第19話 欲求
鈴子のカップを洗っていると、2階からオーナーが下りてきた。
[人の話を注意深く聞いてメモをとる作業は神経を使うでしょう。ケーキを召し上がれ]
オーナーは優しく私を労り、ソファに招く。
[確かに、リメイクの受付は聞き慣れない単語もありますし、一人の受付時間が長いので疲れます。意見を求められているのか、ただ聞いて欲しいのかも分からないんです]
[重たい話もありますね。鈴子さんも自殺まで追い込まれたと言ってましたね。到底、理解出来ない事もあります]
オーナーにも鈴子の声が聞こえていたのだろうか。私は内心、むっとした。
[みどりさんは今幸せですか?]オーナーの突然の質問に戸惑う。
[鈴子さんの場合、御主人を亡くされて必死に働いた。その時は、生活を安定させるための生理的欲求や安全を満たしたいという欲求が働くから宗教勧誘には引っ掛からないんです。しかし、御主人の保険が入り、少し心に余裕が生まれたのでしょう。そこを刺激された。社会的欲求です。何かの集団に属したいという欲求、男の人は会社組織に属しているから、あまり自分からは求めないけど、女の人は社会から取り残されるという不安があるでしょ。仕事やサークルにそれを求めて社会かとつながろうとするんですね。たまたま、鈴子さんは宗教組織に属してしまったと思うんです]
オーナーの話が難しくて話半分で聞くため、私はモンブランを頂く。
[鈴子さんは、その新興宗教に属して満足したんじゃないんですか?何故不幸になったのかな?]
モンブラン二口めを頂く。印鑑を作ってくれたらそれでいいのだ。オーナーは話を続ける。
[人はその属した社会から認められたくなるのですよ。承認欲求です。頑張っている自分を知って欲しい、誉めて欲しいとなるわけです。
モーニングミィーティングやスペシャルミーティングで共感されたり、称賛されたりでその欲求が満たされたのですね。それだけにとどまらないように、教団は欲求に訴えてマインドコントロールしていきます。次は鈴子さんの能力を発揮したいという自己実現欲求です。もっと自分の可能性を広げたい、追求したいと思わせるんですね。菫だのデージーだの、黒薔薇だのと追求させる。それを満たすために、手に入れるように煽るんです。時間やお金や体力を犠牲にしてもマインドコントロールされていると、その犠牲が多いほど喜びに変わるんですよ。死ぬまで気がつかないのが、マインドコントロールの怖さですね]
まるでオーナー自身が経験したかのように、
熱く語るので、私はモンブランの味が分からなくなっていた。
[でも鈴子さんは、そのレースちゃんに出会って覚醒したと言ってました。良かったですね]
[井の中の蛙は大海を知らなくても、空の青さは知っているんですね。足下を見てばかりではなく、上を見たのでしょう。あれから、退院して持ち前の根性でお金を貯めて手作りパンのお店を開き、繁盛させたそうです]
私はなんちら欲求という話には興味がなかったが、鈴子が立ち直ってくれたことが、嬉しかった。
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