伝説を作る者達

那由多

伝説を作る者達

 溝呂木順平みぞろぎじゅんぺいが恋をしたらしい。

 相手はコンビニの店員だとか。ベタだな。ベタ過ぎてがっかりした。


 我々陰系のクズ大学生にとって、女性との触れ合いはダイヤモンドに等しい貴重品だ。それ故に些細な事で恋に落ちてしまう可能性というのは非常に高い。その中でもヤバいのがコンビニ店員だ。無差別爆撃のごとく万人に等しく向けられる笑顔を、己だけへの集中砲火と勘違いして爆死する連中を俺は何人も見てきた。


 三次元人に対しては強者と思われてきた順平も、所詮はただの男だったというわけだ。

「毎日ニコニコしながらコンビニに通っているらしいです」

 知らせに来てくれた後輩の外木場そとこばはそう言ってにやりと笑った。

「ニタニタの間違いだろ。金もない癖に」

 恋は盲目とは言うけれど、端から見ていると実に愚かしい。

「で、それを見に行きませんかというお誘いです」

「……お前は本当に悪趣味だね」

「お嫌いですか?」

「大好きに決まっている。四十秒で支度するから待ってろ」

「へーい」

 こうして、にわかに結成された悪趣味連合は、溝呂木順平の不様な姿を眺めるためだけにコンビニへ向かったのであった。


 この先に何が待ち受けているか、俺は全く知らなかったんだ、この時。


 外木場に案内されてやってきたのは、大学に程近いコンビニだった。

「ここです」

「お前、良く知ってるな」

「俺、意外とコンビニに顔が利くんですよ」

 有りそうで無さそうだな、そのセリフ。


 レジには背の高いボブカットの良く似合う女性店員が立っていた。


 俺達の入店に合わせて、いらっしゃいませと元気よく声をかけてくれる。わざわざこっちに向けて笑顔を見せてくれるあたり、思わずドキリとしてしまう。

「……へえ、できるな」

 ぼそっと背後で外木場が呟いた。

「ん?」

「いえ、何でも」

 漠然と嫌な予感がする。


 雑誌を読みながら待つこと十五分。

 その間に外木場が教えてくれた。

 彼女が溝呂木順平が目当てにしている女の子らしい。

「名前は野間夕見子のまゆみこ

「何で知ってんの? 親戚?」

「違います。まあ、注目のルーキーらしいんで」

 注目? ルーキー? さっきから何を言っているんだ、こいつは。

 その時、目当ての巨漢がのしのしと入店してきた。

「来ましたね」

「ああ」

 彼は俺達に気付いていない。というか、入って来るなりレジの方を向いてニタニタしている。実に気持ち悪い。雑誌を立ち読むふりを続けつつ、溝呂木順平の様子を監視する。彼はオレンジ色のカゴにひょいひょいと迷いなく商品を放り込んでいく。

「随分買うな。千円ぐらい行くんじゃないか?」

 貧乏大学生の分際でえらい贅沢するものだ。千円あれば、一日の食費にしてお釣りがくるレベル。千円札を人生の助けとして崇め奉る千円教の皆さんに怒られろ。

「金額もそうですが……」

 外木場は何故か思案顔。コンビニに来て以来、彼がちょっと気持ち悪い。


 溝呂木順平がレジ前に立つ。もちろん、例の野間夕見子が迎える。

「いつもありがとうございます」

 まず一礼。それだけで彼の顔がだらしなく緩む。

 ごくり、と喉を鳴らしたのは外木場だ。

 オレンジ色のカゴを手に取り、それを腰とレジ台のへりで挟み込む。台が狭いんだな。

「……マジかよ」

 そんなに驚く事かね、外木場君。

 彼女はスキャンを始める。その最中に、溝呂木順平が口を開いた。

「焼きそばドッグ、温めてください」

「あ、はい」

 彼女はそれを手に取り、背後の電子レンジに入れるため、くるりと身を捻った。

 ガシャン。

 当然カゴが床に落ちる。

「あああ、すみません!!」

 何というドジ。


「は……反転……カゴ落とし? だと?」


 ん、何? 今なんて言った?

 野間夕見子は焼きそばドッグをレンジに入れてタイマーをセットしてから、慌ててカゴを拾う。どうやら、中身はぶちまけられなかったらしい。

 ていうか、あの焼きそばドッグ、レジ通って無くないか?


会計前の加熱ノーレジレンジ!? コンボするのか?」


「お前は何を言っているんだ」

「何って……彼女ですよ。反転カゴ落としも会計前の加熱ノーレジレンジどちらも難度の高い技です。それをコンボさせるなんて……」

 解説を受けても何が何やらさっぱりな不思議。

 会計は進む。

「ええっと、合計三点で……」

 レンジが過熱終了を告げる。振り返る野間夕見子。レジ台に三点。レンジの中に一点。小学生でもわかるが、足したら四点。

「あれ?」

「あ、焼きそばドッグ、レジ通っていないのでは?」

「ほ、本当だ。す、すみませぇん」

 半泣きの野間夕見子。溝呂木順平はニタニタ笑っている。あいつ、確信犯か。

 慌ててレンジを開ける彼女。あんまり慌てると……。


あちちっ、落としちゃったホット&ダイブ……か」


 外木場がボソッと呟くのと、野間夕見子があつっと声を上げるのは同時だった。

 我々の見ている前で、焼きそばドッグは一瞬宙を舞い、そして落下していった。耳たぶを触っている野間夕見子は、慌ててそれを拾い、もう一回あつっと言いながらぺこぺこと溝呂木順平に謝り続けている。彼の方はにこにこしたものだ。

「すぐ、お取替えいたしますね」

「おいおいおいおい。まさかまさかの……?」

 外木場は白い光に照らされたサンドイッチ系の棚に目を向ける。


品切れラストワンデッドかよ……」


 焼きそばドッグはもう一つも残っていなかった。

 外木場の声は何なら少し震えていた。

「す、すみませぇん。焼きそばドッグがもう……」

「あ、じゃあいいですよ」

「ほんとに申し訳ありませぇん」

 もう泣いている。見ていて可哀想というか、痛々しいというか。

「なあ、あの子……」

 可哀想だなと言いかけて俺は言葉を止めた。

 隣に立っている外木場の様子が明らかにおかしかった。

 レジの方に向いたまま、目を見開いて体をがたがたと震わせている。

 こいつ、大丈夫か?

「四コンボ。四コンボってなんだ。滅多にみられるものじゃないぞ。伝説クラスだ……」

 大丈夫じゃなさそう。

「お前はさっきから何を言って……」

「やあ、外木場さん。来てらっしゃいましたか」

 俺の言葉を遮って現れたのは、制服姿の禿げた小太りのおっさん。

 名札には店長と書かれている。要するに店長なんだな、ここの。

「やあ店長」

「凄いでしょう、あの子。入店してまだ一ヶ月ですが、すでにあのクラスのコンボを十度以上決めています」

 それは……ただの役立たずなのでは。

「期待のルーキーってのは間違いなかったようですね」

「ええ。こうなれば、日本記録の六コンボを是非目指して欲しいもんです」

 客、怒らないかな? 大丈夫な奴? 店長がそんなこと、期待していいの?

「それは……それが見られたら、もう思い残す事は無いかもしれませんね」

 いやいや、あるだろ。たくさんあるだろ。お前、まだ大学生じゃん。

「それに外木場さん。今日来たのはラッキーですよ」

「ラッキー?」

「あなたなら分かるはずです。袋菓子、野菜ジュース、カップ麺」

「そうか、焼きそばドッグが無くなったから……。合計四百五十四円……。五コンボなら日本記録タイ」

 何で二人だけで盛り上がってんの?

 俺も混ぜてよ。混ざりたくないけど。でも、寂しくなってきたよ。

「お会計、四百五十四円になります」

 二人とも気持ち悪い。

 何で正解が分かるんだよ。

「なあ、さっきからさっきからその日本記録って何なの?」

 俺が尋ねると、二人は同時に俺の前に掌をかざした。

「すみません先輩、ちょっと黙ってて貰えますか」

「そうですぞあんた。タイミングってもんがある」

 ぐぬぬ……腹立たしい息の合いっぷりを見せやがって。

 だが、そんな俺の怒りなど正にどこ吹く風。

 

 ごくり、と二人は同時に息を飲み、レジに注目する。もうさりげなくもなんとも無い。

 溝呂木順平は、小銭をレジ台の上に置いた。

「レジ台の上に……直接?」

 外木場が眉を微かにひそめた。

「私も実は疑っているんです。最初は彼女に恋する男かと思ったのですがね」

 え? 違うの? この話、根底からひっくり返るの?

「ええっと、いち、にい、さん……あっ」 

 ちゃりーん、と甲高い音。小銭をかき集めようとして落としたらしい。

「きたッ!!」

 男二人で手を取り合うな、気持ち悪い。きた、じゃねーよ。

「えっと……あれ?」

 レジ台の下をあちこちと見回す野間夕見子。

 男二人は顔を見合わせた。


「小銭……」 

 と、外木場。

「フォーエバー……」

 と、店長。

「「グッドバイ」」


 は……ハモった?

 うわー、殴りたい。

 この二人をぶん殴ってやりたい。

「日本記録タイだよ、店長」

「後一つ。後一つ……何がありますか?」

 そんな俺の気持ちに全く気付かず、手を取りあってはしゃぐ二人。見苦しいとはこのことか。

「できれば、序盤でもう一つ稼ぎたかったなぁ」

「この後、残されている技が殆どないですよ、外木場さん」

 二人は腕を組んで考え込み始める。

 そんな事より気になっている事があるんだが……。

「……レジが合わなくなるけど良いのか店長さん」

「「はぁ?」」

 え、何言ってんだこいつ的な視線? そしてまたハモった?

 つまり、外木場までそんな目?

 何々? 俺、間違った事言った? 言ってないよね?

「あのねぇ、君。今、大記録に王手がかかってるんだよ? 小銭の一枚や二枚、些細な事だろうが。最悪、私の財布から補填すりゃいいんだから」

 その考え方、店の責任者としてどうなんだ。

 ダメだこの二人。

 もう俺から彼らに言えることは、しねくたばれぐらいだろうか。

「……一つ思い付いたよ、店長」

「何ですっ!?」

「……いかさま会計トリッキーチェック

「それは……」

 絶句する店長。

「それは禁じ手ですよ。二〇〇八年に起こったブラジル事件をお忘れですか?」

「けど、明確にルール化されているわけじゃない。判定員のさじ加減という所はあるけれど、この後で仕掛けられるとしたらそれしか……」

 へぇ。ルールあるんだ。

 さぞかし分厚いルールブックなんでしょうな。てか、何? これ、国際的な何かなの?

「うちの店員はせめて、そのような汚れた技は使わないで欲しいものです」

「確かにね。品位には関わると思うけれど……」

「あれのおかげで世界記録は十七コンボ。到底抜けるものではないです。けど、いずれルールの見直しが行われ、この記録が参考に格下げされることを切に願います」

 どういう技だよ。もう何なら気になるよ。

「待って、店長。希望があるかも」

「えっ!?」

「彼女、まだ袋詰めをしていないよ」

 二人は顔を見合わせ、頷き合った。その目には希望の光が再び……ってどーでもいいや。


 酒のつまみにジャーキーでも買っていこうかなぁ。盛り上がる男二人を見るのにも飽き飽きだし。

 適当に袋を一つ取り、レジに向かう。

「あっ、先輩どこへ?」

「買い物」

「今は……」

 知らん。無視だ。今度は俺が無視してやる。

 歩き出そうとしたところで肩をがっしり掴まれる。

 振り返ると店長が、怒りに満ちた目で俺を見上げている。

「あんた……何の権利があって、うちの野間の邪魔をする?」

「邪魔? アホか。俺は客だぞ。こいつを買うんだからなぁ」

 ジャーキーの袋で店長の禿げ頭をぺちぺちと叩いてやる。

「いや、行かせはしない。ここには全人類の夢と希望が詰まっているんだ」

 絶対詰まってない。

 断言してやる。

「どうしても行くというなら……」

「待って店長」

「外木場さん?」

「良いんだ。先輩、買い物に行ってください」

 そう言いながらニヤッと笑う外木場。

「な……なぜ?」

「店長。ひょっとすると、先輩が最後のピースなのかもしれない。日本新記録のね」

「どういう……」

「店長、お願いです。僕を信じて手を放して。さ、先輩。どうぞ買い物へ」

「くそっ……」

 真っ赤な顔をした店長が乱暴に俺の肩から手を放した。体もぐらついたことだし、これで訴えてやろうか。まあ、悔しげな顔を見られたのは気分が良いけど。ただ、外木場が寧ろさわやかな笑顔になっているのが何かヤダ。

 かと言って、今からやっぱりやーめた、というのも何だか恥ずかしい。

 罠にはまった感は満載だけど仕方ない。

 俺はジャーキーを持ってレジへと向かった。

 

 目の前には溝呂木順平の大きな背中。

 その向こうで野間夕見子は袋詰めをしようと商品を並べて物量を確認している。

 ふと、彼女の顔が上がり、視線が俺に向けられた。瞬間、分かりやすくオロオロして彼女は慌てた。

 機敏な動きで袋をレジ台の下から取り出し、それを開いて物を入れていく。だが、結果は素人目にも明らかだった。

「あっ……」

 彼女が絶句している。

 入りきらなかったからだ。

 そう、袋が小さすぎたのだ。

 次の瞬間、背後から大歓声が飛んできた。

「きたぁぁぁぁ。狭すぎる囲いパックオブリトル!!」

「日本記録、日本記録ですよっ!!」

「伝説の誕生だよ、店長ぉ!!」

 あっけにとられる俺を押しのけ、バタバタとレジの方へかけていく二人。

 キョトンとした顔の野間夕見子。そして、溝呂木順平は持っていたカバンの中から小さなケースを取り出した。赤いビロード調の布で覆われた、大きめの指輪ケースの様なものだ。

「ミスレジ打ち選定協会の名において、野間夕見子さんのミスレジ打ち日本記録達成を認定いたします」

「え、あ、え……ありがとうございます」

「いやいや、私もこんな大記録の認定を下すことができて、判定員冥利に尽きます。あなたは末永くコンビニ界の伝説として輝くでしょう」

「こ、光栄ですっ!!」

 って、満面の笑みで受け取っているけど気付け。それは威張れる事じゃないんだぞ!!

 というか、これ何?

 マジでこれ、何なの?


 その後、皆が口々に語ってくれた話は覚えたくも無いけど脳に焼付いた。


 ミスレジ打ちという、いかにレジ打ちでミスを自然に重ねられるかという戦いの勝者に与えられる称号があるんだってさ。ドジッ娘萌えとか言うものの流れを汲む組織だとかなんとか。

 溝呂木順平は、最上位ランクの判定員資格を持っているらしい。大学近くのコンビニに凄いルーキーが現れたと聞き、日本記録達成を願って毎日通い詰めていたとのこと。

「恋をしていたんじゃないのか?」

「判定員がレジ打ちに恋? そんな話は聞いたこともない。厳正なる判定がブレたらどうするんだ」

 もう良いです。

 気持ちの悪い後輩へと格下げされた外木場の正体は、ミスレジ打ちフリーク。あちこちのコンビニを回っては、有望株を発掘し、日本記録達成をこの目で見るのが夢だったんだそうな。良かったな夢がかなって。もう死んでいいぞ。

「けど、溝呂木さんが判定員とは知らなかったなぁ」

「判定員は極秘だからな。お前らも、他言無用で頼むぞ」

 言っても信じて頂けますかね?

 言いませんけどね、色々疑われたくないし。頭とか。

「それにしても、お前も良くやったよ」

「は?」

 握手を求められるいわれが無いんだが。

 おいこら、強引に手を握るな気持ち悪い。

「お前の名前も歴史に刻まれるだろう。心配するな、俺が保証する」

 いらないです。世界一欲しくない保証の称号を上げよう。

 心配はいらない。間違いなくそのレベルでいらない称号だから。俺が保証するよ。


 数日後、うちに一通の封書が届いた。

 差し出し主はミスレジ打ち選定協会。

 白封筒で宛名はちゃんと印刷されたシールで張られている。

 住所を教えた記憶はないが、溝呂木順平がリークしたものと思われる。個人情報保護法さん助けて。

 手で触ってみると、何か固いものが入っている。カウントダウンしている気配はなく、爆発物らしきケミカルな香りもしない。

 嫌な気分で中身を取り出してみると、それは小さな銀色のメダルと書面だった。


 何々?


 あの時、俺がレジに近づいたから、野間夕見子は焦ってしまったらしい。確かに、ドジを決めまくっていたおかげで時間かかってたからなぁ。それで彼女は小さいサイズの袋を手に取ってしまった。結果、日本記録となる六コンボ目の技が決まったんだってさ。

 俺のせいでミスった、と言われているみたいで凄く嫌なんだけど……。

「伝説達成へのナイスアシストを称え、記念メダルをお送りいたします」

 だそうな。

 嬉しくないし誇らしくも無い。


 「先輩、七コンボに向けて有望株が見つかりました!! 先輩のアシストがあれば絶対達成できますよ!!」

 あれ以来、外木場はしょっちゅうこんなことを言ってはうちに転がり込んでくるようになった。

 その大半は、野間夕見子の足元にも及ばない真っ当な店員に過ぎなかったわけだが。

 フリークの目も大した事無いな。

 どっちかというと、あの駅前に入った金髪の子の方が有望だと思うんだけど……。


 新たなる伝説を見届けるべく、俺は今日もコンビニに向かう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説を作る者達 那由多 @W3506B

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ