゆうな、『ハイエルフ』だったのだ。

 そんなハイエルフの奴隷に一目ぼれした国王はそのまま妾としてちようあいし、やがてレクシアが生まれた。

 だが、レクシアを産んですぐ、母親はくなった。

 国王は大変悲しみ、レクシアを大切に育てた。

 ────しかし、ある日事件が起きた。

 元々高い魔力を保有する『ハイエルフ』と人間のハーフであるレクシアは、その優れた容姿と魔力量をしっかり受けいでおり、ある日、その魔力が暴走した。

 その結果、近くにいた第一王子が大ケガをしてしまったのだ。

 幸いこうしようなども残らず、れいしたのだが……レクシアは、第一王子の母親であるきさきや、第一王子のばつである貴族たちからうとまれる結果となった。

 元々の生まれなどもあり、国王の目が届かない場所で様々ないやがらせを受けてきたのだ。

「う……うああ……」

 自分を産んでくれた母親にも感謝しているし、父親をうらんでもいない。

 だが周囲はそんなレクシアをようしやなくこうげきしてくるのだ。

 たとえ王族であったとしても、きようぐうによっては不運に変わる。

 そんなどうしようもない現実を前に、必死に今まで生きてきたレクシアだったが、こうして殺されそうになった今、自分の人生を振り返って思わずなみだがこぼれた。

 もし自分が、もっとつうの人生を歩んでいたら……そう、考えてしまった。

「さて、話をして魔物に襲われてもつまらねぇ。とっとと死ね」

 自分がとてもみじめで、どうしようもないこのじようきように声を押し殺して泣くレクシア。

 そんな彼女に謎の集団の一人は容赦なく魔法を放とうとした────その時だった。

「グオォォォォ!」

「なっ!? ゴブリン・ジェネラルだと!?」

 とつぜん、謎の集団に魔物が襲い掛かった。

 まるでちゆうるいのような金色の瞳とげ茶色のはだ

 盛り上がった筋肉と成人男性と変わらぬその身長、そしてその身に纏う上質なよろいはとてもあつ感があった。

 大きなわしばなから鼻息をふんしゆつさせると、自身の身長ほどもあるきよだいな剣を大きくいだ。

 そのいちげきはすさまじく、咄嗟にゴブリン・ジェネラルに魔法を放とうとした謎の集団は、巨大な剣を前ににつかいへとへんぼうした。

「ひっ!?」

 今まさに自分を殺そうとしていた者たちが、いつしゆんで殺された。

 その事実にレクシアの表情はきように染まり、急いで逃げようとするが足に力が入らなかった。

 レクシアが動けない間に、ゴブリン・ジェネラルはあつとう的な力をもって謎の集団をぜんめつさせた。

 辺り一面に大量の血とにくへんが飛び散り、ゴブリン・ジェネラルは返り血まみれだった。

 ────あらがうことのできない絶対的存在。

 それを前に、レクシアの体は意思に反して生きることをあきらめた。

 どれだけ逃げようとしても、少しも体が言うことを聞かないのだ。

 謎の集団のさつりくを終えたゴブリン・ジェネラルは、恐怖と絶望に染まるレクシアの方に視線を向けた。

 するどい視線にすくめられ、ついに意思までもが、生きることを諦めた。

「あ……」

 ぼうぜんとするレクシアに、ゴブリン・ジェネラルはゆうぜんと近づく。

 そしてレクシアの目前に来ると、その巨大なけんり上げた。

「ガアアアアアアアア!」

 何の苦しみもなく、ここで死ぬのだろう。

 生きることを諦めた意識の中、他人ひとごとのように振り上げられた剣を見ていた時だった。

「だああああああああああああっ!」

「グガア!?」

 とつじよ、ゴブリン・ジェネラルに向かって何かが飛来した。

 だが、ゴブリン・ジェネラルはその飛来物がぶつかる直前に察知すると、振り上げていた巨大な剣で防いだのだ。

 しかし、攻撃はそれだけではなかった。

 飛来物を防いだ巨大な剣に、さらなる衝撃がおそかった。

 その衝撃はすさまじく、きようじんな肉体を持つゴブリン・ジェネラルでさええ切れず大きくき飛ばされる。

 新たな乱入者にゴブリン・ジェネラルは体勢を立て直すといかりのこもった視線を向けた。

「グゥゥ……ガアアアアッ!」

 ゴブリン・ジェネラルの視線につられ、同じ方向をレクシアが向くと────。

「────だいじようか!?」

 つややかなくろかみと、夜空を思わせる瞳。上品でどこか異国のふんただよわせる青年があせった様子で駆け寄ってくるのが分かった。

 絶望的な状況であるのには変わらないが、レクシアは何故かその青年の姿を見た瞬間、ちょっとした安心感を覚えた。

 そしてその安心感からか、レクシアのきんちようの糸が切れ、その場で気絶してしまうのだった。

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