第30話 死者の訪問

 古山先生は座っているのだろうか。ずっと私の手を握りながら話している。

 イスを近くに引きずる音が聞こえた。包帯が取れたら顔をしっかり見ることが出来る。巻かれていない指先だけで私は先生を感じた。


 [先生、鈴子さん達はいつ来たのですか?]


 これから本題に入るのだ。少し水分をとる。


 [今から3か月前の満月の夜です。僕はいつものように脳に関する専門書を読んでいました。人間の脳は一生の間、全体の1%しか使われていない。あのアインシュタインでさえ2%だと感動していた矢先です。突然、窓ガラスが揺れて地震かと机の下に隠れました。揺れがおさまったので出てみると、そこに3人がいたんです]


 [腰を抜かしましたよ。夢かと思いました。母は藤澤さんとミナさんを紹介してくれました。僕の知らない人達です。僕も自己紹介しました]


 幽霊との出会いも紹介で始まるのかと笑いをこらえきれなくなった。


 [作り話をして笑わそうとしてませんか?もしかしてこれも治療の一環だったりして。読んだ手紙も実は先生が書いたりして]


 私は幽霊の話とかが苦手だ。まして今は目が見えないから不安になる。


 [みどりさんが注文書を書きました。僕はその内容を知りません]


 [確かにそうですね。ごめんなさい]


 古山先生はいたって真面目に話している。


 [それで、興味深い話をしました。死者の世界にはある掟があって、今生きている人に感謝したい死者が3人集まると、その人に会えるそうです。人生のどの時期でもいいそうです。藤澤さんは小学生のみどりさんに、ミナさんは中学生のみどりさんに、そして母は二十歳の頃のみどりさんに出会い、感謝したいと思ったんですね。会える場所も決まっている。それが]


 [まさか、あのリメイクshop青山ですか?]


 私も腰を抜かしそうになった。としたらオーナーの仕事は死者と生きている人の仲介者。


 [その通りです。青山さんはずっとリメイクの仕事をしてこられました。が仲介者となったのは最近みたいですね。口が固くて手先の器用な人でないと務まりませんから]


 それはそうだろう。死んだ人と会話して注文受けてリメイクする仕事だ。口が軽ければ信用されない。死者にだって侵されたくないプライバシーはあるだろう。


 [でも何でオーナーは教えてくれなかったんでしょうか?]


 [それも掟です。3人の受付は必ず、感謝を受けるべき人がやらなくてはなりません。そのために死者の国から来るのですから。一度のチャンスしかありませんしね]


 [なるほど。知っていたら怖くて断っていたした。っていうか信じる事も無理でした]

 私は正直に答える。


 [注文書を書いたあの優れもののペンや、注文書に映った光景は奇跡だったんですね。頭がおかしくなったかと思いました。私、強い薬を飲むとたまに幻聴や幻覚を見るのでそれだと思ってました]


 思考力があるかのように書き出すペンや、注文書も霊界からのものだと古山先生が教えてくれた。


[ どうですか。僕だけの意見では納得出来ないでしょう?オーナーからも手紙を預かっています。お昼ご飯を済ませたらまた来ますね。今日はみどりさんだけを担当する日です。時間はたっぷりありますから。]


古山先生は笑って話す。

私はオーナーの手紙が気になった。

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