第10話 ミナの注文書

 次の日、その客は予約より5分ほど遅く来店した。

 [遅くなりごめん]

 片言を話す。今時にしては珍しい、ワンレンボディコンだ。

 

 [どうぞこちらにお掛け下さい]


 私は少し意地悪く、ソファに何をかけるか期待して言う。 日本語が通じたのかすんなりと腰掛け、足を組んだ。

 [あなた、そのホームベース変わらないよ。ニキビがなくなってる。アハハ]

 

 髪をかきあげながら早口で言う。初対面で失礼な人だ。私はカチンときて

 [何をリメイクしたいのですか?]と、事務的に聞く。注文書とペンの準備はばっちりだ。


 [あのね、この金のネクッレスをリメイクして欲しい。十字架をMに変えて欲しい]


 ブランドバックから箱に入ったネクッレスを大事そうに取り出す。

 [ 私、友達と日本に来た。夜の街で働いた。そこで出会った女の子にあげたいだ]


  日本語が少し変で、私は笑った。

 [あなた、笑い事じゃないよ]

 急に怒り出す客に頭を下げてペンを取る。

  

 ペンを持った瞬間に私の腕が勝手に動く。まるで生き物のように動く。最初の客、藤澤と同じパターンだった。


 アイスティーを出したのだろうか。

 ストローの入ったグラスがテーブルにある。べったりと口紅がついている。溶けきっていない氷がふたつあり、あの片言の客が帰ってから、さほど時間の経っていないことに安心した。 書いた記憶がないのだ。

  


 [みどりさん、お疲れ様です。注文書はまた明日見せて下さい。そのペンは優れものだから疲れたでしょう。お休みなさい]


 オーナーの声がする。やはり5時を過ぎていた。私はまた書き直しを許され帰宅した。

  


 




  

  

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